明日の私はもっと幸福な夢を見る
ゲー魔ー導師
昔々の甘い夢
甘い、甘すぎた幻想。これは理想の物語。
朝七時。ヂリヂリと振動する目覚まし時計を止め、私……早瀬咲桜は大きな欠伸をする。ボサッと膨らんだ髪を乱雑に掻き乱す。昨日のシャンプーの香りがまだ髪に残ってて、少しだけいい匂いが部屋を覆う。寝ぼけ眼を擦りながら、私はキッチンへと向かった。
今日は日曜日。ただの休日であれば目覚ましなど掛けないのだが、今日だけは眠気に構っていられない。この日、これからの私の行動によって、私の将来が決まるのだ。ワクワクする反面、少しだけ緊張している。朝ごはんと一緒に心配の感情を飲み込むうちに、私の脳は少しずつ覚醒した。
シャワーを浴びてサッパリした後、今日のために選んでおいた服を取り出す。赤いチェック柄のスカートに白灰色のコート。上は……まあ、適当に白のワイシャツで。ずっと準備していたこと、彼にバレてないだろうか。たぶん大丈夫だよね。
財布よし。ハンカチよし。チケットよし。家の電気よし。最後に家から出て、扉の鍵閉めよし。現在時刻は九時、待ち合わせの予定時刻は十時。完璧だ、遅刻などあり得ない。
あり得ない、はずだったのに。
「それで、時間が空いたからカフェ行って、フラペチーノ買って、それから寝てた。起きたら十時半だった」
「言い訳は以上か?」
「……ごめんなさい」
私は目の前の男、藤崎奏斗との約束をすっぽかし、最終的に遅刻しました。私は悪い子です。はい。
「ま、お前らしいと言えばお前らしいな。ちゃんと起きただけマシっていうか」
「奏斗は私のことを何だと思ってるんだよぉ……」
「寝ぼすけのウッカリお嬢様」
「寝ぼすけとウッカリは余計ですー!」
「じゃあせめて、新しく買った服のタグは切れ。反論はそれからだな」
まさか。急いで首の後ろに手を入れると、何やら違和感を感じた。プラスチックの紐と、それに繋がれた三枚の紙。
「ほら、タグ切ってやるから。後ろ向け」
「ハサミ持ってるの?」
「持ってる。というか、いつも鞄に入れてる」
こういう時、彼はとても頼りになる。この前も私が膝を擦りむいたとき、絆創膏を鞄から出してくれたっけ。
「……ふむふむ八千円か、奮発したな」
「はぁ!? ちょ、触るな! 見るな! 読み上げるなー!!」
「無理だろ。見ながらじゃないと切れねえよ」
前言を撤回する。彼は頼りになるけど、たまに意地悪だ。
「大体、前日に確認しなかったお前が悪いだろ。お前はいつも焦りすぎ。たまには立ち止まって周りを見ろ。それから」
「あー! あー! うるさーい! そんなこと分かってますー!」
「……じゃあいいけど」
ジトー、と私を睨んでくる彼。このやり取りも何回目だろう、五回から先は数えていない。会うたびに注意されてきたので、彼にとってもこの会話は口癖のようなものだ。
「それはさておき、もう十一時になるぞ。映画、大丈夫か?」
「え!? うわ、やっば! 急がなくちゃ!」
「いや、映画は十一時半からだけどな。ここから徒歩五分で映画館に着くからな。急ぐ意味ないからな」
「わ、分かってますー!」
嘘です。何一つ分かってません、というか学んでません。私は飲みかけのコーヒーを口に流し込み、席を立った。いつも何かしらのドジを踏む私だったが、最近はだいぶ予防できるようになったと思う。家を出る前に忘れ物確認をしたり、彼から注意されることが多くなったからだ。どれもこれも、彼と出会ってから起きたことだった。
初めて彼に出会ったのは塾での授業後。彼が私の元へ忘れ物を届けてくれたことが始まりだ。当時放送してたテレビドラマが二人とも好きで、そこから意気投合して、食事などにも一緒に行くようになった。
これは夢。私の、独りよがりの願望。
