第28話 素手と身体強化(極限)と魔法の影



「カモンシャドー! じゃ!」

「魔法?」


 マリーちゃんが手を前に突き出し、魔法を発動。

 手の先から、黒い影のようなものがゆっくりと出て来る。

 その黒い影は、ゆらゆらしながら一つに集まって行き、俺の倍くらいはある大きさの人型で固まった。


「このシャドーが、ユウヤパパに攻撃するのじゃ。その攻撃を避けて、殴れば良いのじゃ」

「……随分簡単に言ってくれるが……大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃ。この影は衝撃を加えたら、消えるようにしてあるじゃ。ユウヤパパの方は、身体強化(極限)があるからじゃ、攻撃に当たっても多少は何とかなるじゃ!」

「……何とかね……まぁ、やってみるか」


 単純に、攻撃を避けて近付いて、当てるだけで良い。

 荒っぽい方法で、戦闘の基礎も何もないように思うけど、今はこれに頼る事にしよう。

 ……今から基礎を学ぶとか、闘技大会に間に合いそうにないしな。


「では、シャドー。ゴーじゃ!」

「うぉ!」


 マリーちゃんの合図で、動き出したシャドーは、俺よりも大きな体で素早い動きをする。

 ボクシングのフットワークのような足さばきで、軽快に動いて俺へパンチを繰り出して来た。

 大きな体なのに身軽なんだな……なんて悠長に構えてる暇もなく、俺はそのパンチを避けるため、大きく横へ飛んで躱した。


「ユウヤパパ、避ける時は最小限に……じゃ! それでは隙を突いて反撃できんのじゃ!」

「……そうは言われても……な! っと! 危ない!」


 身軽に動き、避ける俺に対して次々と攻撃を繰り出して来るシャドー。

 ボクシングみたいな構えと動きだったから、パンチだけかと思いきや、回し蹴りも来るから油断できない。

 身軽で俺より大きいから、当然リーチも向こうの方が長いわけで……これをどうやって掻い潜るんだ?


「もっと小さく避けるんじゃ!」

「ほっ! はっ! っと! こうか!」


 身体強化(極限)のおかげか、軽快に動いてるシャドーの動きも、慣れてくれば避けるのが簡単になって来た。

 少しづつ、マリーちゃんの言う通り避ける動きを小さくして……。

 シャドーが放って来た回し蹴りを、少しだけ体を後ろに下げるだけで避ける……足が俺の眼前を過ぎ去ったあたりで、足に力を込めて前に出る。


「うりゃぁ!」


 構えも動きも、全て適当で身体強化(極限)任せだが、俺の足で数歩、シャドーが体勢を整える前に近付き、力を込めて拳を打ち込む。


 ボウンッ!


 ゴムに手を打ち付けたような感触と一緒に、シャドーが気の抜ける音を出し、煙のように散らばって消えて行く。

 

「見事じゃ、ユウヤパパ!」

「……何とかなったな」


 ほとんどが、身体強化(極限)のおかげなんだが、とりあえず攻撃を避け、近づいてこちらの一撃……という動作はできた。

 ちょっと満足感というか、達成感を感じる。

 格闘技をやる人の気持ちが分かったかも……というのは、言い過ぎかな?


「それじゃ、ユウヤパパ。次に行くのじゃ!」

「え、もう?」

「カモンシャドー!」

「……2体いるんだけど……?」

「今度は2体同時に攻撃するじゃ! 数の多い攻撃を避ける練習じゃ!」


 休む間もなく、またシャドーを出すマリーちゃん。

 今度は、さっきと同じ大きさのシャドーが2体現れた。

 素早い連続攻撃で、相手を翻弄して……という魔物対策なのかもしれないけど、いきなり2体は……ちょっときついんじゃないかなぁ……?


「ゴーじゃ! シャドー!」

「うぉ!」


 再びマリーちゃんの合図で動き出す2体のシャドー。

 さっきと同じように、軽快なフットワークからパンチやキックを繰り出して来る。


「うぉ! これは! さすがに! ぐっ!」


 1体相手ならさっきの戦いで多少は慣れていたが、さすがに2体は辛い。

 最小限の動きで避けるとか考える余裕もなく、左右から繰り出される攻撃に翻弄される俺。

 ……これじゃ反撃どころじゃなく、避けるので精いっぱいだな……。

 なんて考えていると、片方のシャドーが突き出して来たパンチを、顔面に当たってしまう。


「ストップじゃ、シャドー! 大丈夫じゃ、ユウヤパパ?」

「……あぁ、なんとかな」


 顔面に当たったパンチは、確かに体へずしりと来る重さがあったのだが、痛みはほとんどない。

 ……少しは痛いけどな?

