第20話

「欲しいものって?」

 聞くまでもないと思うが尋ねる。

「わかってるでしょ?『エルフ殺し』のジャスレイ」

「マイア、さっさとやっちまおう。ダラダラ話してもしょうがないよ」

 オリガめ気が短いな。

「え、オレ今もしかして人質になってるの」

 そしてトールはようやく事態が飲み込めたらしい。

「あなたがエルフを殺せる武器を持っているのは、本当なのよね?」

「事実だ。ただ、の武器というだけで、実際にエルフを殺せるかどうかは別の問題だぞ」

 シバラの合意剣が人族の手にあることは、剣の用法と合わせて既に全てのエルフに通達されている。この状況で殺されるエルフがいるとしたら、それはバーラと同じく自死を望む者だ。

「細かいことはどうだっていいのさ。坊やの命が惜しければ、エルフ殺しの武器をあたしたちによこしな。単純な話だろ?」

「そいつを殺されるのは困る。やっと問題なく組める相棒が見つかったんだからな」

 どうしたものか。


「あの、お二人は自分でその武器を使おうと思ってるのではないですよね?」

 ヴァンネーネンが普段と全く変わらない調子で尋ねた。この子もたいがい肝が座っている。

 というか対処を考える時間を作ってくれるのはものすごくありがたい。

「どうしてそう思うの?」

「オリガンセンとマイアエイスのギンニール姉妹。私、お二人のことを調べたんですけど……」

「は?そんなこと一体いつ……」

「皆さんで幽鬼退治に行っている間です」

 実はそうなのだ。

 俺はあの日、ヴァンネーネンを置いて町を出る時に、彼女から聞かされていた。調べたいことがあって留守にするが、幽鬼退治が終わる前には戻ってくると。

 幽鬼が嫌いなのは事実らしいが、「依頼から抜けるのはそのせいじゃないです。」とのことだ。

「ギンニール姉妹は、都で最近名が売れてきた冒険者みたいですね。でも、ちょっと調べてみただけでも、色々へんなんです」

 ヴァンネーネンは俺にも詳細を明かさなかったが、おそらく『湖』から出ている経費で、都まで転移の魔法で行っている。

 さらに、どうも俺のいる位置の近くに転移門を開く魔法の道具を借り受けているらしいのだ。帰りはそれで戻ってきたので、気配もなく現れたように見えたわけだ。合流した晩の宿でこっそり教えてもらった。

「まず、ギンニール姉妹の活動の履歴です。これは吟遊詩人がさかんに唄っているので、すぐわかりました。ただ、こなした依頼の内容と時期を詳しく検討してみると、徒歩で旅しているとは思えないんですよ」

「転移の魔法じゃないの?」

 ヴァンネーネンがあまりに平常どおりなせいか、トールまで人質になっていることを忘れたみたいに、普通に相槌を入れている。

「簡単に言いますけど、トールさんは相場わかってないでしょう。普通の怪物退治の依頼って、転移の魔法なんか使うと間違いなく赤字になるんですよ」

「あ、そういえばそうか」

 俺とトールがマードブレまで転移の魔法で行けたのは、ヴーレの前金があったからだ。報酬そのものも、街や村で通常受けるような依頼とは比べ物にならない金額だったしな。

 それに、転移の魔法は使い手が行ったことのある場所にしか飛べないのが問題になる。自分で使えたとしても、一度は現地に足を運んでからになるので、金か時間のどちらかは絶対に必要なのだ。

「もともと、資産家なのかもしれないわよ?」

 マイアがふんわりと笑って言う。そうしながらも、トールの首に刃を押し当てている手は小揺るぎもしない。

「それもないんじゃないかな。ギンニールって姓ではなくて、出身の村の名前なんでしょう?調べたら辺境の寒村でした。資産家の生まれとは考えにくいです」

 そういうの、どうやって調べてきたんだろうな。『里付き』の普段の仕事がなんとなく想像ついてしまったぞ。

「かといって、すごく儲かるような依頼を達成したという情報も出てこなかったんですよね。そうでなくても冒険者は装備やらなにやらお金がかかるものだし……だとしたら、姉妹のお金のまわりの良さって、どこから来ると思います?」

 この辺の話は既に大体聞いていたのだが、ヴァンネーネンはあえて俺に問いかけるので、のってやる。

「そうだな、支援者がいるとか」

「よくある話ですね。でもそれだと、お二人が滞在先を転々とする理由にはならないです。一番新しい唄によると、南方のハインズルーで人喰大蛸を倒したんだとか。歩けば半年はかかる港町から、こんな片田舎に急に現れたのはどうしてかな」

 この地域に馴染みがない、と初日に言っていたのが本当なら、仮にオリガが転移の魔法を習得してたとしても、自分で飛んできたとは考えにくい。

「あっわかった。なんだ!」

「お嬢ちゃんと同じ?」

「依頼主とは別に雇い主がいて、旅の経費や給金が出てるってことさ」

 マイアが訝しげに言うので、俺は多少の補足を入れる。

「雇われ者の赤字の冒険者。酔狂ですよね?でもその冒険の裏に別の任務があるとしたらどうでしょう。例えば、本当はどこかの権力者の密偵、だとか」

 人差し指を立てて神妙にささやくヴァンネーネン。

「冒険者は一般の人族よりも広い範囲を旅しても、不自然じゃないんですよね。だから密偵は表向き、冒険者を名乗ることが多いんです。ただ大抵は名ばかりで、本当に怪物退治したり名を売ったりはしません」

 これはよく聞く話だ。

「でも偽装の稼業を実際にやるような、派手な密偵を好んで使うことで有名な方もいます。吟遊詩人に唄わせるのも全部含めてなんですね。よく知られているところだと、遍歴騎士バンフレッフ卿はメドリーニ王の密偵だと言われています」

 俺はマイアを観察しているが、柔和な面立ちには目立った変化はない。

「それで?私たちが仮に密偵だとして、それがわかっても、この坊やの首を掻き切らない交換の条件にはならないわよね」

「そうですね。でも私たちが、都で評判のギンニール姉妹は密偵だと噂を流したり、吟遊詩人に話を売ったりしたら、どうでしょう」

 人は娯楽に飢えている。そして大概の場合、醜聞というのはものすごく大衆に喜ばれる。

「それは少し困るわ。名を売るのって結構大変なのよ」

「じゃあ諦めて、トールさんを解放してくれます?」

 そうねえ。とマイアは考えるそぶりを見せた。

「やっぱりだめよ。こんな機会、またあるとは思えないものね。でも噂を立てられるのも困るの。というわけで質問よ。私たち姉妹とあなた方三人、戦ったらどちらが勝つかしら」

 ヴァンネーネンがぐぐ、と眉を寄せて言葉に詰まった。同条件ならともかく、トールが人質に取られている以上、戦いにもならないだろう。

「オリガ、準備はいい?」

 マイアが姉に声をかけた。しばらく前から、あたりにはうっすら魔法の匂いが漂っている。

「……オリガ?」

「マイア……ごめん、あたしなんか、変な魔法かけられてる……」

 オリガは座り込んだまま、頭を掻き毟り、手で顔を覆っていた。

「何をしたの!」

「俺は、頭ムズムズの魔法って呼んでるんだが」

 俺には使えないが、人族の脳に負荷を与えて精神を崩壊させるという、えげつない魔法がある。発狂の魔法という。名前がもうひどい。

 それを、俺が使える程度にまで効果を弱める調節を研究した結果、相手はどうにも集中を乱されて魔法を練ることができなくなる、という、そこそこ使い勝手の良いものになったのだ。

「もの凄い不快感を覚えて、魔法を練れない。ただそれだけなんだが、有効だろ?」

「……そのようね。でも、あなたの相棒の命が私の気分次第なのは変わらないわ」

「そうだな。だからまあお願いって感じだが……とりあえず、そいつを離してくれ。俺もオリガにかけている魔法をやめる。で、エルフの武器についてはちょっと話し合わないか?」

 姉妹が信用するかわからないが、シバラの合意剣がどういうものか教えれば、諦めてくれるかも知れない。

 

 図らずも、トールの解放とオリガの魔法の解除は人質交換の様相を呈した。

「くそッ、まだ気持ち悪い……」

 オリガは頭を振りながら悪態をついた。

「そのうち治る。ちなみに効果を強めて、脳に負荷を与えれば発狂させることもできる魔法だからな。一応少しの間組んで仕事した相手を多少は思いやったんだぞ」

 本当は発狂させるほどの効果を与える調節は俺にはできないが、多少話を盛っておく。

「ケッ、言ってろよ!エルフの武器について話をするんだろ?早く言いな」

 オリガ、話し合いって言葉の意味知ってるか?