映画館の指定席に座り、私はようやく一息ついた。映画の上映まであと二十分。さっきまで寝てたから眠気はなし。完璧だ。
「しかし最初は驚いたわ。チケットの代わりに小判を出すんだもん」
「『コイツまたやらかしたか?』って思ってたでしょ。顔に出てたよ」
「顔に出てたっていうか、素で言ったからな。お前それ小判だぞ、って」
今でこそ笑い話だが、私も初めは驚いた。映画のチケットを注文したはずなのに、家に届いたのは二枚の小判だったのだ。突然のサプライズに、私はそれを外へ投げ捨てた。そして猛烈に、映画館へクレームを入れに電話をかけたのだ。それに対する返答は……
『現在キャンペーン中でして、チケットが小判のデザインになっております。実際に小判の裏には、映画館名と席の番号が書かれています。当日まで絶対に、絶対に無くないでくださいね。』
泣いた。泣いて外を探した。結果的に二枚とも見つからなかったので、もう一度注文した。それから、自分のあまりの愚かさにもう一度泣いた。
「それにしてもお前、よく小判を捨てなかったな」
「……え?」
「いつものお前なら『これチケットじゃない!』って小判を捨てて、会社にクレーム入れそうな気がするからさ」
バレてる。何故だ。
「わ、私だって成長してるんですー。いつまでも私がお馬鹿さんだと思ったら大間違いですー」
「……ま、それもそうか。そんなミスするほど咲桜もドジじゃないか」
嘘です。大正解です。私は小判を放り投げるようなドジっ子です。
そんな話をしている内に、映画の開始時刻になった。うるさいブザーが会場中に鳴り響いた後、辺りがシンと静まり返る。
「……なあ、咲桜」
ふと、ヒソヒソ声で隣から話しかけられる。
「何?」
「俺さ、たまに思うんだよね。なんで人って、わざわざ映画館に足を運ぶんだろう。映画なんてスマホで見れるじゃん」
「うーん、そう言われるとそうだけど……」
そういえば、そんなこと考えたこと無かった。確かに映像作品を見るためならネットやアプリで事足りる。じゃあ何故、人は映画館に行くのか。
「……雰囲気が好きだから、かなぁ」
「へー、この皆で見てる感じ?」
「それもそうだけど、それ以外にも……もっと、なんか……」
説明したいけれど、うまく言葉にできない。映画館の内装とか、構造とか、もっと本質的なもの。
「着飾ってる感じというか……ハイカラ、っていうの? ちょっと古めかしい感じとか、私は好きだけど」
「ふーん。分かったような、分からんような」
「まあ、人それぞれ。気にしすぎたら負けかも」
なんて言いながら、ポップコーンを口に放り込む。私は元々、映画館の雰囲気が好きだった。だけど今日、また別の理由で映画館を好きになりそう。
彼と同じ空間にいて、彼と同じものを見ていて、彼のすぐ横にいる。少し意識すると彼の吐息すら聞こえてきちゃって、楽しいけどドキドキする。なるほど。カップルが映画館を好む理由が、少し分かった気がした。
で、肝心の映画内容なのだが……微妙だった。
舞台は江戸時代。家や店で江戸時代の貨幣、つまり小判が盗まれるという事件が相次いで、主人公がそれを解決するといった内容。途中までは容疑者、ヒロイン、モブ含めたミステリーが面白かった……が。
「……やっぱり、最後のどんでん返しはいらないでしょ」
「あぁ。それまで出てこなかった幽霊が犯人っていうのは、なんか拍子抜けしたな……」
これを友人にお勧めできるかと聞かれたら、答えはノーだ。悪い意味で予想を裏切られるというか、オチが台無しというか。逆に言えば、事前にストーリーを知っていれば楽しめる作品だけれど。
「でも、いいところもあったよね。ねずみ男が親指を立てながら小判に沈んでいくシーンとか」
