第13話 アモルの休日2

 男たちに絡まれた動揺がまだ収まらないツバキは、赤い髪の男に連れられてレイシィアにある喫茶店で休むことになった。


「助けてくださってありがとうございました」

 

 ツバキはベールで顔を隠して頭を深々と下げた。最後まで上げず、目を合わせないようにうつむく。

 ケデウムで会った栗色の髪の少女だとバレないようにしなければ。皇女であることも知られたくない。しかし、珍しい白銀色の髪をすでに見ている相手の視線がチクチク痛い。


「…………」


 心なしか、視線が近寄ってくる気がする。ちらりと目を上げると、身を乗り出した男の顔がすぐそばまで迫っていた。咄嗟に顔を逸らす。


「……あんた、どっかで見たことある気がする」

「さあ、初めてお会いしたと思いますけれど」

 

 男は浮かせていた腰をどかりと下ろした。

 そして懐からきらりと光るものを取り出し、ぶら下げる。


 スリに取られたブレスレットだった。


 今度はツバキが身を乗り出して奪い取ろうと手を伸ばす。

 すぐさま男は手を引っ込め、ツバキの右手がむなしく空を切った。


「…………」


 ばっちり目が合い、顔をはっきり見られてしまった。男はにかっと笑う。


「それ、どこで」   

 

 ぶつかって来た男は赤黒い髪をしていたから、盗んだのはこの男ではない。スリから取り返してくれたのだろうか。


「あんた、すごく目立っていたから。何か盗られたのに気づいて取り返しといた」

「目立ってた?」

「ああ、だって男を土下座……」

「あれは私がさせたわけじゃない」


 げんなり言うと、男は笑った。

 その後ツバキを探してくれて、男に絡まれていたところを助けてくれたのか。ケデウムでも困っていた時に助けてくれたし、ただの親切な人なのかもしれない。


「ありがとうございます。返していただけますか?」

「あんたが何者か教えてくれたら返すよ」


 男はブレスレットを懐にしまった。

 ツバキの目が悲愴で揺れる。


「何者って、ただの観光客です」


 土下座を見られたなら、グレゴリーがセイレティアと呼んだのを聞いたかもしれない。それでも念のためしらばっくれようと心を落ち着かせる。


「白銀色の髪と言えば、第三皇女様だよね」

「そうでしょうか。珍しいけれど、他にいないわけではありません」

「皇女がアモルに来るっていう噂が出回っていたし」

「そうなんですか」

「じゃあこれ」


 なかなか認めないツバキを面白がるように目を細め、男が懐から何か取り出した。

 それはツバキの欲しい物ではなく、一枚の紙だった。そこに、新皇帝即位の祝賀パレードのときのセイレティアが描かれていた。だが似顔絵にしては気持ち悪いくらい実物そっくりだ。

 ツバキは紙を受け取りまじまじ見入る。


「それは絵じゃない。写真だよ」

「写真?」

 

 聞いたことがなかった。見たものをそのまま紙に写す念写能力のある魔物なら知っているが。


「カメラっていう道具で写したものだ。よく撮れてるだろ?」

「ほんと…。すごいのね、これ」

「な?そっくりだろ、あんたと写真に写ってる皇女様」

「他人の空似でしょう」

 

 実際、このパレードのときの皇女はツバキではなく変装した侍女のサクラだ。


「頑固だなー」

 

 男が呆れた目をツバキに向ける。

 確実にバレている。だが今更後には引けない。

 微妙な沈黙が流れ、男は諦めたようにつぶやいた。


「土下座した男がセイレティアって叫んでいたじゃないか」

「…………どうしてそれを最初に言わないの」


 男が豪快に笑った。周囲の人の視線が集まりツバキは顔を伏せ、わなわな震える。

 訂正しよう。親切な男ではない、意地の悪い男だ。名を聞いたなら最初から言えばいいのに、いつまでしらを切るか揶揄っていたのだ。


「第三皇女は病弱だって聞いていたんだけどな。男に土下座させたり、喧嘩したり、話と随分違う」

「だから、土下座させたわけではないし、喧嘩した覚えもありません」

「様になっていたぜ、最初の男二人を倒したときは」

「見ていたの?」

「ああ。本当はもっと前に助けられたんだが、つい見とれちまった」


 男がくっくっくと肩を揺らす。ツバキは忌々し気に手を差し出した。


「早く返して」

「どうしよっかなー」


 ブレスレットを取り出し、ぶらぶらさせる男。

 ツバキは目を細めた。


「あなた、そんな写真を持ってるなんて、私を探していたの?……まさか誘拐する気?」

「そんなつもりがあったらとっくに攫ってる。皇女が来るって知って、興味持っただけ。……でもそうだな、うん。デートしよう」

「は!?」

「あんた美人で面白いし、思い通りにいかなそうなのが気に入った。これでもう少し肉付きがよかったらドンピシャなんだけど」


 男の視線がツバキの顔から下へ下がる。いつも窮屈そうにツバキの服を着るサクラの胸が頭に浮かび、ツバキは咄嗟に腕で前を隠した。


「最っ低!!」


 意地が悪くて失礼な男だ。


「早く返してください」

「いいだろ。あの小説の王女みたいじゃん」

「興味ありません」

「年頃の女の子なら憧れそうなのに」

「早く返してってば」

 

 だんだんイライラしてきた。ツバキが睨むと男の口角が上がる。余裕そうな顔が憎らしい。


「でもこれ、留め具が壊れてるんだよな。盗むときに引っ張ったんだろう。近くに修理してくれる店があるから、修理が終わるまで、な?」


 意地が悪くて失礼でしつこい男だ。

 とはいえブレスレットをよく見れば、確かに留め具が一部欠損している。


「修理が終わったら、必ず返してくれるのね?」

「ああ」


 グレゴリーたちが探しているはずなので早く戻りたいが、あれを手放すことだけは絶対にしたくない。


「……わかったわ」


 口をとがらせたツバキを見て、男はにかっと笑った。

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