「相手の合意を得てはじめて、エルフを殺す魔法が発動する剣、ですって……?」

 俺の説明に、マイアが眉を潜めた。

 今、俺たちは三対二に分かれて少し離れて対峙している。

「そうだ。エルフを殺せる武器を持ってるのに、俺が目こぼしされてるのはそういうわけだよ。しかも事情があって武器は今使状態になってるんだ」

「私たちは、それを解除するために旅をしています。むざむざ殺されるエルフはいないと言っても、人族の世にあるには過ぎた代物ですから」

 どこまで正直に話すかは多少迷うところだ。

「そんなの、どうして信用できるってんだ?でまかせかも知れないだろ」

「あのなあオリガ、常識で考えろよ。俺を殺すなりぶちのめすなりして、武器を奪ったとしてだ。きみらの雇い主……まあ王とか領主だと仮定して、そのあとどうなるのか想像つかないか?」

 人族の歴史にはエルフと関わった結果の悲劇がたくさん遺されてるはずなんだが、欲の前には教訓は忘れられがちだ。

「そうね、よくないことを企むとは思うわ」

 応えたのはマイアだ。

「それでエルフに、武器を取り返すついでとばかり、叩き潰される……充分あり得る展開よ。そこまでわかっていても、私たちは雇い主の意向に従わざるを得ないし、最大限やれることをやらなきゃね」

 言葉だけなら前向きで素敵な発言だが、やれること、の中身が大問題だ。

「んじゃ、正面戦闘ってことで。あたしの魔法があれば、悪いけど本職なしのあんたらは敵じゃないけどね」

 オリガの言うのは誇張なしの事実で、こうなっては困るので、俺は頭ムズムズを使ったのだ。とはいえ、さっきはオリガがマイアの方に注意を向けていた隙をつけたのだが、あの手の魔法は手の内がバレるとかかりづらくなる。

「よし、わかった」

 俺はため息をついて、両手を挙げた。

「持ってきな。一応、悪用しないように雇い主とやらを説得する努力もしてくれよな。街だの国だのがエルフに滅ぼされるのには、巻き込まれたくない」

「ジャスレイさん!」

「え、うそジャス本気?」

 ヴァンネーネンとトールが悲鳴をあげる。

「素直になってくれて嬉しいわ。私たちも、組んで仕事した相手は思いやりたいもの」

 そう言って、マイアが無抵抗の姿勢をとる俺の外套の下を探りはじめた。オリガは少し離れたところで、何らかの魔法を練り上げている気配だ。

「これね。あなた、剣士と言いながら戦闘になっても全然剣を抜かないんだもの。妙だと思ったのよ」

 剣帯から鞘ごと外して、マイアはオリガのところまで下がった。

「なんだか、地味な見た目ね?」

「さあな。処刑のための実用品で、何千年もエルフの監獄で使われてたらしいから」

「ふうん。とにかく、いただいていくわ。オリガ、いける?」

「あいよ。じゃあな、あたしたちの悪評が広まったら、あんたらの仕業だってことで仕返しにくるから。変なこと考えるんじゃないよ」

 脅迫の台詞を吐きつつオリガは転移門を開いた。やっぱ使えるんじゃねえか。


「ふー、行ったか?」

 姉妹がどこかに転移し、魔法の匂いもすっかり消えたので、手を下ろして息をつく。

「どうすんだよ……」

「そうですよ、これからどうするんですか?」

「参ったよなあ」

 俺たちは順番にぼやいてそれぞれため息をつく。

「ほんとだよ!あれ!じゃん!」

 マイアが剣帯から奪っていったのは、俺が数年前に借金してニルレイの街で買った、愛用の剣である。

 ほんとに地味に参る。

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