「あれは笑いなしには見れなかったな……。咲桜、ああいうの好きなの?」
「べつに?」
ともかく、わざわざ彼と見に来る作品ではなかった。これが平日の夕方ならいいのだが、今日はデートなのだ。二人でお出掛けなのだ。こんなC級映画を観に来たわけではないのだ。
まあいい、まだ慌てるような時間じゃない。これから昼食に行って、ショッピングに行って、ゲームセンターで遊んだ後、二人で夕焼けを眺める。完璧だ。完璧すぎるプランに、我ながらゾクッとくる。こんな映画に頼らずとも、もっと素晴らしい思い出ができるに違いない。
そして、すべてが終わったら私は告白する。
私が望んだ情景。その全てがここにある。
楽しい時間というのは、あっという間に過ぎていく。ちょっと店を歩いただけで三時間が経過とか、冗談にも程がある。
理不尽だ。なぜ仕事時間は長く感じるのに、遊んでるときの時間は短く感じるんだ? これには何か、孔明による策略が__
「咲桜、買ってきたよ」
「お疲れー!」
変な妄想をしていると、彼が行列から帰ってきた。孔明の策略? その話はフィクションです。
さっそく彼から渡された紙袋を開く。そこには何と、直径十二センチほどのシュークリームが。
「おお……びゅーてぃふぉー……」
「あ、袋の底にあるのは俺のマカロンだから。食べたら怒るぞ」
「うん……」
すげぇ。こんなサイズ見たことねぇ。というか食べれるの? こんな大きなサイズ。いや食べれないことはないけど、明日体重計に乗るのが怖くなるな。モグモグ。
「で、次はどこ行くの?」
「うん……」
「……あのー、咲桜さん? 次はどこ行くんですかー?」
「美味……うん? え? 何?」
しまった、シュークリーム食べてて何も聞いてなかった。呆れた顔をしないでほしい、私の心を奪ったシュークリームが悪いのだから。
「次の目的地。食べて、遊んで、また食べた後は何すんの?」
「う……そう言われると意外と食べてるな……」
体重計に乗るのが尚更怖くなった。まあそれは置いといて、私は腕時計を確認する。六時。計画通りだ。
「えっとね、散歩! 丘の上公園まで散歩しよう!」
「……さてはお前、カロリーが気になったな?」
何故だ、何故バレてる。いや今回に限っては顔に出てたか。気になっちゃうもんね、糖質って。
「確かに気になるけど違ーう! 奏斗に見せたいものがあるの!」
「体重計か?」
「ちーがーうー!! ああもう、とにかく着いてきて!」
彼に茶化されながらも、私は彼の手を引く。天気は晴れ。この調子なら、きっと素晴らしい光景が出来上がっているに違いない。今日のフィナーレを飾るにはピッタリの光景が。
絶対に成功する。小さなドキドキを抱えながら、私は横断歩道を渡る。
希望。歓喜。いろんな感情を孕み、私の夢は大きくなっていく。
「おぉーっ! ナイスタイミング!!」
人気のない丘の上公園。その一番高いところから、私たちは夕日を一望した。
「へぇ、こんな綺麗な景色あったんだ」
「ふふん、ここを見つけた私に感謝しなさい!」
「下準備バッチリだな」
彼と笑ってる間にも、夕日はどんどん沈んでいく。同時に空が黒く、暗くなっていく。街に明かりが灯り始める。
「確かに、この光景は見せたくなるな」
「うん。でもここを教えたの、奏斗が初めて」
「……そっか」
そう言って微笑む彼の顔が、いつもと違う気がして。
「……そんな顔、できるんだ」
「あ? 俺が笑ったらなんか変か?」
「そうじゃないけど、なんか新鮮っていうか……」
ドキドキするっていうか、緊張するっていうか。それを伝えるのはなぜか恥ずかしくて、口の中でモゴモゴしてしまう。
