第22話 ヒッチハイク

 恭子さんが、彼氏の実家に初めて挨拶に行った時のこと。


 彼氏の実家までは、車で山道を越えていくのが一番早いという。恭子さんはまず彼氏のマンションに行き、そこから二人で彼の車に乗って実家に行くことになった。

 よく晴れた日だった。紅葉のきれいな時期で、山道のドライブは楽しかった。

 音楽を聴きながら助手席で窓の外の景色を見ていると、行く手に人が立っているのが目に入った。

 ガードレールの向こう側に、髪の長い若い女性が立っている。

「ねえ、あの人……」

 運転している彼氏に話しかけたが、スピードを落とすことなくその前を通り過ぎた。

「ちょっと、女の子が立ってたよ? 何かあったんじゃない?」

 緊張も手伝ってか、少し強い口調になった。

「恭子もあれ見えたんだ。俺、何度もこの道通ってるけど、毎回あそこに立ってるよ。そんな奴おかしいだろ」

 彼氏は落ち着いた声でそう答えた。

 慌てて振り返ったが、もう見えなくなっていた。


 ご両親との初対面は、緊張しつつも楽しい時間になった。

 日が暮れてから、同じ道を戻って家に帰った。午前中、女性を見かけたあたりに差し掛かると、どうしても気になってしまう。

 カーブを曲がると、すっかり暗くなった山の中、ガードレールの向こうにさっきの女性が立っている。

 外は暗いのに、なぜかはっきりと見える。

 その時初めて、おかしい、と思った。

 ちらちら見ていると、女性が突然ガードレールからこちらに向けて身を乗り出してきた。

 その様子が、どことなく尋常ではない。

 全身に鳥肌が立った。

 何も言わないうちに、彼氏がアクセルを踏み込んだ。

「ついてくるだろ! 見るな!」

 いつもおっとりしている彼に、初めて怒鳴られた。


 かなりスピードを出していたが、幸い無事に山道を抜けることができた。

 途中でファミレスに寄ったり、コンビニに入ったり、ぐるぐる遠回りをして帰ったので、帰宅した頃には日付が変わっていた。

 車を降りてふと見ると、助手席側のサイドミラーの根元に、黒い髪が何本も巻き付いていた。


 昨年、恭子さんはその彼氏と結婚した。

 義実家には時折足を運ぶが、最近は遠回りと知りつつ、別の道を通っている。

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