第12話
とりあえず、今すぐ慌てて何か行動する必要はない、とミゴーが言うので、俺は監房の戸口から一歩離れて床に腰を下ろした。
ミゴーとトールは奥から椅子を持ってきて、戸口の前に並べた。椅子は当然だがエルフ仕様の大きさで、トールが座ると両足は宙ぶらりんになり幼児のようだ。
監房の開口部を挟んで向かい合って座るという、妙な絵面で話は始まった。
「私の方も、そなたに聞かねばならないことはありそうだが、まずはこちらの状況を話そう。私がこのミラロー監獄に来たのは、ある研究のためだ」
ミゴーの話はこうだった。
彼は、エルフの不変の研究題材である、種族の生命に関わる秘密を解き明かすのを自身の目標と定めている。その一環で、今はエルフのこれまでの歴史上の、死に関する情報を集めているという。
「エルフも数千年前までは、人族と同じように、時には罪を犯し、このような監獄に収容されることがあったのだ」
罪状によっては、命で償うような裁きが下される場合もあったが、知っての通りエルフを殺すのは、エルフ同士でもかなり困難なのだ。そこで、とある魔法のかかった『品』が作られた。
「これは、エルフの死刑の執行を極めて容易にするもので、盛んに使われた。また、当時は長すぎる生に飽く者も多くあってな。自ら命を断つのにも用いられたのだ」
そうして何が起こったかというと、ただでさえ少ないエルフが、種族の存続が危ぶまれるほどに数を減らしたのだ。
「もちろん、世界中のあらゆる里からエルフが集まり、対策が練られた。最終的には、罪を犯した者には『教育』が行われることになった」
それは思想を魔法で操り、記憶の書き換えを行うというものだった。
それ自体、実に非道なものに聞こえるが、そうでもしなければ、衰退するばかりの状況だったのだそうだ。
「まあ……結果的に『教育』の存在は、それを受けたくないばかりに罪を抑止することになった。我らエルフにとって、己の記憶や感情、思索や思想はとても大切なものだ。それを奪われるのは大変な恐怖なのだよ」
それまで以上に対話が重視される社会になり、問題解決までの時間はさらに増大することになったが、ついに監獄は不要なものとなった。
同じ頃、自ら命を断つ者の存在についても議論された。
「これについては今も一部で論争があるのだが、我々は望むものには、『微睡み』を与えることにしたのだ」
「まどろみ?」
優しげな名称が与えられているが、絶対ロクでもない内容のような気がするぞ。
「要するに、生が終わる見込みもなく長すぎるのが苦痛であるなら、大半を眠って過ごすようにすればよい。睡眠期を、本来の自然の周期より長くする魔法が作られたのだ」
そうして、エルフの命を容易に断つ魔法の『品』は、処刑も行われていたこの監獄と共に、役目を終えたのだ。
「これまで、その『品』は、監獄の放棄と共に破壊されたのだと思われていた。だが最近になって、破壊されたのは半分で、残りがこのミラローに封印されているという情報がもたらされた」
魔法の『品』を破棄する役目は、作成者に与えられた。そのエルフは、以後同族すら寄せ付けない隠遁生活に入るのだが、居所を突き止めて、半分が封印されているとの情報を聞き出した者がいた。
「それが『山』のバーラだったのだ」
「オレでも聞いたことある名前じゃねーか……」
トールが驚くのも無理はない。
少し前に話して聞かせた、五人のエルフが六万の軍勢を全滅させた逸話、そのうちの一人が『山』のバーラだ。
「エルフの社会はとても狭い。私が死を研究題材にしているのは知られていることで、バーラが声をかけてきたのはそのためだろう。人族の感覚でいえば半年ほど前だが、睡眠期を終えた私はバーラの誘いに応じてこの監獄に来たのだ」
バーラは、この監獄の刑場の地下深くに封印されていた『品』を発見し、再びそれを動かすために分析していた。
「ところで、さっきからずっと『品』って言ってるけど、なんで?具体的にはどんなものなんですか?」
トールが至極ごもっともな疑問を挟む。
「そなたたちに、エルフを容易に殺せる道具の詳細を知らせるのが良いとは思えぬ。というか既にかなり教えすぎているのだぞ、これでも。あとで記憶を消されたりしたくなければ、知らぬ方がよい」
やっぱりそういう話なわけね。
「ここへ着いてから、私はバーラを手伝うつもりでいたのだ。だが、まずは監獄の中を見て回るとよい、と言われてそうしたところ……」
「この監房で、さっきのこいつみたいに引っかかって、中から出られなくなった、という訳だな?」
「うむ。」
うむじゃない。
人族など軽く凌駕する叡智の存在、完全なる生命たるエルフがそんなことでいいのか……?
