第36話 魔界竜巻発生



「それじゃ、今日はまず訓練からじゃな?」

「そうだね。散歩もして体を動かしたから、いつでも準備はできてるよ」


 朝食を用意してくれたカリナさんとお礼を言い合い、まったりとした時間が過ぎる。

 お腹がこなれて来た辺りで、マリーちゃんが言い出して訓練となった。

 食堂を出て、皆で闘技場へと移動を開始。


「マリー様! ご報告が!」

「どうしたのじゃ? そんなに急ぐ事でもあったのかじゃ?」

「それが……」


 闘技場へと向かう俺達を、慌てた様子で追いかけて来たコボルトのコボ太。

 すごく焦ってる様子だけど、何かあったのかな?

 廊下でマリーちゃんと一緒に止まり、コボ太の報告を聞く。


「……魔界竜巻が発生致しました」

「なんじゃと!?」

「……魔界竜巻?」


 コボ太が言った魔界竜巻という言葉にマリーちゃんは、あまり見せる事の無い驚きの表情で激しく反応してる。

 魔界竜巻……聞いた事はないが、どんな物なんだろう?


「町や城に向かっておるのか!?」

「いえ、こちらまでは来ないようです。……ですが」

「どうしたじゃ?」

「運動会の会場に進路を向けている模様なのです……」

「なんじゃと!?」


 マリーちゃん、本日2度目の驚き。

 運動会会場に魔界竜巻……まずいのか?


「マリーちゃん、その魔界竜巻っていうのは?」

「集まり過ぎた魔力が氾濫してできる、巨大な竜巻じゃ。魔界でのみ発生するから、そう呼ばれておるのじゃ」

「巨大な竜巻……運動会会場は今、準備の真っ最中なんじゃないの……?」

「そうじゃ、カリナママ。……すぐに準備を中止し、外に出ている魔物を避難させるのじゃ!」

「畏まりました!」


 マリーちゃんの指示を受けて、走って伝令に行くコボ太。

 巨大な竜巻か……台風とかハリケーンのような物か?

 それが運動会会場へ……か。


「不味いのじゃ……このままだと、運動会が開催できなくなるのじゃ」

「そこまで酷いのか?」


 運動会は魔物が主な参加者なため、作られた物は基本的に日本の運動会よりも、頑丈だったり大型の物が多い。

 日本の台風でも強弱があるが、俺が今まで体験して来た台風の中でも、それなりに強い物が来たとしても耐えられそうに思えるんだが……。


「魔界台風が通った後は、荒野しか残らないのじゃ……」

「……耕した地面も?」

「そうじゃ。魔界に荒野ばかりな理由がこれじゃ。魔力の氾濫による影響で、地面が固まってしまうのじゃ。魔力は時間をかければ抜けて行き、手を加えれば柔らかくする事もできるのじゃが……」

