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屋上から降りる時。

「いつ出てく?」

松浦は背を向けて言った。その言葉は半分本音で半分ウソだった。出て行って欲しい。ソバに居て欲しい。

「ここに居たらダメなの?」

松浦はそれにうなづく。


「そう。分かった。ありがとうね。出て行くわ」

女の子の諦めのいい言葉に松浦は思わず振り返った。振り返ったはいいが何も言葉が出ない。


「じゃあ、必ず出ていく。でも、もう少しだけ居させて」

女の子の言葉が続き松浦はうなづいた。うなづくしか出来なかった。ホッとした自分に松浦は気付いた。


余分な布団や布切れは焼却炉の向こう側にある。ゾンビが居るから取りに行けない。仕方なく寝室のマットや毛布を適当に剥ぎ取り倉庫に移す。


「本はここにある。風呂も入れる」

松浦はそれだけ言って倉庫から出ようとした。

「お風呂あるの?入りたい」

女の子が初めて抑揚の抑えられない嬉々とした声で言った。

「ま、待ってて」

松浦は風呂を沸かしに倉庫から出た。


新しい服の場所。水の出る場所。風呂の沸かし方を教えて松浦は寝室に閉じこもった。

焼却炉は覗かない。風呂も覗かない。

そのまま部屋に戻る。

人との距離が近付けば、全て萎えてしまう気がした。

だから名前も聞かなかった。聞かれなかったのもある。


このまま女の子が出て行けばまた独りに。

今までずっと平気だった。そして独りの方が気楽なのも知っている。だが今は何故か心が妙に落ち着かない。


振り払うように松浦はエロ本を取り出した。

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