第13話 調査1
任命の儀終了後、迎えに来たカオウと瞬時に警察署へ移動したツバキは、作成された似顔絵をまじまじと見つめていた。確かにアフランに似ている。もう一人は弟だろうか。もじゃもじゃ頭に大きな丸い目の可愛らしい少年だった。
「カオウとトキツから話を聞いて、食堂へ警官を向かわせた。じきに戻るだろう」
二人を確保できれば、方方で捜索していた大勢の警官を通常業務に戻せるとあって、ロウはひとまず胸をなでおろした。あとは手紙を出したか確認して軍へ引き渡せば終わりのはずだ。ただのいたずらだったなら。
「で、なぜ違うと思う?」
「確信してるわけじゃないわ。でも、ズイニャは一つでも八百リランはするのに、五つも入った贈答用のものをわざわざ買うなんて。せっかく稼いだお金をいたずらに使うかしら?」
住み込みで働くと日々の暮らしに困らない代わりに給金は少ない。それも大抵の子は日用品や、休日にお菓子などを買い使いきってしまう。コツコツ貯めたとしても半年以上はかかるはずだ。
「なら本気だというのか?鑑定が間違っているとでも?」
「鑑定は信用してるから悪意はないはず。けどイタズラでもない。だからどういう意図でこんなことをしたのか聞きたかったの」
ツバキはそう言うなり考え込み、もしかしてと呟いた。ロウが続きを促す。
「……忠告かも」
「忠告?」
「二人はバルカタル語の勉強中らしいの。もしヴィジェ(殺す)の最初の文字に”^”をつけ忘れてたとしたら?」
「ヴェジェ(殺される)になるな」
「そう。本当は殺されると言いたかったのかも。新聞を使ったのも、書き慣れていないから自分の字で書くのをためらったのかもしれない。それに渡す相手もちゃんと選んでる。うちの侍従長が父と兄に心酔してることとズイニャ好きは有名な話だし、ちゃんと読んで欲しくて侍従長の好きなものと一緒に託した。結局、いたずらと思われてしまったけれど、調べてほしかったんじゃないかしら」
全部カンだけど、と付け加える。
ロウは黙考し、怪訝そうに眉間にしわを寄せた。部下を呼び食堂へ向かった警官が今どこにいるか確認する。身元保証書と二人の私物を押収した警官はもう戻っているが、二人を連行したはずの警官たちとは連絡が取れないという。
嫌な予感がした。完全にツバキの推測を信じたわけではなく、考えすぎだと思いたかったが、その少年たちがハーフで父親を頼りにこちらへ来た苦労人なら、こんなイタズラをするのも変だ。過去バルカタル帝国に侵略された国の出身だとしたらありえるかもしれないが、それなら悪意ありと鑑定されるだろう。では本当に忠告だとして、その情報はどこから得たのだろうか。客の噂話か?それとも、皇帝を暗殺しようとしている輩を知っているのか?もし、少年の背後に何者かがいるとしたら。そして、その何者かが、警察が少年を捜索していると知ったら……。
ロウは勢いよく立ち上がり、部下に大鷹の準備をさせた。
「食堂へ行ってくる」
「私も行くわ」
「だめだ。カオウとトキツと一緒にいろ。代わりに二人の身元保証書を調べてもいい」
調べていいと言われて目を輝かせたツバキと別れ、ロウは大鷹に乗って部下一号二号と食堂へ向かった。警官の移動手段である大鷹は魔物ではなく動物だ。人の言葉は解さないが、よく世話をし手懐ければ主の意思に応えてくれる。飛行速度は動物の中ではトップクラスで、賢く、いざとなれば犯人を威嚇して追い詰めることもできる優秀な相棒だ。
その相棒に乗ってものの数分で到着し店に入ると、いつも賑わっているそこに客は全く入っておらず、不安そうな顔をしていた従業員たちがロウの姿を見るなり不快感で顔を歪めた。チハヤもロウに気づくなり怒りで肩を震わせながらものすごいスピードで近づいてきた。
