第19話
「ど、どーすんの?!」
トールが俺に向かって叫ぶ。慌ててはいるが、まあ心配ない。いつも通りだ。
もちろんヴァンネーネンは落ち着いている。武器を出さないのは、長弓が洞穴内で使いにくいからか。
ギンニール姉妹も気を取り直したようだ。
「穴大蛇と戦ったことは?」
一応尋ねてみる。
「ないわ、残念ながら。何かコツを知っている?」
コツというか、今の顔ぶれでやれることを考える必要があるな。
「こいつは刃物は通りにくい。前方に向かって口が付いていて、その周りは特に硬い。その中に多分脳みたいなもんがあるんだが、頭を殴りつけて倒すのはかなり骨が折れる」
「お、オレががんばる?」
「大変だぞ、じっとしてるわけじゃねえし。ただ穴大蛇は本来、地面を掘り進むの自体はそんなに早くねえんだ。だから獲物が近くにいる場合、今あいてる穴から出入りする可能性が高い」
もう注意しなくても、ガリガリと岩を削る音が聞こえる。それがふと途切れたり再開したりするのは、既に掘った場所を通りながら近づいているからか。
「この洞穴、もしかして見えない場所ももう穴だらけかもしれないな」
「悠長な男だね!結局どうすんの?!」
「今見つけた穴のどっちかから多分頭を出す。オリガ、何か爆破の魔法の類は使えるか?」
「あるよ!」
俺の使う衝撃の魔法程度では痛痒も与えられないだろうが、本職の魔法使いであるオリガならばどうにかできるだろう。
もし彼女がいなかったら、火薬を用意して出直すところだ。火薬を用立てるのも、口に投げ入れるのも正直大変なので、魔法使いは本当にありがたい。
「頭を出したら、口の中に向けて爆破の魔法を使ってくれ。やれるだけ威力高めたやつな。殴れば多少は動きが止まるから、マイアとトールは魔法を練る間の時間稼ぎを」
「私はオリガさんに隠蔽と、ぶん殴り組のお二人に走力をかけますね」
頼もうとしたことをヴァンネーネンが先取りしてやってくれる。優秀だ。
「俺も魔法で補助する。さて、出てくるぞー」
「あんたなんでそんな余裕なの?!」
と言われても。トールがほとんど未経験なのは置いといても、これだけの顔ぶれが揃った一団で倒せんことはないだろう。
前に穴大蛇と戦った時は、明かりの魔法しか使えない自称魔法使い、常時酔っ払ってて足がふらついてる初老の剣士、そして俺、という微妙すぎる三人だった。あの時は本当、なんで倒せたのか今でも謎だ。
とりあえず俺はマイアとトールに練り上げ終わった均衡と剛力の魔法をかける。
岩を削る音が今までよりも長く止んだ。
そして、ヴァンネーネンが見つけた横穴から、人族の胴体ほどもある太さの、巨大なものが飛び出してきた。
岩のような質感の鱗に覆われた大蛇だ。先端というか頭の突端は全部口で、鎌首をもたげこちらに向くと、そこからザラザラと土砂が溢れた。
「で、出た」
喘ぐようにつぶやくトール。
怪物のいる洞穴に人族が踏み込めば、餌を求めて出てくるのは当然だ。そして、遭遇した以上、殺るか殺られるかだ。
まあ逃げるって選択肢を検討するのは、もう少し後でいいだろう。
真っ先に飛び出したのはマイアだ。
今は俺が剛力の魔法をかけているが、彼女はおそらく普段からオリガの魔法の補助の上で戦斧を使っているはずだ。こなれた動きをするのでわかる。
洞穴内は、幅は人族が数人並んで歩ける程度、高さが穴大蛇が頭を振り回すのに十分な程度はあった。
戦斧や鎚鉾は使えるが、弓や槍で戦うには多少狭い、という感じだ。ただし動き回れないのは穴大蛇のほうも同様なので、こちらが一方的に不利なわけでもない。
接近に気付いた穴大蛇が首をしならせて迫るのを、マイアは器用にかわし、顎の下に潜り込む。寸前まで彼女のいた位置に、穴大蛇の頭が轟音をたてて突き刺さった。
「殴れるわよ!」
言われてトールがはっとしたが、動き出す前に、穴大蛇は頭を地面から引き抜いた。
「要領はわかったわね?もう一回、同じようにやるわ」
マイアが攻撃を引きつけ、穴大蛇が空振りして動きが止まるわずかの間をトールが狙う。二人が奮闘している間にも、俺とヴァンネーネンの背後では、オリガが魔法を練り上げている。
その様子は見ればわかるのだが、魔法の匂いも感じず、彼女の気配は希薄だ。ヴァンネーネンの隠蔽の魔法が効いている証拠で、少なくとも、穴大蛇を前衛が引き付けている間はオリガには気付かれないだろう。
俺はひやひやしながら魔法を維持し、トールが頑張るのを見守っていたが、ついにオリガの魔法の準備が整った。
「いつでもいけるよ!」
「合図で離れるわよ、ぼうや!」
そう言ってマイアが戦斧で穴大蛇の頭をしたたか殴りつける。
「下がりな!」
オリガの合図で前衛二人が後退した。
それを好機と見たのか穴大蛇が頭を振り猛然と迫る。しかし、トールとマイアに追いつく寸前、激しく痙攣して動きを止めた。
「爆破!」
鋭いささやきの直後、ずん、という鈍い音と衝撃、そして穴大蛇の頭が内側から破裂した。岩が崩れるような音と土埃を立てながら、あっという間にザラザラと崩れ落ちていく。
「た、倒した?」
「だな」
土砂が小山になっているので近づいてみたが、頭はもちろん全長の半分くらいまで、完全に粉々になっている。
「はー、やっとか。ったく、洞穴が穴だらけかもなんて言うから、調節に苦労したよ」
「うまくやったじゃないか。やりすぎたら俺たちまで生き埋めになりかねんからな」
ぼやぼやしていると現実になりそうなので、とりあえず洞穴から脱出しよう。
「あ!怪我してるじゃん!」
明るい場所に戻ってきてみると、マイアが肩当てと革の長手袋の間あたりから出血している。
「ちょっとかすってしまったわね。オリガ、傷に効く草はある?」
「待って待って、オレ治癒の魔法使えるから。手袋取って、袖めくれる?」
「へえ、あんた魔法覚えてるんだ?」
傷口を見せるマイアとトールを囲んで、ほかの三人もひとまず洞穴を出てすぐのところで座り込んで休憩となった。
「けっこうひどいよこれ。ちょっと時間かかるけど、ごめんな」
そんなことを言いながらも、見たところ暴走牛の件で使っていた時より上達している。
「骨とかは大丈夫そう?」
「平気よ。魔法はかなり慣れてるみたいね?」
「これと明かりの魔法だけね。他に何覚えるのかも考えないとなー」
「ふうん……?」
治癒の魔法を受けているマイアが、おっとりと首をかしげた。
「あとは大丈夫よ、ありがとう」
トールに差し出していた腕を軽く動かして様子を確かめる。
「そか、よかった……ん?」
安心したように言ってトールは立ち上がろうとした。だが、その横で一足先に起き上がっていたマイアが、肩を抱くようにしてするりと腕をまわす。
その手にはいつの間にか、大ぶりの短刀が握られていた。
「え?ちょ、なにこれ」
首筋に刃を当てられ、戸惑うトール。
「ごめんね?あなたには何の恨みもないんだけど、私たち、欲しいものがあるのよ」
マイアは微笑んで、いつもの柔らかい口調で言った。
来やがったか。
トールよ、これが俺の『凶運』だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます