第30話 ルシフェル

 昼食会は立食形式で、入れ替わり立ち替わりの挨拶合戦で、あまりゆっくり食事も会話も楽しめなかったが、僕達への関心と期待は凄く伝わってきた。


 皆んなはまだ知らないけど、僕はこれからが戦いの本番だと知っている。

 身が引き締まる想いだった。


 昼食会が終わり晩餐会迄、自由時間となった。

 ユイリ達は王都校の生徒達につかまり、クラスメイトは王都校生と交流中だ。

 僕も王都校生に捕まっていたが、王都を散策の誘惑に負け、頃合いを見計らい隠密結界で抜け出してきた。

 そこに同じく抜け出してきたレイラがいたので、一緒に王都を散策することにした。


「やっぱりテレキャスとは全然違いますね」


「テレキャスは栄えてると言っても地方都市だからな、国の首都である王都には敵わないさ」


 確かにレイラの言う通り大都市であっても首都との差は大きい。それは日本でも同じだ。


 通りを進んでいくと一際大きな人集ひとだかりを見つけた。


「何があるのですかね?」


「何だろうな、何か催し事かもしれんな」


 近付いて行くと、体躯の良い男達が大半だった。


「おい! そんなヒョロヒョロに負けんなよ!」


「当然だ!」


「勝ったら奢れよ!」


「おう! 任せとけ!」


「レディ————ゴ————!」


 何かと思えば腕相撲で盛り上がっていた。

 参加料5千エンで、勝てば10万エン貰えるらしい。


(そりゃ盛り上がるよな……)


 主催の男は僕と似た様な体付きで、強そうに見えない。

 対戦相手は見るからに力自慢のマッチョ。


 聞けばこの主催者の男、さっきからこのタイプのマッチョ相手に、連戦連勝しているそうだ。


「ぐぐっ……」


「おい押されてるじゃねーか!」


「こいつマジ強ええええ……」


「ぐあぁぁぁぁぁぁっ」


 主催の男の連勝記録が伸びた。


「おーい誰か挑戦しないか?」


「あいつが負けたんじゃな……」


 先ほどの男の敗北で皆んな尻込みしているようだ。


「ん、兄ちゃんどうだ? 背格好も俺と似てるし、やってみろよ」


「え」

 ご指名を受けてしまった。


「面白そうじゃないかアル、やってみてはどうだ」


 レイラも同調する。


「えーでも……」

(ステイタス1万倍がなぁ……)


「まあ、良いではないか」


「彼女もそう言ってるんだし、ここはやるしかねーだろ?」

 

「そ、そ、そ、そうだぞ……わわわ私も見てみたい!」

 彼女というセリフにレイラがわかりやすく動揺した。


(退きにくくなっちゃったな……)

「わかりました」


「お、そうこなくっちゃ!」


 対戦台は酒樽だった。


 僕達はガッチリと組み合った。


「…………」

(うん?……)


「誰か掛け声頼む!」


「レディ————ゴ————!」


 開始前まではステイタス1万倍をどうしたものかと考えていたが、対戦が始まった瞬間、その考えは頭から消えた。


(くっっっ!強い!)


 手加減している余裕なんてなかった。

 体勢を立て直すの必死だ。


(なっ…何者だ!?)


「だぁっっっっっ!」


 僕が渾身の力を込めると、取り組みはイーブンに戻ったが、対戦台の酒樽が木っ端微塵になってしまった。


「あはは、なんだお前、凄げーな」


「まさか、こうなるとは……思いませんでした……」


「引き分けでいいよな?」


「はい」


「2人とも凄いな……」


「ほらよ」


「ん?」


「引き分けだから半額の5万だ」


「いや、それはいいですよ」


「遠慮するなって」


「いいから、いいから、貰っておけって」


「そうですか……」


「なあ兄ちゃん、その代わりと言っちゃ何だが、ちょっと飯でも食いながら話ししねーか?」


「いえ、そう言うことならお返しします。

お昼はもう済みましたし、連れもいますので……」


「彼女も一緒でいいじゃないか」


「わた、わた、わとあしはまだ彼女ではないぞ……」

 盛大に噛んでます。


「細かいことは置いといてさ、行こうぜ」


「今日は、この後もまだ予定がありますので……」


「久し振りなんだから、いいじゃねーか」


「えっ」


「お前クロノスだろ?」


「え」


「あ……あなたは?」


「ルシフェルだ」

(ルシフェル……ルシフェルって確か僕の世界では……魔王サタン?!)