「では今度はそなたの番だ。ここへは、私を探しに寄越されたと言ったな?」
「ああ。『湖』のヴーレと名乗ったが、身内か?」
何気なく尋ねたが、ミゴーは妙な顔をした。
「知らぬ名だ。本当にそう名乗ったのか?」
「ええ?まさかだろ」
「そなた、人族の名前も覚えぬではないか。聞き違いか、覚え違いではないのか」
「いやさすがに……確かにヴーレって名乗ったよな?」
トールに同意を求める。
「ジャスが名前を覚えられないのは事実だけど、今回は間違いないよ。オレもその場にいたし」
単に、知り合いじゃないってだけじゃねえの?とトール。
「人族の子供よ、我らエルフはそなたらに比べると大変に数が少ないのだ。世界のすべてのエルフが、お互いに名くらいは聞いたことがあるし、まして『湖』を名乗ったのであれば、私の知らないエルフなど皆無のはずだ」
「偽名ってことか」
「おそらくそうであろう。それは男であったか、女であったか?」
「頭巾で顔は見えなかったが、声からして男だとは思う」
「では、バーラが変名を名乗ったわけでもなさそうだ。だが、わざわざ数多いる人族から、そなたを選んで来させたのだから、バーラが関係してないはずはない」
「そうなのか?」
「ああ。ここへ来てすぐの頃、まだ閉じ込められる前だが……『里付き』以外で、呼び出して使いを頼んだりできる人族に心当たりがないかと聞かれてな」
おい。
「まさかあんた、俺の名を……」
「出したぞ」
あああもおおお。
「やっとだいたい繋がってきたぞ……偽名ヴーレが誰なのかはわからんが、そいつはバーラの関係者か協力者だ。そして、意図はわからんが、ミゴー、あんたと、人族の俺をここに揃える必要があった」
「そういうことだろうな。ただ、私とそなたである必要はないのかも知れぬ。エルフと人族、両方が必要な状況とはなんだ……?」
俺とミゴーですり合わせのできる情報はそこまでだった。
「まあ、わからんことは聞いてみるしかあるまい。管理区画の先に、かつての処刑場がある。バーラはほとんどの時間をそこで過ごしていたから、今もいるであろう」
やっぱいるんだよな、ここに。管理区画を後回しにして大正解。少なくとも初遭遇のエルフと事情もわからず話すより、ミゴーの方が相当マシだ。
「どっか行っちまってるってことはないの?」
トールが尋ねる。
「ないはずだ。この監房に魔法が通っているからな。たいていの施設がそうだが、魔法を循環させる仕組みを作り、エルフが起動させれば、あとは装置が魔法の素となるものを吸い集め動き続ける。そしてそういった装置は、管理者としてのエルフが一人でも滞在していないと停止するように作られているのだ」
魔法とは、目には見えず、しかし遍くこの世に存在する魔法の素、魔法物質とも呼ばれるが、それを用いて行われる、物理法則に囚われないわざのことを言う。
人族はそれをわずかだけ拝借し、使用することができるわけだ。
ところがエルフは、まず使える量が人族とは桁違いであるうえ、魔法を装置に循環させて施設を動かすことまでできる。もちろん、人族には明かされていない秘儀だ。この監獄では、管理区画にある魔法動力室がその中枢というわけだ。
「バーラは少なくとも、人族に何か危害を加えるようなエルフではない。過去の一件から人族からは恐れられるかも知れぬが、逆にそれについて心苦しく思っていたはずだ」
六万の兵を皆殺しにした件な。
「なのでジャスレイよ、そなたちょっと行って話して参れ」
ですよねー。俺しか動ける奴いないもんねー。
正直、ミゴーだけなら放置して帰ってるところだ。彼を探すという依頼内容は達成してるのだから。
だがトールが監房から出られない以上、俺に選択肢などないのだ。
受付まで戻り、見取り図で処刑場の位置を再度確認した。
さっきここへきた時は、トールがいた。角灯の明かりもあるし、この施設自体に危険はないとわかっていても、一人だと心許なく感じる。
この間まで、どこに行くにも一人で、たまに誰かと組んでも心を許せるまでは到底至らなかったのに、随分ヤワになってしまったものだ。
迷うような作りでもないので、いくつか扉や金属の格子戸を抜けると、見取り図にあった処刑場の前に来た。
ミゴーはああ言ったが、実際バーラが人族をどう思っているかなんてわからないし、下手するといるのはヴーレという可能性もある。
気が進まないが、自動扉に手を触れて開いた。
中は、それなりに奥行きのある空間で、ちょっとした庭園くらいの広さだった。壁と床は通路と同じような作りだったが、天井だけが違う。
地下とは思えない明るさに視線を上げるとそこは一面の青で、一瞬、外に出たのかと思った。だが、それは青く塗られ、白い雲の紋様まで描かれた天井画なのだ。その絵自体が発光して、室内を照らしている。
処刑場という言葉から予想していたのとは随分様子が違う。
「やっと来たのね」
正面の突き当たりには、数段の段差のある台座と、その上に石碑があり、傍にいつのまにか、エルフの女性が立っていた。
「こんにちは、人族の冒険者ジャスレイ。私が『山』のバーラよ」
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