第百三十五話 Pray
「なんだ?」
「動かなくなったぞ。」
「死んだのかな…?」
人々が不思議そうに空を眺めている。ユーデアーラ・ディストピアの巨大な牙が突如上下しなくなったからだ。まるで時が止まったかのように。
『今は安心してくれ。』
俺が通信で叫ぶと、人々はその声の方を見た。現地には俺とサリアが映った映像が流れているはずだ。
『落ち着いて聞いて欲しい。今は時を止めている。私のーーー』
もう、取り繕うのは、いいだろう。
『俺のこのヘルマスターワンドで、この星の時間だけを止めた。だが長くは保たない。やがてこの時間は流れ出し、そしてあの巨大な化物が、この星毎飲み込むだろう。』
中継先の人々の映像はこちらにも伝わっている。ーーー不安そうにしながらパニック寸前の人々の様子が。
「バカ、不安がらせてどうするの。」
サリアが小声で言う。仕方ないだろ。ここで嘘ついても良いことないだろう。全部曝け出した方がいい。
『落ち着いて聞いて欲しい。正直に言おう。このままいけば、この星は終わる。皆の命も失われる。それを否定することは出来ない。』
更に人々が恐怖に怯え始めた。
『あ、安心して。それを回避する方法も、あるわ。絶対、とは断言出来ないけれど。でも、何とか出来るかもしれない方法が、あるの。』
サリアが続けた。
「……それはなんですか?」
民衆の誰かが尋ねた。俺は答えた。
『俺達を心の底から信じてもらうことだ。』
なんか宗教みたいなフレーズだが、嘘じゃないのだから仕方ない。
『あの化け物は、この世界への恨み・妬みをもとに大きくなった。そして莫大な量の魔力を抱えて、この星へとやって来たの。この星を食うために。だからそれを撃退するには、それに対抗出来るだけの魔力と、意思が必要なのよ。』
「意思って…言ったってなぁ。」
「どうしろって言うんだ…。」
『心の底から俺達魔王を、勇者を、信じて欲しい。声を上げてほしい。助けを呼ぶ声を。それがきっと、俺達に力を与えてくれる。俺はそう信じる。だからお願いだ。俺達に、』
『アタシ達に、』
『『力を貸して欲しい。』』
そう言って俺達は頭を下げた。
「……とは言ってみたものの、大分突拍子もない話だったんじゃないの?」
「…………まぁ、な。」
正直に話してはみたが、なんのことか分からん人々も居る気がする。
「そう言われても…。」
「あの化け物をなんとか出来るのかねぇ…?」
実際人々は口々にそのようなことを言っている。半信半疑というか。まぁあまり信用していないような感じである。映像からその様子が伝わってくる。
どうしよう。
「信じ、ます。」
そう思っていると、ある少女が、声を上げた。……見覚えがある。随分前に会ったような気がする。数年は経過しているのだろうか。記憶の姿とは大分異なっていたが、面影があった。
「昔、わたし、魔王様に、助けてもらいました。」
彼女が言葉を紡ぐ間、人々の叫びは止まっていた。
「魔王様が、心を入れ替えてから、すごく、魔界の生活は、よくなったと、思います。魔王様が、やるといったら、きっと、やってくれると思います。ーーーだから。だから、魔王様を信じます。魔王様ならきっと、きっと……きっと、救ってくれるって。」
「私もだ。」
エスカージャ殿が自然界から通信を挟んできた。イレント達がおぞおぞと横で映っているかどうかの確認をしている。彼らのお陰だろう。
『魔王エレグ殿が、勇者サリア殿がいなければ、魔界と自然界は戦争状態、今も血で血を洗う戦をしていた事だろう。今こうしていられるのは、彼らが居てくれたからだ。彼らを信じずして何を信じようか。今信じずして何時信じようか。今こそ人々の、いや、全ての命の心を合わせる時だ。』
『そうだ。我ら全員が一丸となり、この絶望を打ち砕くのだ。』
ファーラ=フラーモ達が割り込んできた。
『私達はエレグとサリアを信じますブヒ。』
『せや。あたいらが皆心を一つにせな、この難局は乗り切れまへん。』
『拙者達皆が彼の者らを信じることで、』
『希望の光が見えるというものじゃ。』
『信じられないぃー、気持ちもぉー、分かるがぁー、』
『今だけは、心を合わせるざんす。』
彼らの言葉に、各国の王達も頷き、そして人々もだんだんと落ち着きを取り戻していった。やがて、人々の間から、声が漏れ出した。
「願えば、いいんだよな?」
「心の底から。声をあげれば。」
「…魔王様…助けて…。」
「…勇者様…お願い…。」
次第にその声は大きくなっていく。まるで波紋が広がるように。
『オーケーオーケー!!さぁ、皆、Let's pray!!』
『魔王エレグと!!』
何時繋いだのか分からないがボーガン公や、
『勇者サリアに!!』
シュミ=タ王までが割り込んできた。
『『『『『『『『我ら全ての命の祈りを捧げるのだ!!』』』』』』』』
「魔王様…。」
魔界の人々の祈りが、
「勇者様…。」
自然界の人々の思いが、星を廻る。
木々が騒めき、大地が畝り、星の至る所が光り輝く。
人々だけではない。魔獣だけでもない。
魔王城から見える全てが、空、つまり自然界も含めて、光に包まれた。
眩しくて、目を瞑りそうになる。でも、瞑ることは出来なかった。この光の全てを、守らなければいけないのだから。俺達はじっと、その輝きを目に焼き付けていた。
『頃合だな』
『出番だな』
そして星の上に浮かぶリファとデアスの手を通り、魔界城上に開いた大穴から、俺達に降り注いだ。
正確には、俺達のバロットレットに。
「バロットレットに光が…。」
「意思、意志の力の結晶…だから…かしら。」
不思議に思いバロットレットを見つめる俺達の耳元に、ファーラ=フラーモの叫びが轟く。
『我らの魔力も!!』
『『『『『『『『届け!!』』』』』』』』
そして、プロトバロットレットから膨大な魔力が溢れ出し、人々の思いと同時にバロットレットへと降り注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます