笑顔

「……思ったんだけど、何でここでイチャつくの?」


 昼ご飯を食べた後、良平と桃花は自分の部屋に行かずにリビングでイチャイチャしている。


「さっき部屋でしてたら詩織が変な目で見てたし」

「いや、あれはイチャついていたというより、お兄ちゃんが桃花の首に噛みついてただけだよね? 変な目で見ちゃうよ」


 ご飯の用意が出来たから詩織は二人を部屋に呼びに来たのだが、まさか噛みついているとは思ってもいなかった。

 しかも桃花は噛まれているのにも関わらず痛そうにせず、むしろうっとりとした表情で良平の噛みつきを受け入れていたようにも思える。むしろ確実に受け入れていただろう。


「詩織がいないと俺は桃花に噛みつく」

「特殊性癖……」


 あまりどうこう言うのも嫌だけど、流石の詩織もあれにはドン引きしてしまった。

 兄が親友に噛みついている姿なんて見たいとは思わない。


「お兄さんにどんなに特殊な性癖があろうと、それを受け入れるのが私だよ」

「受け入れられる桃花も特殊性癖だよね。普通は痛いでしょ?」

「その痛みがいいんだよ。お兄さん限定だけど」

「まさかの親友がドMだった」


 今日はドン引きしまくっている詩織。

 無理矢理しているわけじゃないから強く言えないが、二人はどう考えても変だ。


「詩織ちゃんは未経験だからわからないんだよ。お兄さんに噛まれた時の快感は忘れられない」


 うっとりとした表情でそんなことを言う桃花。


「詩織ちゃんも彼氏が出来て、噛みつかれたらその快感に目覚めるよ」

「目覚めたくない……」


 噛みついてくるような彼氏は絶対に嫌だ。

 しかも二人は性行為をする前からこうしていたと聞いたし、せめて特殊性癖に目覚めるならした後に目覚めるべきだろう。

 本当におかしい二人である。


「でも、桃花が羨ましいな」


 ポロっとそんな言葉が出てしまった。


「羨ましい? 詩織ちゃんも私と同じ人種なんだね」

「違う。噛まれたいと思ってないよ」


 詩織は決してドMじゃないし、この先もなるつもりもない。

 別のことで羨ましいと思ったのだ。


「だって桃花はお兄ちゃんの感情を引き出した。私は何年かかっても無理だったのに、桃花はたった数日でこうも簡単に……羨ましいよ」


 綺麗な瞳にうっすらと涙がたまっている。

 先日も思ったことだが、本当に桃花に嫉妬してしまう。


「ナンパ避けって名目で外に連れ出したりしたのに、私には何も反応がなかった。兄妹だから変な目で見られても困るけど、少しくらいは感情を出してほしかったのに……」


 桃花がもっと時間をかけて良平の感情を引き出したのならこうはならなかったかもしれない。

 たった数日で感情を引き出したから、詩織は桃花に嫉妬してしまったのだ。


「桃花に向ける感情を少しだけでも私に向けてほしいよ……」


 我慢できなくなったのだろう、詩織の瞳から大粒の涙が流れる。


「詩織……」


 良平はその涙を指で優しくぬぐった。


「俺は詩織に感謝してるよ。詩織がいなかったら俺は間違いなく引きこもりになっていたと思うから」


 唯一の趣味がアニメを観ることであり友達という友達がいない良平にとって、詩織がいなかったら学校にすら行かなかったかもしれない。

 それどころか精神的な病気になっていた可能性だってある。


「お兄……ちゃん?」

「詩織が頑張ってくれたからこそ、桃花が来て俺が変われたんだよ」

「そうだね。詩織ちゃんがいなかったら、お兄さんはまだ私を独占しようと思ってなかったよ」


 感情を向けてほしいということなので、良平は詩織の頭を撫でた。


「だから泣かずに笑え」

「そうだよ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」

「あ……あ……お兄ちゃん、桃花……」


 笑いたいはずなのに、詩織はさらに涙が溢れてしまう。

 顔に出ないからわからなかったが、良平はきちんと詩織に感謝している。


「感謝しすぎて俺が笑っちゃう」

「涙で、お兄ちゃんの顔が見えないや……せっかくの笑顔なのに……」

「まだ若干ぎこちないですけどね。夏休みの時よりかはだいぶマシです」


 まだ完璧とは言えないが、良平はきちんと顔にも表情を出せるようになってきた。

 残念なのは涙で良平が見えないということだ。

 必死に涙をぬぐっても、どんどんと溢れてきてしまう。

 お兄ちゃんの笑顔が見たい……でも、涙が邪魔をして見ることができない。

 悲しくて出ているわけではなく、本当に嬉しくて出てしまう。


「だからありがとう」


 その言葉で衝動的に詩織は良平に抱きついてしまった。

 良平の胸の中で声を出して泣き、今までのことが決して無駄ではなかったんだ……。


「やっぱり詩織ちゃんはブラコンだったんだね。まあ、今日はお兄さんに抱きついても何も言わないよ。これを邪魔できるほど空気読めない女じゃないし」


 今までだったら否定していたかもしれないけど、もう反論できなかった。

 しばらく詩織は泣き止むことができず、ずっと良平の胸の中でこの温もりを感じてたのだった。

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