__あぁ、楽しい。この瞬間だけで、生きててよかったって感じる。
やがて公園の街頭が点く。夕日は沈みきっていないが、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。
「……よし、じゃあそろそろ帰」
「待って」
そう、ここからが本番。言ってしまえば、これまでのデートはお膳立てに過ぎない。全てはこの空間を、この瞬間を、このタイミングを作るため。
「実はね、見せたいのってこれだけじゃないの」
「なに? 花火とか?」
「いや、そんなに大きなものじゃないけど……」
でも、同じくらい綺麗だと思う。鞄の中を探り、片手に収まるサイズの小さな箱を取り出した。
「これ。何だと思う?」
「……プレゼント、とか?」
「そんな軽い気持ちで渡せるものじゃないでーす」
流石にここまで言えば分かったのだろう。彼にしては珍しく、真面目な顔で私のことを見つめ返してくる。
「……二年前、奏斗と出会えてよかった。奏斗と一緒にいる時間が、とっても楽しかった」
「……ああ」
「色んなところに行ったよね。遊園地とか、水族館とか」
ついでに言えば、二人で行くときはいつも私が寝坊した。チケットを家に忘れたりもした。その度に彼から叱られ、笑いあったっけ。
「これからもずっと、奏斗と過ごしたい。楽しいことも、辛いことも、奏斗と分かち合いたい」
「……それは」
「うん。私と付き合ってください」
手元の小さな箱を開ける。街頭の微かな明かりを銀色の指輪が反射する。
「…………」
「えへへ、驚いた? 指輪は買えたんだけど、渡す日に迷ってて」
「…………」
「でも今日言えてよかった。ねえ、答えを聞かせて?」
そう言って、彼に指輪を差し出す。この瞬間を迎えるために、ずっと準備し続けた。彼に頷いてもらうため、今日のデートに彼を連れ回した。そして今、私の一日は感動のラストを迎えようとしている。彼の返事が、私にとってのカーテンコール。
完璧で、幸福な一日の終わり。その合図が、彼の口から放たれる。
甘い、甘すぎた幻想。これは理想の物語。私がこうあってほしいと願った願望であり、情景であり、夢である。
その夢が今、崩壊する。
「ごめん」
私が望んだ言葉が、彼の口から放たれることはなかった。
「それは受け取れない」
畳み込むようにそう言われ、聞き違いを疑う余地もなくなる。受け取れない? それって、つまり、この指輪を?
「……何それ」
私は怒っているのか、泣いてるのか、悲しんでいるのか。その全部がぐちゃぐちゃに混ざって、よく分からない負の感情が出来上がっていく。
「何……何なのそれ!?」
堪えきれなくなって、彼にその感情をぶつけてしまう。彼は何も悪くないのに。彼はただ、自分の気持ちを言っただけなのに。そう頭では分かってるのに、私の口は止まらない。
「気持ちは嬉しい。けど……」
「けどって何!? 私が嫌なら初めからそう言ってよ! このっ、馬鹿!!」
まだ彼はなにか話したそうだったが、それすら聞きたくなかった。指輪も放り投げて公園の出口へと走る。逃げる。少しでもこの空間から逃げたくて、足を動かす。
「おい、咲桜……!」
後ろから彼の足音がする。それでも走る。追い付かれたくなくて、彼にどんな顔を見せればいいか分からなくて。そして、公園から飛び出したその時。
「咲桜、危ない!」
そう聞こえたその瞬間。
バァン、と大きな衝突音がした。それに続くように、視界がグルッと回転する。フワッと体が浮いた気がして、ドシャッと地面に激突する。直後、激痛。あまりにも情報量が多すぎて、頭の中が整理できず……
いや違う。情報が多いだけじゃない、そもそも考えることができない。ドクドクと頭が脈打つたび、頭の中が真っ白になる。遠くから声がする。血が流れてる。少し首を傾けると、私のすぐ近くに車が停まっている。
