第35話

 情報によると、ドラゴンは隣国の街を焼き尽くすと、休眠期に入った。……つまり疲れて寝た。

 その間、私たちは壁にぶち当たっていた。わからん!

 近くの人間と通信して『なにか』をしようとしている。

 そしてそこから変数にセンサーの値をぶち込んで繰り返し計算。なにをしてるんだろうか? エネルギーの充填?

 でも直接自然現象を操る魔術にエネルギーは必要ないはずだ。

 しかもこのポート、起動させてもお皿くらいの円みたいな光が現れるだけで、うんともすんとも言わない。

 雷をぶち込んでも貫通するだけ、炎も同じ。水も氷も無反応。闇魔法……と言っても経典に掲載されているのは少し暗くする程度。光の魔法の方がレパートリーが多い。なけなしの闇魔法で円のまわりを暗くすると、円が赤く光った。でもその光は一瞬で消える。たぶんエラーだと思った。確認したら数値もエラーを示している。

 こうなったらリリアナちゃんを呼ぶしかない。光の巫女が必要だ。

 危険は避けたいので、まーくんも呼び出してリリアナちゃんを守ってもらう。ター●ネーターが一人いると心強い。


「お師匠様。リリアナ嬢への盾魔法附加完了いたしました」


「じゃあリリアナちゃん。この円にライトをかけて」


 ライトはその名の通り照明。暗いところを松明よりも心細い光で照らしてくれる。一番簡単な魔法だ。

 今分かっている範囲では、光属性の魔法と言っても、その成否は発声にかかっている。だから誰でも使える。当然私も使える。リリアナちゃんの魔法の才能だって超絶歌ウマっていう意味だ。光の巫女に意味があるのかすらわからない。

 なお闇魔法はちょっとロックっぽい発声……というか演歌の如きこぶしぐるぐる、全力発声なので少し難しい。そして効果がショボいので闇の巫女である私しか使えないし、誰も使おうと思わない。暗くしたり暗くしたり。なんで闇魔法だけ技法が違うのよ。

 なお私の光魔法ではエラーが返ってきた。つか光の巫女と闇の巫女ってなんなの?

 と疑問だらけの脳内で悩みながら、作業をする。

 リリアナちゃんが、超絶セクシーボイスでライトを唱えると円が青白く光る。成功だ。惚れてまうやろが!


「ありがとう。この結果をふまえて……」


 ばちんッ!

 音がした。

 次の瞬間、円から手のような形の黒い影が現れた。


「お師匠様!」


 まーくんが、私たちへもう一つ盾魔法を附加する。

 それで防御できる……はずだった。

 ばちんッ!

 影は手を伸ばし、手は盾を貫通する。

 私だってスポーツ系とは言え武術家のはしくれ。影が貫通してくる前に電気で身体のまわりを覆う。

 物理的な現象なら感電して動けなくなるはずだ。

 さらに私は闇魔法も使う。ショートカットに登録してなかったので発声でだ。

 こぶしを回しながら唱える。急ぎまくっているのでハードコアみたいな曲になっている。

 影は電気の膜を貫通する。物理的存在ではなかったか!

 でも次はどうだ!

 闇魔法。ただ光を消すだけ。光がエネルギーなら闇で消せるんじゃないだろうか。

 だけど影は闇すら貫通する。

 だが甘いのだ!


「悪役令嬢アッパーカットゥゥゥゥゥゥッ!」


 ぶんっと闇の力をこめてぶん殴る。これならアンデッドでも滅ぼせる!

 すっかー。

 でも現実は甘くはなかった。私のアッパーカットは空を切った。だめじゃん。大恥だよ!

 まーくんが盾魔法で影をぶん殴る。でも盾は素通りする。


 そして影が私を貫いた。


 リリアナちゃんの悲鳴が聞こえた。私は崩れ落ちる。前受け身で顔面の強打だけはなんとか避ける。

 でも意識が遠のいていった。ああ、眠い。なんでこんなに眠いんだろう。

 死ぬのかな……心臓が止まったら、自動で電気ショック開始っと。最後の力を振り絞って、もしもの時のために電気ショックをオーダーする。

 じゃあちょっと寝るわ。きゅう。



「ばっかもーん!」



 いきなり怒鳴られた。

 私は飛び起きる。

 だけどそこは見覚えのない部屋……いや空間だった。

 遠くに火星が見える。なんだろう。この昭和感あふれる壮大な空間。


「ええい! この魔術は未完成。使い捨てのものだ。二度と使ってはならんと言っただろうが! まったく、あとで改良するからとか調子のいいことを言いおって。なんだあの経典は。私が書いたままで発展してないじゃないか! 君らはどこまで愚かなのだ!」


