第13話 とある壺職人と最強魔族

壁に叩きつけられた壺が、

粉々に砕ける。


「いかーん! これでは全然だめだ!」


初老の男性が、頭を抱える。

男性の絶叫を聞いて、工房に若い男が現れる。


「ど……どうしたんすか師匠!」


「いかん! これでは納得できん!」


若い男は壁に叩きつけられた壺を見て

初老の男性に尋ねる。


「師匠……納得のいく作品ができなかったんですね」


「……うむ。全く駄目だ。こんなもの駄作だ」


自身の作品に辛辣な言葉を投げる初老男性に、

若い男性が感涙に瞳を潤ませる。


「熟練した師匠でさえ、まだ納得いかない作品があるとは

その向上心には心を打たれます」


「当然だ。芸術家たるもの、自身の作品に納得すれば終わりだ」


「流石です。それで師匠、その壺の

何が気に食わなかったんですか?」


若い男の質問に、

初老男性がきょとんと目を瞬かせる。


「何の話だ? 壺に不満など何もないぞ」


「へ? だって壺を壊しましたよね?」


「うむ」


「壺が気に入らないから壊したのでは?」


初老男性がやれやれと肩をすくめる。


「そんなわけあるか。わしが何年壺を作っていると思う。

壺などもう目をつむっていても、満足行くモノができるわ」


「はあ……」


先程の芸術家のくだりは何なのか。そう疑問に思うも

若い男性はあえて別の疑問を口にした。


「では、何が気に入らなかったのですか?」


「壺の割れ方だ」


「はい?」


「壺の割れ方だ。見ろ、この割れた時の破片を。

大小バラバラだし、ここんところ鋭利に尖っていて

危ないだろ?」


初老男性の答えに、若い男性が首を傾げる。


「……それ、何の意味があるんですか?」


「馬鹿者。勇者様が割った壺を後片付けする際、

あるべく美しく、かつ危険でない方が良かろう」


「勇者様が壺を? え? 何でですか?」


「何でって、勇者様は壺を割るものだろ。

人の家に侵入しては、もうバリンバリンだ」


「……それ、やばくないですか?」


「何をいまさら。そんなこと、

二十年前ぐらいから指摘されている

使い古されたネタだぞ」


首を捻った若い男性が、こほんと咳払いする。


「……まあ、それで勇者様が壺を割るとして、

その壺の破片が気に入らないと?」


「うむ。優れた壺とは優れた壊れかたをするものだ」


「聞いたことないですね、そんな話」


「とにかく、こんな割れ方では私は納得しない」


初老男性が頭上を見上げ、おもむろにいう。


「私は……これから修行の旅に出る。

壺割を極めるために」


「マジで何言ってんですか。ていうか、

目的が何か変わってません?」


「これから私は修羅に生きる。

この手にかならずや、壺割の極意を掴もうぞ」


拳を高らかに上げる初老男性に、

若い男性が大きく溜息を吐いた。



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武術を極めた戦士。

それがその魔族の自負であった。


「強者は……強者はどこだ?」


他の魔族は人間を襲っているが、

そんなこと自分は興味がない。


興味があることそれは――

強き者と戦うことだけ。


魔族が歩みを止める。

荒野の只中に、何者かが佇んでいる。


「……何奴だ」


問いかけながら、魔族は腰を下ろす。

一目見て感じた。


眼前に立つあの者こそが――


(俺が待ち望んだ――強者)



魔族の眼前に立つ者が動いた。

それは全身に傷を負った

――初老の男性だった。


「わしは――修行の旅をしている者だ」


「ほう……何の修行か?」


魔族の問いに、初老男性が淀みなく答える。


「壺術の修行」


壺術――? 聞いたことがない。


「それは武術か?」


「武術? なんと浅薄な括りか。

壺術は壺術。それ以外の何物でもない。

もっとも――戦いに活用できんこともないがな」


その答えで十分だった。


「ならば――お手合わせ願おうか」


「若いな魔族の子よ。彼我戦力を見誤れば

無駄死にすることになるぞ」


そういうと、初老男性が背後に手を回す。

次に男性が手を前に出した時――


彼の両手には壺がグローブのように、装備されていた。


「こい。うぬが自惚れを知るがいい」


魔族が駆け出す。

初老男性に接近し、瞬く間に抜刀した刃を振るう。


ガキン――


振るった刀が、初老男性の拳に装備された壺に

軽々しく弾かれる。


「――何だと!?」


「はっ!」


初老男性の壺が顔面を打つ。


血を吐き後退する魔族。

初老男性が素早く脚を振り上げようとする。


(この距離では、蹴りは届かない)


そう思う魔族だが、甘かった。


初老男性の振り上げた足が、拳から外れた壺を蹴る。


蹴られた壺が鳩尾にめり込み、魔族は苦痛に声を上げる。


「――ぐ……動きが……読めない」


「これが壺術だ。今ならば命だけは助けてやるぞ」


「馬鹿なことを――面白くなってきたところだ!」


刀の切先を初老男性に向け、魔族が吠える。


刀の切先から放たれた炎の竜が、

咆哮を上げて初老男性へと突撃する。


接近戦では初老男性に分がある。

ならば魔法で応戦すればいい。

そう考えた魔族だが――


初老男性が背後から壺を取り出し、

その口を炎の竜に向ける。


すると――あっさりと炎の竜は

壺の中に吸い込まれてしまった。


「馬鹿な――こんな!」


「壺術を舐めるでない。攻防一体がゆえ

壺術は最強の芸術なのだよ」


初老男性がまたも背後から壺を取り出す。


「さて……距離があれば安心か? 甘い。

ナメクジのように甘い男よ」


ナメクジは甘いのか?


そんな疑問を口にする間もなく――


老人の構えた壺が火を噴き、

ロケットのように魔族に撃ち放たれた。


「くそ!」


咄嗟に刀を捨て、両手で壺を抑え込む魔族。


ごうごうと火を噴く壺に全力で抗っていると


――初老男性がニヤリと笑うのが見えた。




「壺とともに美しく砕けろ――ブレイクポット」




瞬間、壺が大きく爆ぜ――


魔族の視界が炎の色に染まった。

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