 これも、身体強化(極限)のおかげ、かな。

 俺を心配して、シャドーの動きを止めてから駆け寄って来るマリーちゃんを。安心させるように言う。

 

「やっぱり大丈夫なようじゃ。さすがユウヤパパじゃ! 身体強化(極限)はすごいのじゃ」

「そうみたいだな」


 マリーちゃんは、俺が何事もなく無事な事を喜んで、身体強化(極限)を褒めてるけど、確かにそうだな。

 俺の倍くらいある体から繰り出されたパンチは、能力を使ってない俺なら、鼻の骨が折られるとか、体が吹っ飛ばされるくらいの威力がありそうだった。

 それなのに、まともにあたっても少し痛いくらいとは……マリーちゃんじゃないが、すごい能力だ。

 これなら、多少攻撃に当たるくらいの無理はできそうだな……いや、痛いのは嫌だから、あまり無理はしないけど。


「それじゃ今日は、この2体からの攻撃を避けるのに慣れるのじゃ! 近づいて2体とも倒せるようになれれば合格、じゃな?」

「わかった。よろしく頼むよ」

「ユウヤさん、頑張ってー!」

「……私なら、さっきので死んでました。さすがは勇者様……」


 再び動き出すシャドーと対峙する俺。

 その後ろから、観客席にいるカリナさんの声援が聞こえ、体に力が入る。

 奥さんと娘に、格好良い所を見せるため、頑張らないとな!

 ……あ、クラリッサさんもいたっけ……? まぁ、そっちは良いか。



「はぁ……結局最後まで避けきれなかったなぁ……」

「まぁ、今日始めたばかりじゃ。気を落とすなじゃ、ユウヤパパ」

「そうよ。1日でいきなり強くなるなんて、普通はないわ。明日また頑張れば良いじゃない、ユウヤさん?」


 闘技場での訓練を終え、食堂で夕食を頂きながら話す。

 もちろん、出て来た料理はクックさん特性鳥料理だ。

 ……味は牛肉や豚肉っぽい味がするけど……不思議だ。


 ともあれ、話す事はさっきの訓練の事。

 結局俺は、数時間戦い続けても、2体のシャドーからの攻撃を避け、近づいて攻撃……という事まではできなかった。

 ある程度はシャドーの動きや、避ける事に慣れて来たんだけどなぁ……。

 やっぱり2体いることで、片方の隙を狙うと、もう片方がフォローするように動くのがやっかいだ。 

 マリーちゃん曰く、これくらいの連続攻撃の隙を突かないと、闘技大会では苦戦どころか負けるだろうとの事だ。


「……マリーちゃん、この後何か予定はある?」

「……んー、特にないのじゃ。後はお風呂に入って寝るだけじゃ」

「申し訳ないんだけど、もう少しシャドーと訓練させてくれないかな?」

「ユウヤパパがやる気なのじゃな? わかったじゃ。パパの頑張りをマリーは応援するじゃ!」

「……子供は早く寝た方が、と言いたいところだけど……マリーちゃんは一応、これでも年上なのよね……」


 マリーちゃんにお願いして、夕食後も訓練を続けてくれるようお願いする。

 明日でも良いんだろうけど、闘技大会まで時間がない事と、今日課せられた課題のようなものを、明日以降に持ち越すのはあまり気が向かない。

 身体強化(極限)のおかげで、疲れをあまり感じないから、その分しっかり訓練しよう……という考えもある。

 全く疲れないわけじゃないけどな。


「マリーちゃんは、大丈夫?」

「お願いしておいて、今更何を心配しておるのじゃ? マリーは大丈夫じゃ、魔王じゃぞ? これくらいの夜更かし、慣れておるのじゃ!」

「よし、それなら遠慮なくお願いするよ。ありがとうな、マリーちゃん」

「……止めるのじゃー、ユウヤパパに撫でられても、少ししか嬉しくないのじゃ!」

「……はぁ……こういう時、ユウヤさんは止まらないのよねぇ。そういう所も良いんだけど……」


 少し前のカリナさんによる呟きで、そういえば子供に夜更かしは……と考えて少し心配したけど、どうやらマリーちゃんは平気なようだ。

 魔王という事が、どう関係するのかはわからないけど、本人が大丈夫と言うんだから信じよう。

 ……一応、あまり遅くまでは付き合わさないようにしようと思う。

 感謝を込めて、マリーちゃんのフワフワな髪に包まれた頭を撫でると、照れたようにして嫌がった。

 少しは嬉しいんだな……照れたマリーちゃんの反応を見て、ちょっと嬉しい俺だった。

 

 ……いや、かなり嬉しいな。



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