 さっきからプリプリ怒っているのは自衛隊っぽい服を着たおじさんだった。式典とかに出る偉い人のあの格好。

 久しぶりに日本人ののっぺりした顔を見た。実になつかしい。


「おじさん自衛隊の人?」


 私が聞くとおじさんはかくんと口を開ける。

 なんとなく同郷のためか自然とため口になっていた。おじさんの方も指摘もしなかった。


「に、日本語。き、君は日本人かね?」


「うん。元日本人でこっちで生まれ変わったんだ」


「そ、そうか。それはたいへんだったな。いや日本人に会えるとは思わなかった……君が今代の闇の巫女なのかね?」


「みたい。でもさ、そもそも闇の巫女ってなに?」


「このプログラムの実行権限を持ったユーザーだ」


「じゃあ光の巫女は? 友だちなんだ」


「光の巫女は……エネルギー媒体だ」


「どういうこと? いや、ちょっと待って、おじさん誰?」


「私はこのプログラムのチュートリアルプログラムだ。システムには人格の一部を残す機能があって、私は警告のために生前の『私』が残したものだ。闇の巫女よ。このプログラムは不完全だ。本来なら蜘蛛の巣状にネットワークを構成して分散処理をする予定だった。だがそれは間に合わなかった。今のプログラムでは光の巫女を中央に集線するしかなく、その結果……」


「ちょっと口ごもらないでよ!」


「処理のために光の巫女の寿命を削ることになった」


「ちょっと! どのくらい削るの!?」


「一度使用すれば、残り寿命は10年というところだろうな」


 ちょっと待って!

 ドラゴン騒ぎの一年後がエンディングだ。

 つまりエンディングから9年後にリリアナちゃんは死ぬ。

 アーサー大喜び。ふざけんな!


「バカじゃないの! なんでこんなプログラム作ったの!」


「しかたなかったんだ! 当時はドラゴンがすぐそこまで迫っていて、これしかなかったんだ! だからこのプログラムは改良して廃棄するように頼んだのだ!」


 ……改良しようとしたんだけど、文化が追いつかなくて誰もできなかったんですね。よくわかります。

 ふざけるな!

 なんだこのダメなシナリオ!

 私の破滅なんかよりも、ハッピーエンドはもっと不幸じゃないか!

 そこで私は気がついた。


「あん? じゃあ、なんで私がいなくても起動したの?」


 そうだ、おかしい。ドラゴンのイベントでは私が積極的に参加した記憶はない。

 いやテキストベースだから描写されなかっただけで、私が地味に活躍してたのかもしれないけどさ。


「闇の巫女がいなければ起動はできん」


 じゃあやっぱり、ゲームでは触れられてないけど、私はいたのか。

 アーサーに騙された? うーん、私しか知らないはずだし根拠が弱い。それだったら、適当につき合えばよくて、私を殺す必要ない。一応確認するか。拳で。

 関節の一本や二本は覚悟してもらおう。アーサーのアキレス腱引きちぎってやる!(できる悪役令嬢)


「他にこれを知っている人は?」


「注意事項は剣に彫ってある」


 はい、誰も読めない。

 たぶん古語とかそういうもので、すでに使われていない言語なのだ。

 エラーが出た行が注意事項だったと思われる。そういう記述やめて。誰にも伝わらないから!


「えーっと、つまりあなたは注意喚起のためだけに存在すると」


「そうだ。あのプログラムはドラゴン侵攻時にその場しのぎで作ったものだ。使い方を教えはするが、同時に『使うな』と注意喚起をしている。もっとも今までやめたものは存在しないがな。どいつもこいつも簡単に死を選ぶのだ! そんなことのためにプログラムを組んだんじゃない!」


 おっちゃんは本気で怒っていた。

 なんだか好感を持った。いいおっさんじゃん。


「だったらさ、おっちゃん仕組み教えて。一から組み直すから。私はマルチコアとブロックチェーンの時代からやって来た女だよ。分散処理は得意だぜ!」


 ようやくこれを断言できる。コンピューターでもハードウェア系の技術者でよかった。なんとかわかる。

 今まで建築や化学系が羨ましかったけど、これは私にしかできない。


「とうとう約束の巫女がやってきたか……。ありがとう。君の脳に仕様書と実験ノートを送る。光の巫女を救ってくれ」


「おうよ! おっちゃん、今度こそ誰も傷つかないプログラムを組んでやるぜ!」


「楽しみにしている」


 んじゃ、またねー!

 私の意識が途切れ、目がぱっちりと開く。

 手を握るのは目を赤くしたウィルだった。


「ちーっす……」


 喉がカラカラだ。

 ウィルは私を二度見する。


「よかった」


「悪い……心配かけたね。水取ってくれる。喉渇いた」


 恥ずかしかったのかウィルは顔を背け、私に水を渡した。

 水を飲んだら少しむせた。


「げふッ……あれからどのくらい寝てた?」


「二時間ほどだ。お前が起きないんじゃないかって怖かった」


 ちょっと恥ずかしい。

 だから話題を変える。


「あの影は、聖剣に仕込まれたプログラムだった。プログラムは不完全。あれはドラゴンを倒すためのプログラムで、起動には私が実行して、リリアナちゃんの寿命を捧げることが必要みたい」


「じゅ、寿命! おい、どうするんだ!?」


 私は指で自分の頭を軽くたたく。


「プログラムの仕組みはここ。見てて、誰も死なないように一から組み直すから」


 そうだ。このふざけた運命を変えてやる。

 私はコケにされたまま黙ってる人間ではない。

 それがドラゴンだろうがプログラムだろうがね。

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