第29話 訓練延長と響く不思議な声
「それじゃ、またシャドーを呼び出すのじゃ」
「お願いな」
「任せるのじゃ。カモンシャドー! すぐにゴー!」
「いきなりか! まぁ、あまり時間もないし、仕方ないな……っと!」
食後の闘技場、早速とばかりにマリーちゃんがシャドーを呼び出してすぐに動かす。
2体同時に繰り出して来たパンチを大きく避け、頭を切り替えて戦闘に備える。
カリナさんはまた観客席で俺を応援してくれてるが、クラリッサさんは満腹によりお眠だったので、部屋に戻った。
……最近、クラリッサさんが喋る事すら少なくなって来たけど、本当に皆から忘れられたりしないだろうか?
「考え事をしている暇は無いのじゃ! 集中するじゃ!」
「っと! っは! ん!」
マリーちゃんに注意され、2体のシャドーに集中する。
少しずつ動きに慣れて来たから、身体強化(極限)のおかげで、攻撃を避ける事は苦も無くできるようになった。
けど、隙を見計らって肉薄し、こちらの攻撃を加える事がどうしてもできない……。
どうしたら良いんだろうか?
「どうしたのじゃ? 逃げるだけじゃシャドーは倒せんのじゃ!」
「それ、はっ! わかってるっ! けどっ!」
マリーちゃんの言葉に返しながら、2体のシャドーの攻撃を避ける。
避けるだけじゃ勝てない、というのは当たり前。
相手によってはこのまま攻撃させて疲れさせ、その隙を狙うと言う事も有効かもしれないが……。
闘技大会に出場するのは、俺以外全て魔物。
魔物だって疲れるだろうけど、人間の基準で考えるのは危ない。
……アムドさんとか、いくら剣を振っても疲れなさそうだしなぁ……そもそも鎧の魔物だから、呼吸もしないし……。
「くっ! こうなったらっ!」
相手が疲れるまで待つ、という戦法はほぼ使えないと考えた方が良いだろう。
相手のシャドーも、魔法で作り出された存在だからか、どれだけ激しい動きをしても、その動きが衰えることは無い。
それならと、右側シャドーの攻撃を避けた瞬間、左側シャドーの攻撃を無視して、無理矢理右側シャドーへ向かって踏み込む。
「ほぉ……じゃ」
感心したようなマリーちゃんの声を聞きながら、左側シャドーの蹴りをお腹に力を入れて受け止め、それを押し返しながら右側シャドーに右の拳で殴りかかる。
「……っ! これで……どうだっ!」
ボウンッ! という音とゴムのような感触と共に、消える右側シャドー。
「ついでに、お前もだっ!」
振り向きざま、まだ俺のお腹に足を触れさせていた左側シャドーに対し、左手で裏拳を放つ。
ボウンッ! 俺の裏拳が当たり、ゴムのような感触と一緒に気の抜ける音を出して、左側シャドーも消えた。
「……ふぅ……なんとかなった」
「随分強引な戦い方じゃ。スマートとは言い難いのじゃ」
「まぁ、な。でも、格闘素人な俺が華麗に攻撃を避けて、ほんの少しの隙に攻撃……なんて到底無理だと思ってな」
「身体強化(極限)があればこそ、じゃな。闘技大会にはそれで良いかもしれんのじゃ。武器を持つ者も、木製の武器じゃし……」
「あぁ……そういえばそうだな」
闘技大会での武器は、俺の提案が採用されて木剣をはじめとした、木製の武器に決まっている。
金属製で、相手を斬り殺す事を目的とした武器じゃないから、今のような戦い方が通用するかもしれない。
「じゃが……相手によっては気を付けるのじゃ。下手をしたら、体ごと撃ち飛ばされるじゃ?」
「……あー、それもそうだな。気を付ける」
魔物の中には、力自慢もいるだろうしなぁ……バハムーさんのように。
いくら身体強化(極限)で、痛みを感じにくいと言っても、体ごと場外へ飛ばされたら元も子もないからな。
今のような戦い方ができる相手は、限られるだろう。
「それじゃ、今日の訓練はこれでお終いじゃ。ゆっくり寝るのじゃ!」
「そうだな。あ、カリナさん」
「なぁに?」
目標である2体のシャドーは倒したため、延長した訓練はこれで終わりだ。