「わかりました、行きましょう。

レイラ、いいですか?」


「私も行って良いのか?」


「ルシフェル、いいですか?」


「さっきも言ったじゃねーか、いいぜ、クロノス」


「だそうです」


「クロノス? アルのことか?」


「そうみたいですね」


「悪りーな今日は店仕舞いだ、また今度な」

 

 酒樽の片付けを済ませ、僕達はルシフェルに連れられ王都の中心にあるオープンカフェに来た。


「ここでいいか?」


「僕は別にどこでも構いません」


「私も構わぬ」


「酒でいいか?」


「はい、お洒落な店ですね……」


「だよな、俺も何となく気に入ってんだよ」


「私は、その珈琲にしておく……」

 乱れるからですね。


 オーダーはルシフェルが通してくれた。


「早速ですが、単刀直入に聞きます」


「おう」


「ルシフェルは魔王サタンですよね?」


「ああ、そうだ」


「まっ魔王だと!」


「レイラ、静かに」


「あ、う、うん」

 魔王というワードで騒がれるのはよろしくない。


「あなたの復活は、5年後だと聞いていましたが?」


「情報通だな、それも間違いじゃない、5年もあればフルパワーになるだろうからな」


「な……なぜ、魔王がこのような所に居るのだ!」


「レイラ……しーっ」


「レイラちゃんに分かるように教えてやれよクロノス」


「恐らく……安全だから……ですよね?」


「ご名答、流石、クロノス」


「今、俺とクロノスが戦えば、どちらが勝っても王都が消滅するからな」


「王都そのものが人質なのですね……」


「なっ……なんだと」


「そういうことだ、まあ昔のクロノスなら、それでも仕掛けて来ただろうがな、今のお前には無理だろ?」


「よくご存知で……」


「俺は時が来るまで、ここでのんびり過ごしている」

 なんだか想像していた魔王じゃない。ギャップが激しい。


「ルシフェル、あなたの目的は何ですか?」


「うーん」


「ぶっちゃけな、俺個人としては目的なんか無いんだわ。だからお前らとこうやって、馴れ合ってるのも別に嫌ではない」


「え」


「言っとくが、パズズやアバドンは俺に許可を得ず、勝手に動いただけだからな、俺は世界征服にも興味は無い」


「なんだと……」


「それは、同じ道を歩めるということでしょうか?」


「残念ながらそれは無理だ」


「なぜですか?」


「全てを無に帰すことが俺の役目だからな」


「全てを無に……だと……」


「もしかして、闇魔法ですか?」


「なんだクロノス、お前色々賢くなったな!」


「それはどうも……」


「まあ、元々お前は話しするタイプじゃなかったしな」


「そうなんですね」


「厄介な堅物だったんだぜ……だがクロノス、一つ訂正しておく」


「何でしょうか?」


「俺がフルパワーになるには5年かかるが、1年後には、お前との決着をつける」


「え」


「な!」


「いや、だってな、5年経っても持久力がつくだけで強さは今とそんなに変わんねーんだわ……流石にそこまでは待てねーからな」


「待てない?」


「お前、本当に白々しくなったな……もう分かってんだろ?」


「闇魔法はもう完成しているのですか?」


「そうだ……お前は悪知恵が働くようになったんじゃねーか?」


「いやぁ……僕は元からこんな性格ですよ」


「まあそれだけじゃないが、1年待ってやるからその間に、その中途半端な状態をどうにかしろ」


「中途半端?」


「またかよ、また分かってて聞くのか?」


「いえ……これは……」


「マジなやつか……」


「そうだな、お前がクロノスであることは間違いない。

さっきの腕相撲でもクロノスの神力をビンビンに感じたからな」


「だが、お前達は分裂している。ひとつの魂じゃない」


「分裂?……」


「俺が待ってやる最大の理由だ、クロノスは時間を支配する神だ。

半身のお前だけを倒しても、もう半身のヤツに時間が戻されるかもしれん。

そうなると俺もジリ貧だ。」


「それ僕に有利な情報だと思うんですが……」


「かも知れん、だが、さっきも言った通り俺に目的はもう無い」


「…………」


「今度こそ決着をつけるぞ、クロノス」


「はい……」


「ルシフェル、かなり今更なのですが、僕のことはアルと呼んでください」


「本当に今更だな……おい」


「いや、自分の事じゃないみたいで、話しが入ってき難いんですよ」


「わかった、でもそう言うことは早く言えよ、アル」


「今度からそうします」


「俺はずっと王都にいる、猶予は1年だ。戦える準備ができたら、俺を探すか、呼び出してくれ」


「念話でいいんですか?」


「ああ、お互いを認識した神同士ならできるはずだ」


「わかりました、では1年後に決着をつけましょう」


「おう」


「あの……それまでに不明な事があったら聞いてもいいですか?」


「俺が魔王サタンだって事を忘れない程度にしてくれよ」


「それは助かります。事情を知っている数少ない人ですからね」


「まあ当事者だからな」


「今日は、後の予定もありますので、この辺で失礼します」


「おう、またなアル」


「またです、ルシフェル」


 僕とレイラはカフェを後にした。


「大変な事になりましたね」


「というか……私は理解が追いつかん……」


「日を改めて皆んなが居る時に、じっくり話しますよ」


「そうしてくれ……」


 魔王との対決が1年後と決まった。もし僕が間に合わなかったら、世界が滅びてしまうかもしれない。

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