あぁ、そっか。轢かれたのか、私。道路に飛び出したんだから、何もおかしくないよね。
そう気付くより早く、私の意識はプツリと途絶えた。
あーあ、何でこうなっちゃったんだろう。私は夢をみていた。幸福な夢をずっと見続けていた。彼と一緒にいて、一緒に笑って、たまに喧嘩もしたけど楽しかった。ずっとそれが続くと、心のどこかで信じていた。
いや、それは嘘かもしれない。信じていたなら、どうして今日こんなにも緊張していたのだろう。心のどこかで信じていた反面、心のどこかで疑っていたんじゃないか。裏切られるかもって。
辛くて、苦しくて、悲しくて。息苦しい現実へと目を覚ます。
「…………」
重たい瞼を開く。眩しい。規則正しく並んだタイルが天井を覆っている。なるほど、これが見知らぬ天井ってやつか。
確か私は……そうだ。彼にフラれたんだ。どうしたらいいか分からなくなって、それで走ったら車に当たったんだ。血が出てた記憶があるけど、意外と人って生き残るものなんだなー。
「……痛って……」
前言撤回する。死ぬ。死ぬほど痛い。少し首を動かしただけで激痛が走る今、歩こうものならショック死する。
それでも私は、痛みに耐えながら左を向いた。左手になにか違和感を感じたから。私が寝ているベッドの隣に、人の気配を感じたから。
その正体に、思わず目を丸くした。
「……奏斗」
「ん、むにゃ……」
私の声をかけても、彼は眠そうに答えるだけだった。いや、眠そうというか寝てた。熟睡だった。
それはともかく、私にはその光景が異様だった。どうして? どうして私の病室で、奏斗が私の手を握っているの?
「奏斗。ねえ、奏斗」
「……んぁ? あ、起きたのか」
私と目が合うと、彼は安心したように笑う。分からない。その表情の意図が分からなくて、
「……なんで?」
自然と涙が出た。フラれた時を思い出したのかもしれないし、いつもの彼に安心したのかもしれない。彼に告白してから、私の感情は分からないものだらけだ。
「なんでって、ここにいる理由? それともお前を断った理由?」
「……どっちも」
「はぁー、まあそうだよな。お前はそういう人間だよなぁ」
呆れるでも怒るでもなく、彼は落ち着いて笑う。こっちは真剣なのに。それについて私が口出しする前に、
「お前は焦りすぎ。大事な時こそ、立ち止まって話を聞け」
いつも言われてる台詞を、ここでも同じように言われる。それをきっかけに、今までの日常に戻された気がして。
「な……何よ、その言い方! 今も焦りすぎっていうの!?」
「あーあー、焦りすぎだ。まず耳を貸せ。俺に喋らせろ」
いつもの調子を私が取り戻したのを見て、彼も先程までの笑顔を解いた。代わりに彼が見せたのは、いつも私に見せるような表情。
「何よ、言ってみなさいよ! 私の告白を断ったアンタに、どんな言い訳があるか知らないけど!!」
「あー、まず結論から言おう。俺もお前が好きだ」
真っ白になった。フラれた時とはまた、別の意味で。なにも考えられなくなった。好き? 私のことを? いや、それ自体は私も願ったことだけど。
「じゃあ……なんで」
「よく考えろ。お前と俺、歳の差いくつだ?」
「九歳」
「そう九歳! そこに問題があるんだよ!」
なんて言われても、好きになってしまったものは仕方ない。人と人との恋に、歳の差など関係ないのだ。
「ただの九歳差ならいいよ。でもな、俺まだ高校生だぞ!? もし性別が逆なら通報されるぞ!」
「えー、そうかなぁ」
「というか、俺の学校は恋愛禁止! 今日みたいなことしてるだけでも、教師からキツい視線を浴びるんだよ!」
