灰色ねずみの配達人
スキヤキ
第1話 エクリピエンス・ラットンデイ
「1時56分37秒……あと、大体4分。3分で動けば大丈夫。そこのパイプを蹴って室外機の上に降りたら、あとは細い縁を行って……見えた!」
予測した通りに街は広がっていて、もうすぐ絡用街が見えてくる。配達は時間との勝負。3分間の間に着かなければ、信用が落ちて指名されなくなってしまう。それだけは避けたい。
エアソリッドエルスレイクスルーエアルイードアルエンリッターエルンスレインスクルース。行ける!
ニャアー!!
まずい、猫が来た!
エリオリットスエルンスルインスエリオネンスクーーエルツィンーースクンスーーン! 間に合った!
クレイドルを決めて着地すると、遠くに去っていく猫の鳴き声がこだまする。配管の隙間の道を小走りでいくと、扉がある。
簡素な扉をノックして、二回、一回。
ココン、ココン、コン……コン。
コンコンコンコン。コォーン!
中指の爪で壁を弾くとガチャ、という音がして、扉が開く。低い声で入れ、と言われたので、素早く入る。
「ボスにはあったことはあるな?」
「はい! 勿論です。今回もご指名戴いておりますので」
「ん、ああ。お前だったか。少し痩せたか? 飯は食うに越したことないぞ、飯を食わないと力でないからな」
通路を歩くと、上質な木の扉があり、そこをその人はノックする。
入れ。
そう声が響くと、扉が開かれて中に入る。持っていた荷物を降ろしてバクンカ 、と開く音がすると、絨毯を敷き詰めた部屋の中に、運んだ自分でも美味しそうな匂いが僅かに広がる。
「お待たせしました、ハイヨー堂のビーフメンチカツレットス、クアットシンスクールスです。どうぞ」
「うん。ありがとう。これじゃなきゃ駄目なんだーー払うよ。はい」
はい、と言ってお釣りを数えて渡すと、ではこれで。とその場から去ることにした。失礼します、とすぐに出て行く。気をつけてね、と言われ、ありがとうございますと最後に付け足して、元の通路を戻ってゆく。やがてあの扉とは別の扉の前にやってくると、あとは行け、と言われて行くことに。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします! 電話一本でお届けに上がりますから」
ああ、と言って元の通路を戻ってゆくその人を送るように見つめてから、扉に手を掛ける。ドアノブを捻って外に出ると、
ガヤガヤガヤ、ドウドウドウーー。
とたんに雑踏が広がる。バターパン屋の角を曲がった路地から出て、次の仕事があるか、本社に電話連絡。
「ーーあ、お疲れ様です。仕事一件目終わりました。次の仕事、どこか入ってますか? はい、はい……紐結町のあそこですか? いつものベイクドジャーマンスポテトホットサンドの? 今日、紐結町の二番手さんいないんですか? だったら、あと一件ぐらいこなして一旦事務所帰りますよ。紐結町と弦引台の間の……先生ですか? それならちょっと遅れても大丈夫そうですね……はい、早めの晩酌だからね、分かりました! じゃあ行ってきますはい、よろしくお願いしますー!」
ポチ。ちょっと逆方向気味だけど、行けるかな。
次の配達場所は絡用街から電車に乗り15分。まずは紐結町のお得意さんから。電車を降りて永久結晶時計が示す時間は2時12分34秒。まだまだ仕事はこれから。さあ、ギアを上げて。
駅から出て隣のビルの配管を伝う。配管は大体かなりの強度があるから多少のことでは壊れないので、足で挟んだり踏んだりしても大丈夫。急ごう。
店はビルの5階の屋上の吹きさらしにあるから、こっちのエア・ルートを取る方が都合がいい。
エリオリンクスアリオリラリクラルクエリモンドアリッシュアリオラントアリアラインスクーー到着。
「こんにちは、グレーズタイムスーンです。お届け用でのベイクドジャーマンホット一揃え、お願いします!」
「あれ? 今日あの人じゃないんだ? 分かりました。じゃあよろしくお願いします、今作りますんで、しばらく」
「はい、まだ時間まであるんでどうぞお急ぎなく。ついでにぬるコー一杯」
「ふふ。いいわ、直で出したげる。待ってね♪」
互いに笑みを交わして。すぐに休息と仕事の正反対に別れてゆく。僕はコーヒー……エクスペディションズローストの贅沢なぬるさを味わいつつ、大口で口の中を払うと、もう出るよ、と。
「はい。伝票こちらです。どうも!」
「今度はあついの飲んでって? ご馳走はしないけどサービスくらいならするから! はい、いってらっしゃい」
どうも!と荷物を鞄に詰めて、走り去る時に、ちらりと視線が絡む。一瞬の時間の停止。目が笑う。そうなら。
シュバルツァーパンツァルケットスリングルスリングリンクルアリエステートーージャンプ! アップ! サップ! イエップ!トゥループ! エンズスンストラーダスティミュライザーステップスルースロースーーはい、到着。
「いつもの、持ってきたよ!」
灰色ねずみの配達人 スキヤキ @skiyaki
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