それはひみつです
紫(ゆかり)
第1話 突然の告白
口をぽかんと開き、目を見開く。全く話を理解できないまま、真正面で机に頬杖をついている幼なじみの
「はい?」
私は不自然なほどに首を傾げる。馨の顔はいたって真剣だ。だから、と口元をゆるませ、馨は視線を逸らす。その頬はほんのり赤く染まっていて、私は思わず吐き気をもよおした。
「彼氏ができたんだってば」
彼氏。彼氏って、あの彼氏か? 驚き動揺している私をよそに、馨は幸せを隠しきれない様子でにこにこしている。私はどくどくとうごめく胸に手を当て、頭の中で脈を測った。大丈夫、まだ死んでいない。死にそうだけど。
「前から好きで、彼もそう言ってくれたから思い切って告白したんだ。そしたらオッケーだって」
「ままま待ってよ、じゃあ、相手も馨のこと本気で好きってこと?」
「もちろん。そうでなきゃ付き合わないでしょう」
にこりと笑みを深め、馨は私の目をまっすぐに見た。
「なずなちゃんは大切な幼なじみだから、誰よりも先に報告したくて。放課後、彼を紹介するね」
口元が激しく引きつる。仲のよい幼なじみに恋人ができた。喜んであげたいのに、私はその場で固まることしかできなかった。馨は昔から、実にしとやかな子だった。スポーツよりお絵かきや読書が好きで、いじめっこにちょっかいをかけられても、「もう、本当に仕方ないんだから」と笑って許して。そんなのんびりとした人柄は周りに愛され、友達はもとから多かったのだけれど、特に私とは一番仲がよかった。ずっと一緒にいた。馨についてなら、大抵のことなら知っているだろうと自惚れてもいた。
そんな自分に、パンチの一つでも入れてやりたい気分だ。
授業始まるから行くね、と馨は自分の席に戻っていった。あっさりと。その背中を見つめてから、私は机に突っ伏す。崩れ落ちたと言ってもいいかもしれない。
彼氏。馨に彼氏ができた。なぜ? だって。
――馨は男なのに。
疑問は消えない。短時間で色々と考えすぎたせいか、疲労を感じて頭を押さえる。
そう、幼なじみの築島馨はれっきとした男だ。性格だけではなく、見た目も多少中性的ではあるが、女と間違える人はまずいない。そんな馨に、彼氏ができたという。彼氏ってことは、相手も男だということだ。その事実こそが、私の動揺の理由だった。知らなかった。馨が同性を愛せる人だなんて。
どうしよう。応援するのか、反対するのか。私はどうするべきなのだろう。分からない。
午後の授業は全く集中できなかった。ノートをとる手は震え、先生の話は右耳から左耳へ抜けていき、ただただ馨の後姿だけを見ていた。
放課後、とりあえず教室から足早に立ち去った。逃げたとも言う。だって、紹介なんてしてほしくない。馨の彼氏になんて、会いたくない。
先生たちの視線も気にせず、前もほとんど見ずに廊下を走っていたら、誰かにぶつかった。「ごめんなさい」と言って相手の顔を見る。
「
「なんだよ、
志賀くんは学校一のいい男だと噂の人だ。クラスは違うが、彼は馨と委員会が同じで仲がいいので面識がある。人並み外れてかっこいいけれど調子に乗っているというような印象はなく、謙虚でよく気が利く人で、女子生徒たちから人気が高い。
「そんなに急いで、どこ行こうとしてたんだよ」
「誰にも会わなくていいところ」
なんだそりゃ、と志賀くんは苦笑した。
「まあ、俺も急いでたけどな」
「志賀くんはどこに行こうとしてたの?」
「二組の教室」
二組。私のクラスだ。誰かと、待ち合わせでもしていたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、後方から馨が慌てた様子で走ってくるのが見えた。
「なずなちゃん! どうして行っちゃうの? 約束したでしょう」
一目散に逃げ去ろうとする私の肩を、がっちりと志賀くんが掴む。そして、涼しい顔で、
「
馨に向かって言った。背筋が凍る。ということは、馨と志賀くんは待ち合わせしていたということ。そして。
「なずなちゃん。志賀くんが」
愛想よく笑う馨は、次の瞬間、周りに聞こえないようにと私の耳元で衝撃の言葉を放った。
「僕の彼氏です」
深い深い穴に、突き落とされたような気分だった。
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