アヒムとエマと花言葉

ドクソ

アヒムとエマと花言葉


 ある街にアヒムとエマという、二人の男女がいた。

 アヒムという青年は毎日遊び呆けていて、街の住人からは軽薄な奴だと認識されていた。

 それに対して、エマは堅実で几帳面な性格の女性で、アヒムとは対照的な人間であった。

 彼らの住む街では花の栽培が盛んで、それに伴い大通りには多くの花屋が軒を連ねている。

 エマの家も例に漏れず花屋を営んでいた。

 その日も、いつものようにエマは店番をしていた。店内は閑散としている。

 なにしろ街は花屋で溢れているのだ、店内で花を買っていくのはあの馬鹿と観光客ぐらいのものだ。

 そこにいつも通りアヒムがやってきて、エマに軽く挨拶を済ませると、こう話を切り出した。

「なあエマ、今日この店で一番綺麗な花はどれだ?」

 アヒムの店は街の食堂で、観光客にも有名な店だ。

 毎日こうして、食堂の開店前に、店内のテーブルに飾る花を選びに来るのが彼の日課だった。

 エマは、そんなアヒムに対して、面倒くさそうに答える。

「一番綺麗な花なんて言われても選べるわけないでしょ。ウチに並ぶ花はどれも綺麗な花ばかりなんだから」

 アヒムはエマの態度を見て悪戯っぽく笑う。

「エマ、いつも通りダルそうに店番をしてるな、もっとにこやかにしなよ」

「余計なお世話です。それに私が面倒くさい態度をとるのはアヒムに対してだけだから、お気遣いなく」

「そうなのか?じゃあエマは俺に対してやっぱり他の誰かと違う感情を持っているってことだよな」

 嬉しそうにそう話すアヒム。エマは彼の適当さに溜息をついた。

「ばーか!くだらないこと言ってないでさっさと花を選んでちょうだい、いつまでも君と喋っているほど私も暇じゃないんだから」

「へー、こんなにガラガラなのにか、閉店セールの準備が忙しいのかい?」

 本当に口が減らない奴だと思いつつもエマはいつものように、アヒムのために花を選ぶ。

「えっ!なにを選ぶかと思いきや紫のクロッカスか、確か花言葉は、『愛の後悔』だったな」

 アヒムは花屋の私でも知らない花言葉をたくさん知っていて、昔は街に観光に来る女性を口説くためにその知識を利用していた。

「俺に対してエマが『愛の後悔』をしてるって意味と捉えても良いのか?」

「そんな訳ないでしょ、たまたま今日入ってきた花の中で、君の店のテーブルに映える物を選んだだけよ。」

「サンキュー」

 そう言いながら会計を済ませ、アヒムは自分の店へと帰っていった。

 エマは店の掃除をはじめた。


 翌日の早朝もアヒムがやってきて「この店で一番綺麗な花をくれ」と言うので、その日はアネモネを選んだ。

「ええっ!今日はアネモネか。確か花言葉は『儚い恋』だったような。エマ、やっぱり…俺のこと…」

「ばーか、さっさと帰らないとこの剣山を投げるわよ、いいの?」

「サンキュー」

 そう言いながら会計を済ませ、自分の店に戻るアヒム。

 エマは店の不用品をまとめはじめた。


 次の日もアヒム飄々とした態度で来店し「エマ、この店で一番綺麗な花を俺に選んでくれ」と言うので。

「どれも綺麗なんだけどね」

 そう言いながら、その日はスカビオサを束にしてアヒムに手渡す。

「えええっ!今日はスカビオサの花束だと!確か花言葉は『不幸な愛』だったはず…エマ、まさかお前…実は俺のこと…」

「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!私はいつも通り綺麗な花を選んだだけ!」

 そう言って持っていた剣山を振りかぶると、アヒムは花の代金をトレーに置いて、逃げるように帰っていった。

 エマは店の看板を取り外した。


 翌日、エマは街に出て朝食をとるためにアヒムの店に訪れる。

 扉を開けると鳴る鈴の音、その音に反応して厨房からアヒムが現れた。

「ようエマ、今日の注文はなんだい?」

「そうね、今日この店で一番おいしい料理を出してちょうだい」

「ウチの店の料理はどれも絶品だぜ、一番なんか決められないな」

「そんなのずるいじゃない、アヒムは毎日私の店に来て、その日の一番綺麗な花を聞いていくくせに」

 わかったわかったと頭を下げながら、厨房に入っていくアヒム。

 エマは自分の店から持ってきたアザレアの花をテーブルに飾った。

 少しして、アヒムがエマのテーブルに料理を運んできた。

 大きなオムライスだ。ケチャップでハートマークが描いてある。

「ふーん、このオムライスがこの店で一番おいしい料理なのね。この前の休日も、その前の休日も同じ料理だったわよね」

「当然じゃないか、俺のエマへの愛情がたっぷり詰まっているから、絶対に美味しいはずさ」

 そこでアヒムはテーブルに飾られたアザレアの花に気が付き、目を輝かせた。

「エマ、アザレアを持ってきてくれたのかい?俺達、きっと二人で幸せになろうぜ!」

 幸せそうに語るアヒムに、エマは赤く染まった頬を隠しながら顔を逸らして聞いた。

「それより、明日からテーブルに飾る花はどうするのよ、他の店から買ってくるの?」

 アヒムは首を横に振りながら答えた。

「必要ないだろ、明日からはエマという美しい花が、毎日この店にいるんだから」

「ばーか!」

 二人の薬指には、揃いの指輪が光っていた。

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アヒムとエマと花言葉 ドクソ @dokuso0317

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