部屋に戻ろうとするマリーちゃんを迎えに、観客席から降りて来たカリナさんに声を掛ける。
「マリーちゃんを連れて、先に部屋へ戻ってて。風呂に入るでしょ? 俺は後から行くから」
「え? えぇ、わかったわ。それじゃ、マリーちゃん?」
「行くのじゃ、カリナママ。今日は一緒にお風呂じゃー」
「しっかり温まるんだぞー」
俺が一人でここに残る事に疑問を感じつつも、カリナさんは頷いて、マリーちゃんを連れて闘技場を出て行く。
マリーちゃんの方は、カリナさんと一緒に風呂に入れる事を楽しみにしながら、闘技場を出て行った。
「……誰もいなくなった……か?」
少しの間、皆が出て行った後の静寂の中、辺りを見渡して誰もいない事を確認する。
「よし、大丈夫そうだ。……いてててて!」
誰もいなくなった事を確認し、力を込めて耐えていた痛みに悶え始める。
拳で殴った時はゴムのような感触だったくせに、俺のお腹を蹴った足は金属のように硬かった。
痛みに耐えて、シャドー2体を倒したのは良いが、痩せ我慢はいつまでも持たない。
カリナさんにマリーちゃんを連れて行ってもらって、ようやく痛みを表に出す事ができた……というわけだ。
「あー、いってぇ……こんな姿、できるだけマリーちゃんに見せたくないからなぁ、つぅ……」
可愛い娘であるマリーちゃん。
そんなマリーちゃんが作ったシャドーが、俺をこれだけ痛がらせたという事で、もしかしたら心配する事もあるかもしれない。
でも、俺は父親の代役として、もっと格好良い姿を見せたいからな。
まぁ、こういうのは男の自己満足なのかもしれないけどな……。
「いてて……この戦い方、闘技大会じゃ使えないな。やっぱり最小限で避けて……という練習をちゃんとしないと……」
当然シャドーよりも強い魔物が、闘技大会には出て来るだろうしなぁ。
そのたびに、攻撃にわざと当たって……なんて事をしていたら、いくら身体強化(極限)があるとしても、体がもちそうにない。
今回のは、最終手段……といったところだろう、通用する相手限定だが。
「はぁ、ようやく治まって来た……少し休憩したら、部屋に戻ろう。まだカリナさん達は風呂だろうしな」
ようやく痛みが治まり、一息つくためにその場へ座りながら独り言ちる。
もうしばらく、ここでゆっくりしてから部屋へ戻る事にしよう。
「いやでも、良い機会だから、身体強化(極限)がどこまでできるか、試してからでも良いか?」
身体強化(極限)を授かって以来、何度も発動はして来たが、あまり全力で使った事は無かった。
運動場を耕す事と、今回の訓練くらいだな。
特に訓練の方は、避ける事を重視していたから、全力で動いた気にはなっていない。
「良い機会、かな?」
せっかく闘技場という広い場所にいるんだから、全力で動いてみるのも良いかもな。
それに、いつもはカリナさんやマリーちゃんが一緒にいるから、全力で動いてしまう事も躊躇われる。
今一人でいる事が、俺には良い機会に思えた。
あ、クラリッサさんもいるから、特に巻き込んだりしたらいけないしな。
「よし、やってみるか……」
痛みが治まったお腹から手を離し、立ち上がって体を伸ばす。
まずは走る速度を見るために、全力疾走を……。
「精が出ますね、ユウヤ?」
「ん?」
俺が走り出そうとして、クラウチングスタートの体勢を取った時、誰もいないはずの闘技場で、聞いた事のあるような声が響いて聞こえた。
おかしいな、ここには俺以外いないはずなんだけど……というか、女性の声?
カリナさんは、マリーちゃんと一緒に風呂に入ってるはずだし……クラリッサさんの声とは違うしな?
「……誰だ?」
「私ですよ、ユウヤ……」
その声は、さっきよりもはっきり聞こえて来た。
周りをキョロキョロ見回しても、誰も見当たらない……なのに声は響いて聞こえて来る……一体誰なんだ?
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