彼と出会ったのは二年前、塾の職員室だった。当時は塾の講師をしていた私のもとに、彼が忘れ物を届けにきてくれたのだ。それから何度か授業内で彼と顔を合わせたのだが、そこで同じドラマが好きだってことが判明した。
彼との馴れ初めはそんな感じ。それから互いの時間を合わせて、休日こうして出掛けることが多くなった。平日は塾内で顔を合わせたら、互いに笑顔を返す程度だった。だったのだが。
……そうか。私と彼が付き合ってること自体が問題か。
「考えたことなかった、って顔してるな」
「うん。考えたことなかった」
私が何を考えているか、彼には筒抜けみたいである。今に始まったことではないけど、流石は私の好きな人。
「……あれ? ってことは、私の告白は」
「あぁ、今は断る。でもいつか、必ず受け入れるよ」
その言葉に、キュッと胸を締め付けられるような感覚がした。これは……どんな感情なんだろう。少なくとも、前に感じた負の感情でない。もっとポジティブで、甘酸っぱいような……
「……なあ。咲桜と一緒にいる時間は、俺にとっても大切な時間だよ」
「……うん」
「だけど、もう少しだけ待ってほしい。告白するのも、指輪を渡すのも。もう少しだけ、俺に時間をくれ」
「……ん」
この時間が一生続けばいいのに。心のどこかでそう思ったが、その気持ちをすぐ振り払った。じゃないと私の怪我が治らないし、何より彼が成長してくれない。それに、今回みたいな瞬間がまた訪れるかもしれないし。
「いつか、必ず迎えにいくから」
「うん、それまで待ってる」
こうして私の告白は失敗に終わった。けど、カーテンコールはまだ鳴らない。彼と私を阻む壁は完全に消えた……というわけではないが、年齢という越えられぬ壁はあるが、その壁もいつかは消える。それまで、もう少しだけ時間がかかるだけ。
私は待つと決めた。彼が返事をしてくれる、その日まで。
ふと、目を開ける。そこには、いつもと変わらないリビングの天井。そうだった、私は昼寝をしていたんだ。
「……ふわぁーあ……」
起き上がって欠伸をした後も、私の寝ぼけ眼はしばらく開かなかった。何故か、昔の夢を見ていた気がする。十年ほど前、彼と付き合っていた頃の夢を……
「それで!? おかーさんはどうなったの!?」
「その後はちゃんと退院して、今みたいに元気になったよ」
「つきあったの、いつ!?」
「お父さんが就職してすぐだから……すぐ後かな」
「えー! はやーい!」
……あいつらだ、間違いなく。私のすぐ側で、父と娘が楽しそうに喋っていた。その内容に、私は赤面したけど。
「あ! おかーさんおはよー!」
「うんおはよう。ってお父さん! 駄目でしょそんな話しちゃ!」
「いや何で? 都合の悪い話じゃないし」
「そうかもしれないけど恥ずかしいでしょ!?」
「ははは、でも本当のことだし」
私が訴えかけても笑って茶化す父。それを真似して笑う娘。駄目だこいつら、早くなんとかしないと。正確には、これ以上私が恥を晒す前に。
「そ、そんな話を続けるなら今日のご飯つくりません! お父さんの分は無しです!」
「えー。じゃあサイゼ行くわ」
「それズルくない!? 夕食作るから私も連れてってよ!」
「いや夕食作ってくれるならサイゼ行かないけど」
うん、駄目だ。これ以上会話を続けても私の恥しか出てこない。口達者なやつめ。
こうして今日も、平和な日常は続く。たまにあのねずみ男が小判に沈む映画を見ながら。デザートにシュークリームを食べながら。お父さんに弄られながら。娘からも弄られながら。
……あれ? 私、弄られすぎじゃない?
まあ、そんなわけで。これを読んでいる貴方にも、夢のような現実が訪れますように。
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