蜜柑荘殺人事件?!

オブリガート

第1話



 ここは山奥のペンション『蜜柑みかん荘』。


(チッキショウ…!)


 激しく乱れ飛ぶ雪を窓越しに眺めながら、青年は心の中でロマンスの神を呪っていた。


 彼の名は彰人アキト

 異性との出会いを求めて一泊二日のスキー旅行に来てみたはいいが、あいにくの猛吹雪でスキー場は臨時休業。

 

 雪山でボーイミーツガールして、ゲレンデが溶けるほど恋して、一年後にはハネムーンへ行くという彼の計画はあっけなく崩れ去ったのである。


 おまけに山奥のため携帯電話は圏外で使えない。

 彰人は暇で暇でしょうがなかった。


 あまりにも暇だったので、部屋を出てペンションの中を徘徊することにした。


 あてもなくブラブラと廊下を歩いていると、偶然にも、曲がり角で他の宿泊客とぶつかってしまった。


(まっ…まさかこの展開は…美少女との運命の出会いか?)


 彰人は大いに期待しながら相手の姿を確認した。


「ああ、すみません。ぼうっとしていました」


 眼鏡のブリッジを押し上げながら軽く一礼したのは、七三分けの髪をポマードでしっかり固めた、四十くらいの男だった。


 彰人は項垂れて両手をだらんと下げ、長いため息をついた。七三しちさん男はそそくさと去っていった。


(チクショー!期待させやがって!)


 彰人はキッと七三男の背を睨みつけ、腹立ち紛れに彼の尻ポケットからはみ出ている高級ブランドGU○CIの長財布を掠め取った。


 七三男は財布をスラれたことにも気づかず、そのまま去っていった。


「しめしめ…」


 彰人は悪の権化のような邪悪な笑みを浮かべ、さっそく財布の中身を改めた。


 パンパンに膨れ上がった財布の中に入っていたのは、大量のロリポップキャンディー。紙幣は一枚も入っていない。

 飴を掘り起こしてみると、奥の方に一枚のカードが入っていた。


 カードに書かれた文字を読みながら、彰人は眉間にしわを寄せる。


 【メイド喫茶ふぇありぃ☆彡】―――と書かれていた。


 ポイントカードのようである。常連なのか、結構な数のスタンプが貯まっていた。

 キャンディーもよくよく確認してみると、包み紙に店のロゴマークがついている。

 おそらく来店毎にサービスでもらえる品なのだろう。


 彰人は苛立たし気に舌打ちした。


「GU○CIの財布に棒付きの飴玉入れてんじゃねーよ!」


 と、一人でツッコんでいたところ、またも他の客が通りかかった。


 黒い和服を身に纏った、一組の若い男女。彰人の姿を捉えるなり、不気味な笑みを投げかけてきた。


「“棒”と“タマ”がどうしたって?」


「欲求不満なら私達が遊んであげましょうか」


 絵になりそうな美男美女だが、まるで地獄の統治者のごとく危険で妖しい(怪しい)オーラ全開だ。


 男は後退りする彰人の手を掴み、ニヤリと口元を吊り上げた。


「後ろ手と前手、どっちがいい?」


 言いながら、たすき掛けの麻縄をシュルっと解いて両手に構える。


「ちょっ…何するんだ…!」


「アブノーマルプレイは初めて?」


 彰人の背にふわりと身を寄せ、女が耳元で囁きかける。


「せっかくだからあなたに実験台になってもらおうかしら…」


 女の手に握られた注射器を見て、彰人はヒッと悲鳴を上げた。


「おい、やめろ!なんだその怪しげな注射器は!」


「大丈夫よ。ただの催淫剤だから」


「ふっ…ふざけるな!」


 彰人は二人を振り払い、身を守るように両手で自分の身体を抱きしめた。


「なんなんだ、あんた達はっ!」


「何って、このペンションの特別サービススタッフさ」


 男女はふっと微笑み、事も無げに答えた。


「俺は緊縛師の恭也キョウヤ


「私は媚薬師の佳月カゲツ


「は…はぁ」


「御用の時はいつでもどうぞ」


 怪しげな黒い名刺を残して、二人は去っていった。 


(な…なんだったんだ…)



 彰人はいったん部屋に戻って財布を引き出しにしまい、それからまた部屋を出て一階の食堂へ向かった。

 まだ少し早いが、他にやることもないので夕食を食べることにした。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれたのは、白いフリルのエプロンをつけた黒髪の清楚系美少女。


 天使のような愛らしい微笑みは、一瞬にして彰人の心を鷲掴みにした。


「一名様ですか?こちらのお席へどうぞ」


 娘は彰人を窓際のテーブルへいざなった。


 メニュー表を眺めるフリをしながら、彰人はしきりに彼女の顔をチラチラと見ていた。

 高校生くらいだろうか。整った顔立ちには、まだ少し幼さが残っている。おそらく冬休みのアルバイトか何かで来ているのだろう。

 

「じゃあ、チキンのハーブ焼きとハーブパンを頼もうかな」


「はい、畏まりました」


 ニ十分後、娘が料理を運んできた。


「おまたせしました~!」


 目の前に置かれた黒焦げの塊に、彰人は絶句した。


(なんだ、この暗黒物質ダークマターは…?)


「すみません、盛り付けのセンスなくって…」


(“盛り付け”以前の問題じゃないのか?)


「お皿の余白と料理のバランスを調整するのが難しくって…」


(そっちじゃなくて、オーブンの火力調整の方をどうにかしてくれ…) 


「ではでは失礼致します!」


 娘はペコリと深く頭を下げ、小走りで持ち場へと戻っていった。


「これ…どうやって食べればいいんだ?」


 と、料理(?)を睨みつけていたその時――――


 ふいに彰人は背筋に悪寒を感じ、椅子から立ち上がった。


 食堂内を見回してみるが、自分以外に客の姿はない。 


 だが彼は、確かに視線のようなものを感じたのだ。


「どうかなさいましたか、お客様」


 朗らかな声に呼びかけられ、彰人はハッと我に返った。


 右手に果物かごを抱えた、爽やか系のイケメンが立っていた。


 当ペンション『蜜柑荘』の若手オーナー、レイである。


「いえ…なんでもありません」


 ぼそりと答え、彰人は席に着いた。


「なるほど、失恋か。それは辛いね…」


 怜は一人で勝手に解釈し、さりげなく彰人の隣りの席に腰掛けた。


「あ…あのう…」


「ちょっと待っててね」


 怜はにこやかにそう告げると、おもむろに胸ポケットから彫刻刀を取り出した。


 次いで籠の中からミカンを一つ手に取り、その果皮を彫刻刀で削り始める。


「よし、出来た!」


 そう叫び、怜は彰人の手にミカンを握らせた。


 渡されたミカンの表面には、何やら三桁の番号が刻まれている。


「僕の寝室の部屋番号だ。僕でよければ…慰めてあげるよ?」


「……あ、いえ、お気遣いなく…」


 一応愛想笑いを返しておいたが、若干口元が引きってしまった。


(このペンションには変人しかいないのか…)


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