第14話 アモルの休日3


 多忙のため修理には三時間ほどかかると聞き、ツバキは男に向かって深いため息をついて露骨に嫌な顔をした。アベリアが見たら泡を吹いて倒れてしまうくらい露骨に。

 だがそんなひどい顔でも男の目を楽しませたらしく、笑われてしまった。腹立たしい。

 

「俺はレオって言う。あんたは副名で呼んだ方がいいよな。よろしく、ツバキ」

 

 呼び捨てにされ眉をピクリと動かす。名前と顔からケデウムで会った少女だと気づかれないか心配したが、今のところバレていないようだ。


「それで、どこへ行くの?」

「そうだなあ、とりあえずこの辺で有名な菓子でも食いにいく?」

「お金持ってきていない」

「いいよ、それくらい」


 そうやって案内されたのはレイシィア発祥にも関わらず最近モルビシィアにも出店し話題になっているケーキのお店だった。そこでツバキはブルーベリーが乗ったケーキとコーヒーを注文する。 

 

「おいしい。このケーキ、チーズと生クリームと、あと何が入ってるのかしら」

「メレンゲってやつらしいよ」

「ああ、なるほど」


 初めての味と食感に感激するも、レオがケーキを注文せずコーヒーだけ飲んでいるのを見て首を傾げた。


「あなたは食べないの?」

「俺は甘い物苦手だから」


 ますます首をかしげる。それなら、ここへ案内してくれたのはただツバキを喜ばせるためなのだろうか。性格は難ありだが根はいい人なのかもしれない、いやいや甘い物でほだされてはいけない。


「何か企んでる?」

「なんだよそれ」


 ははっと笑う顔は純粋にこの時間を楽しんでいるようだった。


(なんだか調子が狂うわ)

 

 ツバキはコーヒーをごくりと飲み込んだ。


 その後は古代の遺跡や彫刻が見事な宮殿を見たり、街並みを歩いたり、途中逃げ出そうとして捕まったり、からかわれたり嫌味を言ったりして過ごし、最後にキャメロン運河でゴンドラに乗ることになった。

 高い運賃を払えば魔法で動く二人乗りのゴンドラがあるという。レオはものすごく嫌がるツバキを無理やり乗せた。

 真夏なので水の上は気持ちがよかった。肩が触れるか触れないかという位置にレオがいなければもっと楽しめたのに、とツバキはそわそわする気持ちを抑える。彼は基本ツバキに意地の悪いことを言うが、時折大人の表情を見せ居心地を悪くさせた。なんだかんだエスコートもきちんとしてくれるので女性には困らないだろうに、なぜ構うのか不思議だ。なんとなく、まだ日が高くて良かったと思った。


 ツバキはちらりとレオの横顔を見やる。涼しい風を受けて気持ちよさそうだ。視線に気づいたレオがこちらを向き、ツバキはぱっと前を向く。


「どうした?」

「別に。……あ、ちょっと気になることがあるのだけど」

「何?」

「カメラ、だっけ。どこで売っているの?」

「……欲しいのか?」

「興味はあるわ。魔力は必要ないの?」

「いらないな。俺の商会で売ってる」

「え、そうなの? レオは社長ってこと?」

「なんだその意外そうな目は。このゴンドラの運賃がいくらするか知ってるか?」


 確かにバカ高い。チハヤの店で毎日バイトしたとして賃金三か月分に相当する。それを気兼ねなく出せるのならレオはお金持ちということだ。


「お店ってどこにあるの?」

「……知ってどうする」


 警戒心が含まれた声だった。不審に思って横を向くと、レオはにかっと笑った。


「俺に興味が出てきた?」

「それはないわ」

「あっそ。そういえば白い猿の魔物は元気?」

「え?」


 ツバキの顔が強張った。白い猿の魔物とはギジーのことか。ふいをつかれてとぼけることができず、レオに確信を与えてしまったと彼の目を見て悟る。

 

「やっぱりどっかで見たことあると思ったんだよなあ。ケデウムで会ったよな、金髪の子と帯刀してる男も一緒に。あれは護衛? いつもあんな堂々と街に出てるわけ? 皇女様が」

「…………」

「噂と大違いだな。男に土下座させるだろ、酔っ払いと喧嘩するだろ、平民の街を気兼ねなく歩くし、変装して街へ出てるし、あと、あのときは銃にも興味持っていたな」


 レオは皇女らしからぬ行いを指折り数えていく。二つほど解せないものはあるが。


「この国の皇族って、もっと傲慢で魔力にしか興味ないと思っていたのに」


 レオは、面白いおもちゃを眺めるような目ではなく、女性を愛でるように微笑した。今までにない眼差しに、ツバキの視線が囚われる。

 互いに何も言わなかった。

 ただ、相手の想いを探るように、でも自分の想いには気づかれないように、静かに視線を絡ませる。

 彼の指先がツバキの頬まで伸びた。 

 触れられる直前で、ツバキは顔をそむける。

 レオがふっと笑った。


「取って食いやしねえよ」

「……あなた好みの肉はついていないのでしょう?」


 胡乱な目で睨み返し胸元を隠す。

 レオは、また予想外の反応をされたと豪快に笑った。ひとしきり笑って無言になると、ツバキの髪を指に絡ませ口づける。


「……欲しくなる」


 獲物を狩るような目をして吐露された。

 狭い空間に二人きり、近くに他のゴンドラはなく、水面が太陽の光で煌めいている。

 ツバキの胸がざわざわした。ギリギリ日が明るくて良かったと心から思った。

 

 ここで、ゆっくりゴンドラが停止する。 


「残念」

 

 レオが手を離してするりと髪が流れた。

 ツバキは急いで立ち上がってゴンドラを降り、レオにバレないように呼吸を整える。

 

「もう直っただろう。取りに行くぞ」

「やめてよ」


 頭に置いた手をツバキに勢いよく掃われ、レオは愉快気に微笑んで先に歩き始めた。

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