第10話 不穏な手紙

 中央警察署の正面扉を開けた瞬間三人は当惑した。

 職員が右往左往し其処彼処からどなり声が聞こえる。

 確実に何かあったらしい。


「引っ越し?」

「また人が辞めた?」


 間の抜けた皮肉しか出てこない。

 ひとまず人波を縫うように署長室へ向かい、ドアを開ける前に念のためギジーに思念でロウの機嫌を確認する。

 あまり芳しくはなさそうだ。


「レディファーストで」

「ちょ、ちょっと!」

「ツバキちゃんならロウは怒らないだろうっ」


 トキツがツバキの背を押す。

 ツバキは後ろに全体重をかけ必死で抵抗した。

 職員のドタバタ騒ぎの理由は知らないが、ロウの機嫌が悪いのは店でのイザコザが原因かもしれないのだ。

 それにロウはツバキが皇女だろうが悪いことをしたら怒ることを幼少期から知っている。

 別に悪いことをした訳ではないが、今は開けない方がいい気がした。心なしかドアの隙間から禍々しいオーラが漂っているではないか。

 しかし、二人の幼稚な争いは無意味だった。

 ドアが内側から開いていく。

 それは地獄へ通じる扉がギギギーっと重苦しい音を立てゆっくりと開かれているようだった。

 実際はガチャという軽い音を立てて素早く開けられたのだが。


「何やってる。早く入れ」


 呆れた声に促されすごすごと奥へ進む。

 上目遣いでロウを見るも、特にいつもと変わらない様子で拍子抜けした(言い換えればいつも不機嫌ということだ)。


「さてツバキ。さっきはご苦労だったな」


 安堵した瞬間ドキリとする。


「数日前から違法露店が問題になっていたところだったんた。あの店主を問いただしたら簡単に口を割った。徒党を組んでいたようだから、今後芋づる式に捕まるだろう」


 怒られるどころか誉めれたのでほっと胸を撫で下ろした。


「だが」


 またビクリと背筋が伸びる。心臓に悪いから止めてもらいたい。


「少しは自重しろ。トキツ、こいつを止めるのもお前の役目だろうが」

「ごめんなさい」

「面目ない」

「それで本題だが」


 結局怒られたがそれで終わりではなかった。


「昼前に城からこんな手紙が届いた」

「城から?」


 ロウは一通の封筒をツバキに投げる。

 ベージュの封筒で紙質は粗く、封蝋の跡はない。

 中から二つ折りにされていた紙を広げると、ツバキの目が大きく見開かれた。


 ”パレード中止しろ 皇帝殺す”


 本や新聞などの切り抜きで作られた文。

 無機質な上、バラバラの大きさの文字が不気味さと不安感を強調していた。

 心臓が早鐘のように鳴り響き、ツバキは紙を握りしめたまま動けなくなる。

 遠い記憶に引きずり込まれていく。


 ──溶け残った窓の雪

   ベッドに横たわる少女

   取り囲む白い綿の魔物

   握りしめた手

   にじむ景色

   冷たい、手


「……キ。ツバキ!?」


 カオウの声で引き戻された。

 大丈夫かと問いかける声にぎこちなくうなずく。

 細長く息を吐き、”今”を取り込むように空気を吸う。


「これ、なに」

「見ての通り皇帝殺害予告だな。今朝城で発見されたがいたずらの可能性が高いからとこっちに回された」

「いたずらと判断された根拠は?」

「その手紙を鑑定した結果、殺意が感じられなかったそうだ」


 警察の上位組織である国軍には、物質から人の感情を読み取る魔力を持つ心理鑑定士が在籍する。

 彼らは感情が残りやすい手紙から発言の真偽を判断したり(嘘発見機のようなもの)、時折軍に投書される爆破予告や殺人予告が本気か確認したりしている。

 実績は折り紙つきで、彼らが殺意なしと鑑定したのなら間違いない。

 しかし今回は対象が対象なためいたずらだとしても差出人を特定しないわけにいかず、警察に白羽の矢が立ったのだった。

 しかも期限はパレードの前日。つまり二日後。


「いたずらだとしても気味が悪い。手紙はどこで見つかったの?」

「侍従長宛てのズイニャが入った篭の中にあったらしい。納品した宅配業者に確認したところ、物は別の所で購入して宅配だけ依頼されたそうだ。依頼者の名前もわかったから今捜索しているが、恐らく偽名だろう。正直お手上げだ。それでカオウ」

