友達の作り方、知っていますか?

かなめ

prologue

0-1

長い夏休みが終わった九月のはじめ。時計のアラームが鳴る少し前に目が覚めた。


俺はむくりとベッドから起き上がり、とりあえず点けたニュース番組の音を聞きながら朝の準備に移る。朝食のメニューはシリアルと牛乳。米を掬う計量カップ一杯分が適量らしい。


そんな成長期らしからぬモーニングのせいもあってか、だいぶ時間に余裕を持って身支度を終えた。長期休暇で狂った生活習慣は戻りきっていなかったが、これは上々の仕上がりである。


「あ――……」


けれども玄関を出て直ぐ。良好すぎる天気に自室へ引き返したくなる。しかし、無駄な欠席は癖になり兼ねないので渋々いつもの通学路へ。途中コンビニへ寄り、パンと飲み物を購入。それからまたしばらく歩いて学校へ着くと、長期休暇明けで賑やかさに拍車のかかったHRが始まる。


その後は体育館で始業式を聞き流し、昼食を挟む。初日だろうとなんだろうと午後は普通に授業があるからだ。昼食中、初日から授業かよと嘆いている輩もいたが、休み前にちゃんと告知されている以上、どう足掻こうと無駄な抵抗である。


それに、見方を変えれば普通授業も悪い事ばかりではない。


教室はどこも新しめの冷房が設置されていて快適だし、授業中の水分補給も各々に一任されている。更に、今朝垂れ流しにしていたニュース曰く、本日の気温のピークは昼頃。仮に今日が半日授業だっとしても、この学校の生徒たちが最寄り駅へ着く頃にはおそらく汗まみれとなっているだろう。ならば、むしろここでペンを走らせている方が余分な汗を流さずに済み幸せという線もあるのではなかろうか。


そんなことを考えながら三限分ほどノートを取り、決められた班で掃除を熟す。


放課後になると、部活や委員会、習い事や遊び、様々な理由で教室に人が集まっては散っていく。無論、そのまま居残って時間を潰す生徒もいるにはいるが、どちらかと言えばそれは少数で、そのメンツもほとんどが一学期からの見慣れた顔。無心で予習復習に精を出している者だったり、ただ机で微睡んでいる者だったり、もしかしたら俺の様にスーパーのタイムセールを待っている者もいるかもしれない。


まぁいずれにせよ、皆気付けば休み前と変わらない日常に戻っている訳だ。


そして、代り映えもせず、こうしてまた一日が終わっていくのだ。


明日も、明後日も。ただひたすらに繰り返す。卒業するまで、ずっと。


そう思っていた。


彼女と出会うまでは。



―― ―― ――



「……なんか用?」


俺はぼやけた視界のまま、すぐ近くの少女へぞんざいに問いかけた。


きっと相手も話しかけてくるなんて思っていなかったのだろう、後ずさる音が聞こえる。


「え、えーと、その――……用っていうか、なんていうか……ね?」


ゆっくり時間を掛け、どうにか言葉を絞り出そうとしているも、二の句は続かない。


……なんなんだ? コイツ。


互いが押し黙り、秒針が静寂に音を刻むことしばらく。俺はふと我に返って教室を見回す。すると、辺りには既に自分達を除き他の生徒の姿はなく、蛍光灯やエアコンといった類の電源も全て綺麗に落とされていた。


――まさか。


俺は頬を引きつらせながら視線を教室前方、大きな黒板上にある壁掛け時計へ移す。


……は? 18時って、おい。……嘘だろ!?


放課後になり、少しだけ暇を潰そうと文庫本を開いたのは覚えていた。けれども途中からその記憶が無いということは、俺はいつの間にか眠っていたのだろう。それも、こんな時間まで。


念の為。もしかしたら教室の時計が壊れている可能性もあるかもしれないと、ポケットからスマホを取り出し確認してみるも、時刻は18時1分を回ったところだった。


さらばタイムセール。


タイムセールの開始は17時。無くなり次第終了という触れ込みだが、旬の野菜と卵に牛乳、そのラインナップとここらのスーパーの込み具合、加えて帰宅ラッシュを迎える今の時間から向かうのは、あまりに蛮勇がすぎる。


んー。いまどき卵と牛乳なんて、帰り道のコンビニでも買える。……買えはする。


金額で言えばほんの数十円数百円程度の誤差。けれどもその数十円数百円がの誤差が気分を左右することも案外あるわけで。何とも言えない虚しさに軽い溜息が漏れる。


「そ――そう! 私、日直! ……だから、教室を確認しにきたの!」


「え? ああ――」


――まだいたのか……コイツ。えっと、確か苗字は、夏川、だったな。


傍らから響いた声に、苗字を思い出しながら改めて少女を視界に捉えるも、その姿はどこか手持ち無沙汰。肩口で切りそろえられた黒髪もゆらゆらと落ち着かない様子。


日直。教室を確認。彼女の言葉をかみ砕くに、要は早く帰れってことだろう。


「悪かったな」


そっぽを向いて淡泊に一言。


教室の戸締りは見回り当番の教師が手分けしてやっていたはずだが、二学期からは日直がやることになったのだろうか? 


HRを思い出しながら机の上に放置されていた文庫本をリュックへ放り込み、忘れ物がないか確かめる。そしてこちらが何事もなかったかのように席を立とうと腰を浮かせた、その瞬間。


「――待って!」


先ほどよりもずいぶん力の籠った声音に虚を突かれ、びくっと体が静止した。


「ぇえっと、その、さっきのは……嘘。ほんとは、用が――お願いがあって……」


「は?」


嘘? お願い?


嫌な予感がした。けれど、俺がそれに従うよりも早く夏川は続ける。


「私、一学期あんまり学校来てなかったから、クラスの事情とかに疎くて……ね? だから、どこからどう手を付けたらいいか、分からないというかなんというか……。でも、高校生活もまだまだ序盤なんだし、諦めるには……早いと思うの!」


なんだ……なんなんだ? いったい何を言っているんだ? こいつは。


「だから……えっと――その……」


訳も分からぬまま、徐々に速度の増していく言葉をいったん咳払いで制す。


「つまり……なに?」


困惑に頭を支配されたまま俺は夏川に向き直る。すると、夏川は自分を落ち着かせるように静かに呼吸を整え、


「私の友達作りに付き合ってほしいの」


力の籠った眼差しでそう言った。

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