千本桜
なな
千本桜
「桜が綺麗だね」
静かな病室で彼女はそのつぶらな瞳をゆっくりとこちらに向ける
「・・・・そうだな」
俺は彼女の姿を見ることはなく床を見つめながら返事をする。
「うっそだぁ、ちゃんと見てないでしょ?」
そう言って彼女は俺の顔を手の平で押さえつけながら顔を持ち上げた。
「やっと目があった」
「ッッッッ!!」
桜病。 それは数百万人に一人がかかる奇病。
それはかかったものの体を依代とし、やがて最後には一本の桜となってしまう。
徐々に患者を蝕むそれは酷く残酷で無慈悲だ。
彼女がその病気に罹ったのは今から約数年前のことらしい。
「だって・・・・君、体が・・・・!!」
そいつは既に我が物顔で肩甲骨のあたりに大きな根を張り上げ、彼女の体に住みついていた。
「これ? これなら大丈夫。 最初の頃は痛かったけどもう痛くないんだ、もう私の一部みたいなものだよ」
だから大丈夫。 そう言って笑う彼女に尚も納得のできない僕は口を開く。
「でも、こいつのせいで君は」
僕は涙を堪えながら彼女に訴えかける。
当の彼女は否定するように首を振った。
「私はこの子に殺されるんじゃないよ、この子になるんだよ」
そういう彼女の表情はひどく真剣でだけど僕はその顔にどうしても納得ができなかった。
「違う! 君はこいつに殺されるんだ! コイツのせいで君は・・・・!!」
泣き叫ぶ僕を宥めるように彼女は頭を撫でる。
そして困ったようにはにかんだ。
「まいったなぁ、そんなこと言わないでよ。 ・・・・そうだ! じゃあさ、もし私が桜にになったらお願いしたいことがあるんだ」
「お願い?」
「それはねーーーー」
************************************
「パパ〜ここ空いてる〜」
「あ、本当だ! じゃあ汚れない様にシートでも敷こうか」
そこは街外れにあるとあるスポット
春になると毎年沢山の人で溢れかえり、お祭り騒ぎ。
誰が呼んだかその場所の名前は『千本桜』とよばれている。
千本の桜が所狭しと身を寄せ合って立ち並びその体を薄紅色に彩れば、その光景の美しさたるや想像に難くない。
そして今、その中でも一際大きな桜木の前に一人の老人が立ち尽くしていた。
「やぁ、去年ぶりだね」
老人の語りに返すものは誰もおらず、言葉はただ空気に溶けていく。
それを老人は意に返した様子もなく続けて口を開いた。
「君との約束、きちんと守れたよ・・・・それにしても最初に聞いたときは驚いたなぁ、私にお墓はいらないなんて言うからさ」
苦笑しながら話す老人はあの時した約束を思い出す―――――――――――。
『私が桜になったら、私を街外れに土地に埋めてほしいの』
『だってこんなにきれいな桜なんだもん燃やしちゃうのは勿体ないじゃない? それとね桜の木をたっっくさん植えてほしいの。 だって一人だなんて寂しいじゃない』
呆気にとられる俺を彼女は真剣に見つめ、続けた。
『あのね私は死んじゃうのが怖いんじゃないの、皆から・・・・君から忘れられるのが怖いんだ。 だから――――お願い。』
もう大昔の約束だというのに老人の心にはその時の言葉が感情が色褪せることなく残っている。
「実は俺もね、桜病になったんだ」
老人は誰にでもなく一本の桜に自身の肩に根付いた桜の苗をみせる。
「・・・・あの時君が言ったことが、今になってようやくわかった気がしたよ。 もう俺もお墓はいらないって医者に言ってある・・・・だから僕が桜になったらその時こそ俺と――――」
桜病。
それは何よりも残酷で、何よりも美しい病気の名前。
千本桜 なな @SHICHI
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます