第6話 侍従長とズイニャ

 東城門塔では主に武器以外の持込検査が行われる。

 常に大勢が行列をなし雑然としているこの時間、とりわけ今は一大イベントに向け大わらわである。

 許可された物は各搬入所へ運ばれ、皇族向けの食材や調度品、献上品は二回目のチェックと共に搬入リストが作成されるが、城内に住み込みで働く人々への差し入れはあまり厳重なチェックはされない。


 幾度となく姿を消して忍び込んでいるカオウは慣れた様子でそれらを物色していた。

 菓子に本に飲み物、手紙、何に使うかわからない道具等々。

 なかなか希望のものがなく、カオウは頬を膨らませる。


(仕方ない、あいつの物から探すか)


 辺りを見回し目当ての大きな葛籠を見つけ、意気揚々と蓋を開けようと手を伸ばす。


「どれどれ。今日の品は何があるかな」


 甲高い男の声が聞こえ、カオウの手がびくりと止まった。もう来やがったと舌打ちをする。

 侍従長のブルベリが口髭を触りながらコツコツと靴音を響かせて近づいてきた。

 髭を左手の指で伸ばし先端で離すと髭がぐるぐる巻かれて戻る。また伸ばし、離し、巻かれるを繰り返す。

 どうやら今日は上機嫌らしい。


 侍従長は自分専用の葛籠を開けた。顔が緩み両手で髭を伸ばす。両方の髭が同じタイミンクで元に戻ると、中から持ち手のついた篭を取り出した。


(やっぱりこいつのところにあった!)


 カオウの目が輝く。

 それは果物だった。ズイニャと呼ばれ、マンゴーほどの大きさでメロンと苺の中間のような甘みとみずみずしさが特徴だ。

 侍従長はこの果物が大好物で、週に一度は必ずと言っていいほど誰かから届けられている。


「結構、結構」


 満足げに頷くとズイニャをしまい葛籠を持ち上げ歩き始める。

 こっそり後をつけるカオウ。

 ブルベリは自室に運び入れ、再び五・六個篭に盛られたズイニャと差出人が書かれたカードを取り出した。


「これは……第二給士係のサハン。ああ、先週末に来たやつか」


 またか、とカオウは呆れた。

 城で働き始めた新人の家族は必ずといっていいほど侍従長へズイニャを贈る。

 しきたりではないのにいつからか暗黙の了解となっているようで、どこで噂を聞き付けたのか、他に懇意になりたい新規の店などから来ることもあった。


「こっちは誰かな」


 次に取り出したのはまた篭に盛られたズイニャだった。

 先程より小ぶりだが皮の色が濃く美味しそう。

 次は手紙が添えてあったようで、封を切り中の紙を取り出す。

 にんまりするかと思われたブルベリの表情が一瞬で険しくなった。

 慌てて手紙を持ったまま部屋を出ていく。


 何が書いてあったのか気にはなったが、カオウはこれ幸いとサハンと差出人不明のズイニャを一つずつ自分の空間へ放り込み、他にめぼしいものはないかと部屋を見回す。

 壁には皇帝と第一皇后、第一皇子の肖像画が飾られており、棚の一番上はおそらく皇帝から賜った高価そうな壺や時計などが等間隔に置かれている。毎日手入れをしているのかほこり一つついていなかった。

 さすが崇拝者だなと感心したような呆れたような気持ちで簡易キッチンの横にある保管庫を開けると、果物や菓子がびっしり詰まっており、ブドウを一粒もぎ取って口に入れる。


<カオウ、何してるの? 早く帰ってきて>


 大袋に入ったチョコを一握りつかみ取ったところで、頭の中にツバキの声が聞こえた。


<はーい>


 軽い返事をし、ツバキの目の前に姿を現す。


「またブルベリのところにいたの? 何を……ん」


 チョコをツバキの口に押し込む。

 甘いチョコに包まれていたキャラメルがなかなか消えてくれず、ツバキはやや険しい顔をした。

 それを見たカオウは面白そうに笑い自分もチョコを頬張るも、思った以上の数を掴んでいたようで、キャラメルが口いっぱいに広がり数回噛んだだけで顎が痛くなった。

 自然と憮然とした顔になっていたらしい。今度はツバキが笑った。


「ほら水飲んで。今日は奉告の儀なの。早く行かないとジェラルド兄様に見つかってしまうわ」

「ん、んおおう(げ、急ごう)」


 水をもらってようやく飲み込むと、カオウはツバキの手をとって走り始めた。

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