「また、時間がかかるのか……」

「うむじゃ。そして、魔力を含む風によって、全ての物は形を保っていられないのじゃ……。魔物も、作った物も……全てじゃ」


 魔力がどういう物か俺にはわからないが、相当まずい事が起きてしまうらしい。

 マリーちゃんの言う事を信じるなら、魔界竜巻が通った後は、今まで準備して来た運動会会場が全て、以前のような荒野に戻ってしまう……という事なんだろう。

 丈夫な物とかも関係なく、全て壊してしまうみたいだ。

 また最初から準備……となると当然時間もかかる。

 魔界で暮らしてる魔物達の生活もあるのだから、運動会の準備を最初からとなると……もしかして……。


「また最初から、準備する事になるのか?」

「開催しようとするのならそうじゃ。しかし、魔物達も無理をして準備をしてくれているのじゃ。……最初からとなると……難しいのじゃ」

「難しい……中止になるかもって事?」

「そうじゃカリナママ。今までの準備が全て壊れ、それを一からやり直すのは相当な労力が必要じゃ。それに皆……生活もあるから……じゃ」

「……そうなの」


 魔物達もこの魔界で暮らしてるのだから、当然日々の生活がある。

 運動会を開催するために皆頑張ってくれていたのかもしれないけど、また初めからとなるとやっぱり難しいか……。


「婆や!」

「はい、マリー様」

「至急、会議を開くのじゃ! 四天王を集めるのじゃ!」

「畏まりました」


 マリーちゃんが婆やさんを呼び、四天王を集めるよう指示を出す。

 婆やさんは一瞬だけ姿を見せ、マリーちゃんの言葉を聞いてすぐに消えて行った。



「魔界竜巻が来るとは、じゃ……」

「どうなされますか? このままでは……」

「わかっておるのじゃ。しかし、魔界竜巻をどうにかする方法はないのじゃ」

「そうよね……」

「むぅ……」


 婆やさんに集められた皆で、広間にて円卓を囲んで会議が開かれる。

 アムドさん、キュクロさん、リッちゃん、バハムーさんの四天王の面々に、俺とカリナさんとマリーちゃんだ。

 クラリッサさんは、コボ太と一緒に城内を走りまわっていたから、何かの伝令役になっているんだろうと思う。

 会議が始まって早々、四天王の皆へ魔界竜巻の事を伝えた。

 四天王の皆さんは魔界竜巻の事を知っているようで、それが近づいて来ていると言うだけで、皆深刻な顔になっている。


「魔法で何とかならないのか?」

「魔界竜巻自体が魔法のようなものじゃ。しかし、その魔力と規模は誰かの魔法でどうにかできる物じゃないのじゃ」

「私は魔法が得意だけど、もし魔法を使っても何とかなったりはしないわ。……それどころか、魔法を使ってしまうと、逆に吸収されて規模を大きくしてしまうのよ」

「吸収ですか?」

「うむ。ユウヤ様、魔界竜巻は魔力の氾濫によって発生されると言われている。乱れた魔力が全てを飲み込んで移動するのだが……」

「この時、氾濫する魔力が辺りの魔力も飲み込んじまうんだ。下手に魔法なんかを放っても……」

「かき消されるだけじゃなく、力を与えてしまう事になるってわけか……」

「そうだ、ユウヤ」


 吸収というのがどうされるのかは知らないが、四天王の皆が口をそろえて言うのだからそうなんだろう。

 説明された理由も納得できる。

 勢いよく渦を巻いてるプールの水に水鉄砲を撃っても、それは量が多くなるだけで勢いを衰えさせる事はできない。

 吸収という事だから、むしろ規模と勢いを増すだけの結果になってしまうのか。


「幸い、この城や街への進路では無いようだ。……被害は最小限に抑えられるだろう」

「でも、今まで行って来た運動会の準備は、全て水の泡よ?」

「魔物への被害が少なくても、それじゃあな……」

「むぅ……せっかくの準備が……」


 四天王の皆さんが顔を突き合わせて悩む。

 魔法は駄目だし、規模が大きく全てを壊す……という事だから、俺の身体強化(極限)も役に立てそうにない。

 殴って進路を変える……なんてできそうにないしな……そもそも殴れるものじゃないだろう。


「中止……じゃ」

「マリー様?」


 皆が難しい顔をさせている中、マリーちゃんが俯いて小さく呟いた。

 その声は、小さいにも関わらず、不思議と広間に響いた。


「運動会は……中止じゃ」 

「……それしか、ありませんか……」

「そうだろうな……魔物達にも生活がある」

「何とか準備に時間を割いている魔物もいるわ」

「また初めから準備となると、時間がな……」


 顔をしかめさせ、弱々しく言ったマリーちゃんの言葉に、四天王の皆は同意するように頷く。

 それぞれ、仕方ない事と諦めている様子だ。

 ……俺に何かやれる事があれば、皆にこんな顔をさせなくて良かったんだが……。

 それに、一度頑張って準備した物をまた最初から……というのは時間だけじゃなく精神的にも厳しい。

 その途中にまた、魔界竜巻が発生したら……なんて事も考えるだろうしな。


「……運動会、開催したかったじゃ……」


 そんなマリーちゃんの寂しそうな呟きで、運動会は中止に決定され、会議は終了した。

 コボ太を始めとした、城にいる魔物達に各場所への伝達を任せ、マリーちゃんはとぼとぼと部屋へ戻って行った。

 俺やカリナさん、四天王の皆さんはそれを見送るしかできなかった……。



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