第百二十一話 償い
それから数日後。
凍結したゴブリン・ザ・キングの警備に当てた兵士から、連絡が来た。
「え?ボーガン公が?」
「はい。毎日でホネ。」
ボーガン公が毎日、フルモ=トーンドロの元へ行き、許しを乞うているというのである。
確かにあの時、「自分に出来る事をする」と言っていた彼だが、具体的に何をするかは話してはくれなかった。
それがこのような事だったとは。
「黙っていてくれとは言われたのですが、連日、雨の日もなので、どうしたものかと思いましてホネ。」
「……どうしようなぁ。」
あの怒りが解けるとは、俺には正直思えなかった。止めるべきか、それとも。俺は少し考えたが、答えは出なかった。
「あの凍結が解けるのは何時なの?」
サリアの問いに俺は答えた。
「ちょうど一週間で一度解けるように設定してる。明日だな。」
「明日ねぇ。じゃあ明日行ってみる?」
「そのつもりではある。ボーガン公にもその時話を聞いてみよう。」
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私はアーチェリア公国のボーガン。人々を守る立場にある。公務も多数抱えている。今も私が見なければならない書類は幾つも机の上に積み重なっている。
だが私は、それを一旦無視して、毎朝この街外れの鬱蒼と生茂る木々の間を歩き、巨大な氷のオブジェの元へ行脚する生活を営んでいた。
これで七日目だ。
近くにいる魔界の兵士達には、また少し席を外すように頼んだ。初日は拒まれたが、頭を下げて誠心誠意頼んだせいか、今ではすんなりと退いてくれるようになった。
さて。
眼前には氷漬けの雷神、ハクイとか言う服を着た小鬼が氷漬けになっている。横には巨大な鬼が、こちらも氷漬けになっているが、用があるのは小鬼の方である。
「フルモ=トーンドロ様。また参りました。こちらは、御供物になります。」
私はフルモ=トーンドロ様の前に積まれた、日持ちする食べ物ーーー私が持ってきたーーーの上に、更に重ねるように、今日は干し肉を置いた。
「うちの国の名産です。ーーーあなた方に守られた、牛達で作ったものです。どうか、氷が溶けましたら、御賞味ください。」
私は跪き、小柄な彼よりも頭を下げるようにしながら言った。
「まだ、お許しになられていないかとは思われます。当然の事と思います。千年近く抱き続けたその思い、私には推し量る事すら出来ません。その思いがこのような事で消えるわけが無いという事も、また理解しております。」
氷の中の彼は表情を変えない。
「ですが私達は、貴方達鬼達を追放・迫害してしまった過去を、今は悔やみ、そして教訓として学んで、日々の生活に活かしております。…この事を許してくれとは申しません。ですが、同じ過ちを繰り返さないよう、徹底しております。ーーーどうか、どうか。今はまだ、見守って頂けないでしょうか。ーーーよろしく、お願い申し上げます。」
そう告げて、再び頭を下げる。そして立ち上がり、更にもう一度。頭を下げて、そして場を去る。
同じ事を毎日している。彼も聞き飽きたかもしれない。
だが私に出来ることはこれしか無い。
結局は、過ちを繰り返さないようにするしかないのだ。
金で解決する問題でもない。向こうは命を要求している。だがそれを捧げるわけにもいかない。私は今生きる民を守る事が使命なのだ。であれば、出来る事などない。精々、ただ頭を下げる事しか出来ない。
それで怒りが収まらないのであれば。もうこの私の命を捧げるしか無いのかもしれない。
私は半ば覚悟を決めていた。
「そういう事でしたか。」
誰かの声が聞こえて、私は振り返る。そこには先日助けてくれた魔王、秘書……今日はちゃんとした姿だ、それとサリア殿が居た。
「あ、ああ。聞かれていたのか。どこから?」
「最初から。ちょうど今日、この氷が解ける日だったのです。」
「そう、か。つまり、ここに来たのは?」
「ええ。彼の様子を見に。それと、貴方の。」
どうやら、誰かから私の様子の話が耳に入っていたらしい。
「はは、バレていましたか。いやはや。……これくらいしか思いつかないものでね。」
自虐的な言葉を吐くと、魔王は首を横に振った。
「ご立派だと思います。」
「いや……元を正せば私達の先祖が犯した罪だ。立派と言われる程のことはしていないよ。」
そう言って、少しの間沈黙が流れた。
それが破られたのは、シュウシュウという何かが溶けるような音であった。
私と魔王、そしてその場にいる全員が、その音の鳴る方を注視した。
フルモ=トーンドロとゴブリン・ザ・キングを包む氷が溶ける音であった。
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