金色の空は月を抱く

永堀詩歩

序章 月の光が照らすもの

 体にまとわりつく濃い霧と鼻をつく森のにおいの中、金色の鱗を持つ若い大蛇は少しばかりとぐろを巻いて横たわっていた。


 その長い体は乱雑に生える木々の間を縫うように伸び、自身の目では尾の終わりを見ることはできない。


 とぐろの上には、五歳ほどの少女がうずくまって泣いていた。

 いつも一人でいて、寂しそうにしている少女。

 昼間も遊んであげたというのに、闇に沈む森の中へ、足を傷だらけにしながら会いにきた。


 ──こわいゆめをみたの。だれもいないの。だれも。


 ただの夢だと慰めても、清らかな涙が大蛇の体を濡らす。


 ──みんな、いなくなってしまう。


 おれはいなくならないよ。

 そう言っても、ひっくひっくと泣くばかり。


 ──こわくてたまらないの。


 少女の手はかたかたと震えていた。

 夢は時にうつつを忘れさせ、時に現を強めるもの。

 大蛇は小さな小さな少女を憐れみ、自分と重ねる。


 それなら、ずっと一緒にいるって誓う。


 優しく告げると、少女は顔を上げた。

 珠のような涙が、はらりと零れ落ちる。


 ──ほんとう? カオウはいなくならない?


 うん、約束する。ずっと一緒にいる。何があっても、ツバキを守るよ。

 

 そうささやくと、少女は花が咲くように微笑んだ。

 嬉しそうに金色の鱗を撫で、ころんと横になり、安心して眠る。


 一陣の風が木々を揺らした。

 目だけ上へ動かすと、晴れた霧の隙間から白銀色に輝く満月が覗く。


 その光の帯が少女の髪へ降り注いでいるようで、この子の髪は月の光をしているのだなと妙に感心しながら、まどろみ始めた。



 大蛇がこの日交わした約束は純粋な気持ちからだった。

 ただただ少女に安らぎを与えるため。

 こんな自分でもできる些細なこと。


 それが世界の驚異となるなど、考えもせずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る