「ロウ、いきなり警官を寄越してどういうつもりだい!しかも理由も言わずにアフランとルファを連れて行って!部屋まで荒らして!あの子たちが何したっていうの!?」
チハヤは胸ぐらを掴まんばかりの勢いで捲し立てる。彼女はロウが警官になる前からの知り合いで彼の人となりをよく知っているからか、ロウの迫力に動じない数少ない人間の一人だった。
「アフランたちは警官と一緒に出ていったんだな?」
「なに間抜けなこと言ってんの。いつ彼らを帰してくれるのさ!?」
ロウはチハヤを押し退けて裏口から外へ出る。あたりには誰もいなかったが、見回すと、地面に数滴血がついていた。抜刀して慎重に左へ歩き、突き当りで左右を確認する。ここにもいないと思ったとき、左の奥、人気のない路地への入り口に血のような跡を見つけた。曲がり角まで静かに近づき用心して顔を覗かせる。
「……!」
ロウは驚愕し目を見開いた。
二羽の大鷹と二名の警官が血溜まりの中で横たわっていたのだ。
血相を変えて駆け寄り容態を確認する。微かだが全員息があった。部下に救援を呼ぶよう命じてさらに路地の奥や倉庫内に人影がないことを確認すると店内へ戻り、チハヤに詰め寄る。まだわめいていたチハヤも、ロウの身体中から溢れるどす黒い怒気に気圧され押し黙った。
「アフランたちは何者だ」
「な……何者って、普通の子だよ」
「普通の子が警官に重症を負わせられるものか」
「え、どういうことだい?」
「二人は城へ脅迫状を出した容疑がかかっている。さらに今、警官への殺人未遂も加わった」
チハヤは愕然とロウを見つめた。突然のことで頭が整理できない。脅迫状?殺人?
「脅迫ってどんな……」
「皇帝を殺すと」
「なっ……!」
チハヤの額からじわりと汗が滲む。
二人は一生懸命働いていた。特にアフランは真面目で勤勉。はじめこそ客とも他の店員とも一線を置いているようなところがあったものの、一年かけて徐々に打ち解け始めていた。
しかしここ数日気もそぞろで何かに怯えているような、今にも泣き出しそうな顔をするようになり、理由を問いかけてもはぐらかされるばかりでどうしたものかと考えあぐねていたところだ。
だがまさか皇帝を殺すなど大それたことを考えていたなんて。虫も殺せなさそうな子たちが、殺人だなんて到底信じられなかった。
「本当にあの子たちがやったの?証拠でもあるの?」
「調査中だが警官を襲って逃げたのは確かだ」
外が急に騒がしくなった。救援が来たのだろう、瀕死の警官の名を叫ぶ声と、アフランたちの行方を探せという怒号が聞こえる。
「身元保証人に会ったことは?」
「ないよ。義務じゃないから……」
店舗で働くときに提出する身元保証書は役所が承認する公文書のため、基本的に店側は保証人と面会する義務はない。だからチハヤは今まで会ったこともないし、保証人の名前さえ覚えていなかった。
「母親が外国出身と聞いたがどこの出身かわかるか」
「山岳地方とは言っていたけれど、あんまり言いたくなさそうだったから深くは聞いていないよ」
それを聞くなり、ロウはそうかとだけ言い残し去っていく。その後ろ姿は今にも爆発しようとする火種を辛うじて押さえ込んでいるように感じた。
チハヤは恐れと不安で崩れ落ちるようにへたり込んだ。
なぜもっと彼らを気にかけてやらなかったのだろう。積極的に故郷の話を聞いてやらなかったのだろう。皆の輪に入るようもっと働きかけなかったのだろう。アフランもルファも十代だがこの国には年齢による罪の軽減はないため死刑となるかもしれない。
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