「何」

「お前、以前城内の食物をよく物色していると言っていたな。今朝ズイニャを見ていないか?」


 そう問われ、カオウの頭の片隅にあった記憶が蘇る。


「それなら見たよ。そういえば手紙を読んで慌てていたような」

「篭はどんなだった?」

「持ち手が一つの竹篭。よく見かけるごく普通のやつだったと思う」

「侍従長は何か言っていたか?」

「別に何も。手紙読んですぐどっか行ったもん」


 ロウの眉間のシワが深くなる。


「侍従長のズイニャ好きを利用した嫌がらせかもしれないが、それを確かめたくても、城内への出入りを禁じられて話ができない。せめて購入先が特定出来ればと思ったが、手紙も篭もこれといった特徴がないなら難しいだろうな」


 ロウがため息をついたとき、あることに気づいたツバキが口を開いた。


「ねえカオウ、あなたもズイニャ好きよね? でも、ブルベリの部屋から帰ってきたときチョコしか持ってなかったじゃない。ズイニャはどうしたの? 彼がいなくなったのなら真っ先に盗りそうなのに」

「あ、そうだ。後で食べようと思って忘れてた」


 カオウは空間からズイニャを二つ取り出した。

 唖然とする一同。

 盗んだことを咎めるべきか褒めるべきか。


「二つも持ってきたの?」

「贈り主が違う。こっちは城で働き始めた人からの。んで、こっちの小ぶりの方が問題のやつ」


 得意気に説明するカオウ。

 半ば呆れつつ、ツバキは二つのズイニャを見比べた。

 確かに大きさが違う。それに皮の色も。


「あまり見かけない品種ね。よく私達が食べるのはこっちの大きい方よね。これ、何か手掛かりにならないかしら」


 ロウが氷を操ってカオウからズイニャを奪い取った。

 カオウの非難の声など意に介さず違いを観察する。


「外国産か? となると扱っている店は少ないかもしれない。調査のためこれは預かっておく」

「二つとも!?」

「盗品だろう。文句はないな」


 有無を言わさぬ圧力に口をパクパクさせる。

 さらに用は済んだからと追い払われてしまった。


「横暴だ! ったく、大人はロクなやつがいない」


 トキツを睨む。完全にとばっちりだ。


「まぁまぁ、ロウも藁にもすがる思いなのよ。代わりに何か買ってあげるから」

「パフェ食べに行こう! 果物がたくさん乗ってるやつ!」

「はいはい」


 いきり立ったままズイズイと大通りにあるカフェへ向かう。

 ツバキとトキツ、ギジーは数歩後ろをついていく。日が暮れかけた緋色の空が眩しい。


「しかし、イタズラでよかったな」


 トキツが気遣うように言った。ツバキは少し間を開けて呟く。


「本当にイタズラならね」

「鑑定士の腕は確かなんだろう?」

「説明できないけれど、何となく引っ掛かるの」


 緋色が真っ直ぐ前を見据えるツバキの横顔を妖しく照らす。すぐさま建物の影になり表情を読み取ることができなくなった。


「ツバキ早く!」

「はーい」


 気づけば大分離れていたカオウの元へ駆け寄るツバキ。

 先程の空気はどこへやら、他愛もない話で屈託なく笑っている。


「また無茶しないといいけど」


 真面目な顔で呟き、トキツも二人の元へ駆け寄った。


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