第百十二話 これ本当に魔王の仕事?

 アイツはきっと今も魔王としての職務をこなしている。アタシも、勇者として出来る事をするんだ。


 …魔王としての職務をこなしている…


 …魔王としての職務…


 …魔王…職務…


----------------


「ぶぇっ……」


 くしゃみをしそうになった瞬間、ジュゼが急いで俺の口を塞いだ。ゴムの匂いが鼻に漂う。


「ダメです、それはダメです。」


「く、く、ぐぅ。」


 我慢した。後でしよう。



 これ以上物音を立てないように、静かに、静かに歩く。


 俺達は今諸事情によりゴムスーツを着用している。これのお陰で姿は消しても、音は消えない。下手に何処かに擦ればキュッという音が鳴るかもしれない。…音を消す魔法は無い。音を出せば、ここを徘徊している警備のゴブリン族に見つかってしまう。俺とジュゼはゆっくりと、警備員に見つからないように、廊下の端を歩いていた。


「……なぁ、これ魔王がする仕事じゃないよな。」


「お静かに。」


 俺の愚痴をジュゼが静かに諫める。はい。俺は軽く答えて前に進む。




 何をしているか。それはまず数日前に話が遡る。



 フロスティーゴから見せられた絵で絶句した後、俺は彼に詰め寄った。


「なんでこんなもんが!?」


「拙者も存ぜぬ。影も全く理解出来ないようで、ただ巨大な建造物があるとしてこの絵を送って参った次第。故に其方を呼んだのだ。其方なら何か解るのでは無いかと。」


「まぁ、その、何を作ろうとしているのかは分からなくはない。でも何でこんなものを?!」


「問題は其処である。彼奴が魔界の為に尽力しているならば良し。然し是を彼奴の何かの欲望の為に作っているならば見過ごす訳には行かぬ。されど拙者はこの地を守る身。この地を軽く離れるわけには行かぬ。其処で。」


 フロスティーゴは両の眼でこちらを見つめてきた。


 うん、まぁ、先が読めた。


「其方が魔王として相応しき心と、それに見合った力を持っている事は、先の戦いで見届けさせて貰った。故に拙者、其方を魔王と見込んでお願いしたい。魔界を守るためにも、フルモ=トーンドロの野望を探って貰いたい。」


 認めて貰えるのはまぁ嬉しい。それに、フルモ=豚トロが「トーンドロです」心を読むなジュゼ。ともかく、そいつが何をしているのかはちゃんと調べないといけない。それにタイムグローブも壊さないといけない。更に言えば、雷の力を借りないといけないのもある。あらゆる点において、俺に断る選択肢は無かった。


「分かった。調べてみよう。」


「感謝致す。では早速、影に送らせよう。」


「え?今から?」


 準備とか全く無いんだけどと思ってそう聞き返したが、有無を言わさぬ態度でフロスティーゴは続けた。


「無論。影によると、既に"かどうてすと"なるものに入っているそうでござる。これを野放しにする事は出来ぬ。すぐに行って見極めて頂きたい。」


 それじゃあ何も言えない。可動テスト。つまり既に動ける状態にあるという事だ。下手に悪用されでもしたら目も当てられない。


「あーもう、分かったよ。行くよ。」


「私も同行致します。」


「承知した。では。」


 フロスティーゴが遠吠えをすると、どこからともなく顔を隠した狼族の人間が出て来た。


「此処に。」


「魔王殿を雷の聖域へお連れせよ。」


「御意。」


 そうして、その忍者風の服装に身を固めた人間は、転送魔法を唱え始めた。



 飛んだ先は…どこだ?ここ。


「ここは…ゴブリン達の集落の近くですね。」


「左様でござる。そしてあれが聖域でござる。」


 そう言って彼が指差したのは、何かの工場のような建物だった。


「…あれが?」


 あまりに予想外の答えに俺は思わずポカンとしたまま尋ねた。


「あれが。正確にはあの囲いの中が、そして地下が聖域であり、雷の魔力が充満してござる。故に普通に入り込もうとすると雷の魔力が体内を駆け巡り身が裂ける事になると聞いてござる。」


「なるほど。場所が分からなかった理由が分かりました。この建物、魔力を透過しない材質で作られています。故に魔力が溢れている事に誰も気付かなかったのでしょう。」


「左様に。拙者等は何とかこれを使って潜り込みまして候。」


 そう言って彼が取り出したのは、ゴムスーツだった。


「………。」


「………。」


「これはただのゴムではござらん。雷の魔力を遮断する特殊な素材で出来ておりますし、音は無理でござるが、アウローロ様の協力で光の魔法も組み込んであり、相手から見えなくする魔法もかかってござる。故にこれがあれば、この建物の中にも潜入出来るというわけでござる。」


 二着ある。片方は男性用、もう一方は女性用だった。模様も何も無いゴムのスーツ。センスの欠片も無い、全身を覆い尽くす形のそれであった。多分着たら二人ともピッチピチになるであろう、キツキツのサイズのものである。


「………………………………………ああ、そう。」

「………………………………………それはそれは。」


 相手が何を言いたいのか分かった気がする。


 どうやらジュゼも同じ考えに達したらしい。だが二人ともそれを口にはしたくない。そのため相槌も軽くなる。


 だがそんな内心については全く気にする事なく、忍者がそれを突き出して言った。


「ではどうぞ。」


「…………………。」

「…………………。」


 俺達は顔を見合わせて、


「「はぁ………。」」


 そして同時にため息を吐いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る