第43話

 わかってはいたが、組んでみればイアストレは相棒として申し分ない冒険者だった。

 魔法使いとしての腕は確かで、怪物退治の経験も豊富、欠点といえば女性がらみの揉め事に巻き込まれがちなところくらいだ。それについても、少なくとも俺と二人で組んでいる限りは、仕事に差し障る類の問題は起きない。

 では俺の方はどうかといえば、相変わらずよくわからない災難には見舞われるものの、少なくとも相棒がいることで、依頼そのものは以前よりまともにこなせるようになっていた。


「くそおッ、一体これで何度目だよ!?」

「とっくに数えるのなんかやめちまってるよ!」

 森に逃げ込んだ俺たちの背に向けて、ひっきりなしに矢が射かけられる。後ろから聞こえる物音からして、追っ手もまた森に分け入ったようだ。

「えーと、えーっと、なんか邪魔するやつ!」

 イアストレが雑に叫ぶと、木の枝が折れる音に続いて、人族の悲鳴や馬のいななきが聞こえてきた。

「あとはー、消音!とついでに追跡妨害!」

 こっちだ、と手を引かれて、藪の中に無理やり入り込む。木の根元の窪みに二人で身を伏せて、耳をすませると、怒声や藪をかき分ける音はだんだん遠のいているようだ。

「なんとかなりそうだな……」

「少し休もうぜ、おれァちと息切れだ」

 うつ伏せた腕に顔を埋めたイアストレの背中は激しく上下している。

「ああ。俺が見ておいてやるから、休んでろ」

 俺とイアストレは、拠点にしている街から離れ、依頼のためにとある辺境の村に来ていた。

 珍しく怪物退治を順調に終わらせて依頼主の元に戻ったのだが、そこで大問題が起きた。

 俺たちが村長だと思っていたのは、この辺りの街道を縄張りにする盗賊の頭目で、村そのものが盗賊団の拠点だったのだ。

 この地域に定期的に発生する、とある怪物の掃討を冒険者に依頼し、仕事の終わった冒険者はもてなすふりをして始末する。どうも、そんなことをこれまで何度も繰り返していたらしい。

「にしてもよく気づいたよなあ、ジャス」

 まだ息の整わないままのイアストレが言う。

「まあ、報酬踏み倒されるのも慣れっこになっちまったからな」

 イアストレの言っていた「これで何度目」とは、依頼主がなんらかの手段で報酬を払わずに済ませようとする状況を指す。

 村の若い娘を宿に送り込んで来て報酬代わりにして欲しいだの、現金の代わりに村の土地やら収穫物をやろうだのはまあまあよくある。殺して報酬を踏み倒してしまおう、というのも、年に一回程度はある。

 イアストレ曰く、そのてのことは武勇伝に類する与太話だと俺と組むまでは思っていたらしい。残念、俺にとっては日常茶飯事だ。

 今回も、働きを労う宴席を設けた、という村長(頭目)の言葉に違和感を覚えて、致命的な状況に陥る前に脱出してきた。

「そもそも、報酬払った上に宴会まで開いてくれるなんて景気の良い話、辺境の村でなくたってあるわけがねえんだよ……」

 とはいえ、さすがに村全部が盗賊団だったのには驚いたが。

「で、『凶運』のジャスレイさんとしちゃ、こういう場合はどうしてるんだ?領主とかに報告上げるのか?」

「俺も村ごと告発なんてのは未経験だよ。だが放置するのも良い気はしないよなあ」

 このまま逃げても追手がかかるだろうし、また数年後別の冒険者が被害に遭うのが予想できるし。

「だなァ。しかも報酬が飛んじまったんだから、赤字も大赤字だろ、今回」

 だが、領主に盗賊の拠点を報告するというのは、実態は嘆願として扱われる。兵を動かし、領民をお助けくださいませ——という訴えであり、つまり報告者は一文にもならない。しかも対処するかは領主の胸ひとつだ。

「そうだな……かろうじてトントンくらいにはできるかも知れねえぞ」

「お、何か案があるのか?」

「あるにはある。だが、場合によっちゃしばらく拠点を移さないとならねえが、いいか?」

 この頃、イアストレには『雷光』というなんとも聞き映えのする二つ名がついていた。稲妻の魔法を得意とするところからなのだが、見目の良さが少なからず影響しているのは間違いない。俺の『凶運』とはえらい差だ。

 拠点を移すと、それまで積み上げた実績もほとんど捨てることになる。しかし俺の問いに奴は顔を上げ、にやりとした。

「大歓迎。実はこないだ、市場の顔役の奥方に手ェ出しちまって」

 ちとまずい状態でさあ、と頬を掻く相棒に、俺は頭を抱えた。


 夜陰に乗じて森を抜け、なんとか普段の拠点の街に帰り着くと、まずは馴染みの仲介屋を訪ねた。

 仲介屋は基本、情報の売り買いや仲介料で稼ぐ商売だ。利用する側としては、情報を普通に売買する他に、あらかじめいくらか払っておいて、求める情報が出てきた段階で知らせてもらう、といった使い方もできる。

「武功をあげたい騎士様に心当たりは?」

「良いところに来たねわえ、ジャスレイさん。仲介料先方もちで頼まれている案件があるわよ」

 この街ではかなりの古株である初老の仲介屋の女が愛想よく笑って椅子を勧めた。彼女の背後では縦にも横にもでかい用心棒の男がこちらを威圧的に見下ろしている。

「買い取りで?」

「いいえ、騎士様と直接の取引きになるわ」

 情報のやり取りに関しては仲介屋を通さない、という意味だ。

「ところでご存知とは思うけれど、騎士様がたは仲介屋を使うのを不名誉とお考えなの。特にこの依頼主はご気性に少ぉし難ありの方……紹介したあとのことはご自分の責任で対処なさるわよね?」

 イアストレに視線をやると、それで構わないぜ、と言って肩をすくめた。


 その後、俺は盗賊団の拠点となっている村の情報を売り渡した。情報を買った騎士は兵を率いて村を襲撃、盗賊団を無事制圧し武勲をあげたわけだ。

 俺たちはというと、やはり拠点を移すことになった。

 理由としては、盗賊団の残党から付け狙われるのを避けたかったのがひとつ。そしてもうひとつは、騎士が仲介屋を使った不名誉で武勲を汚されるのを危惧して、こちらの口を封じようと動く可能性だ。もちろん、ついでにイアストレの女性問題の解決を図ることもできる。

 そうして新たな拠点として選んだのがニルレイの街だ。前の拠点より俺の故郷に近いし、統治が比較的安定しているところなどが決め手となった。仲介屋のビンドと知り合ったのもこの頃だ。


 拠点を移した年、まだ稼ぎの良くない俺たちは、冬の最も厳しい期間を乗り切るために、俺の故郷の村に身を寄せることにした。

 俺が冒険者になって村を離れてから、十年が経っている。その間に顔を出せたのは一回だけで、前回の帰郷の後にテルミエルの夫が亡くなっていた。

 女二人の世帯になったばかりで心細かったフィンルーイたちには歓迎された。テルミエルの夫の死後、忙しい時などは男手として近所の老爺を雇ったりもしていたのだが、それでも手は足りていなかった。

 また冒険者というよりは村の若衆が副業でこなすような仕事ならば、それなりに色々とあるのがわかったので、春まで滞在することを決めた。


 意外だったのはイアストレだ。奴はなんと、滞在し始めていくらもしないうちにフィンルーイと恋仲になったのだ。しかも、イアストレの方がベタ惚れで口説き落とした形になる。

 俺がそれまで見た限り、イアストレはものすごくモテる男だ。しかも女の尻を追いかけるのではなく、相手の方から寄ってくるという類のモテかたである。

 男には僻まれるし、女たちは取り合いを始めるしで、下手をすると俺の『凶運』よりも厄介な時もあった。そんな状態なので、イアストレの女との付き合い方はひどく適当で、まさに手当たり次第といった様子だったのだ。


「それが今じゃ、すっかり一途になっちまって」

「なんだよ、良いことだろ?あんたも従姉妹を大事に扱わねえ野郎が相手じゃ心配だろうが」

 俺たちは隣の村まで商用に向かう荷車を護衛して、街道を歩いていた。

 行って戻って、四日の道のりである。普段は護衛などつけないでも行き来できる場所だ。

 それが冒険者二人を雇う物々しい道行になったのは、少し前に目的地の村の方からやって来た旅人から、何かの怪物に襲われて、あわやというところで逃げ切ったとの情報があったからだ。

 村で最も規模の大きい商売をしている商人からの依頼は、荷車の護衛を主として、異変を発見した時には調査に移るというものだ。怪物を見たというのはまだ一人の証言であるし、そのためだけに冒険者を動かすほどではないというわけだ。

 季節は寒さが緩む日も多くなって来た頃だ。俺たちの滞在は春までの予定だったので、もうそろそろニルレイに戻る算段を始めなければならない。

「というか、おまえ街には戻るのか?フィンはどうするんだ」

「それなァ。いやさ、冒険者廃業してフィンと結婚して、宿屋をやってくのも考えたんだけどよ……」

 当然、俺もそうなるのは予想していた。

「ただ、正直宿屋の稼ぎだけで、この先子供できた時にやっていけるのかどうか……」

 俺が引き取られた頃、宿屋を開いてまだ年数の浅かった何年かは、叔母夫婦とフィンルーイと俺の四人で食べていくのにぎりぎりだった記憶がある。

 俺が村を出てから宿屋はそれなりに繁盛するようになったが、テルミエルの夫の死は少なからず影響した。経営状況がどの程度なのかは、俺もイアストレもこの冬の滞在で大体わかっていた。

「てことで、しばらくは冒険者を続けるつもりだよ。大体おれから組もうって言っておいて、急にあんたを放り出すのはねえだろ」

 言われてはじめて、そういうふうにも受け取れるのか、と思い当たった。

「俺のことをそこまで気にすることはねえよ。どっちかといえば、フィンの方をきっちり責任取ってくれるほうがありがたい」

 叔母や従姉妹が、叔父を亡くして苦労している時に故郷を顧みなかった罪悪感が俺にはある。

「最終的にはそうするが、何年かはニルレイを拠点にして稼ぎつつ、冬だけこっちで暮らす感じでいこうと思って」

「もしやそれは冒険者稼業で金が貯まるのが前提の計画なのか……?」

 おう、とうなずくイアストレの顔に疑問の影はない。

「俺とおまえで……?」

「他に誰がいんだよ?」

 軽くめまいがして来て、眉間を押さえる。金が貯まるなんて状態、生まれてこの方経験したことがないぞ俺は。

「あァ、もしかして蓄えられるほど稼げないのを心配してるのか?なんだよ悲観的だな『凶運』さんは」

 そうは言うが、故郷に身を寄せているのは、ニルレイで冬を越す資金が稼げなかったからである。

「逆におまえの楽観はどこから来てるんだよ」

「一応なんの根拠もなく言ってるわけじゃないんだぜ?前にいた街よりも依頼は多いし、名が売れたら指名の仕事も来るだろうしさ」

 あとはあんたの『凶運』は、まだ知れ渡ってないし、と人の悪い笑みを見せる。

「おまえの女癖もな。……仕方ねえ、気楽なその日暮らしは改めて、まじめに稼ぐ算段をするか」

 そんなわけで、俺とイアストレは春にはニルレイの街に戻った。

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