第百十話 心配性の勇者様
「ううう、うううううう、うううううう…。」
扉の向こうから呻き声が聞こえてくる。壁に反射して不気味な声に変わる。
「なに?誰?そこにいるの?」
アタシが勇気を出して声を発すると、その声の主は壁の近くに近づいて叫んだ。
「誰かいるのか?私は…初代勇者…カレイド・グラーディア。この壁の向こうに居る君は…誰だ…?」
何か液体が飛び散るような、ビチャビチャという音と共にその言葉が紡がれた。カレイド。聞いた名前だ。
「アタシはサリア・カーレッジ。アンタの剣を抜いた、勇者よ。」
「おお…あれを抜いた者が本当に居たのか…。私はもしかしたら風で倒れて何処かへ行ってしまったのかと不安だったんだ…。」
「あんな重いのが風で飛んでくわけないじゃないの。」
「しかし…万が一という事もあるだろう?」
「億が一も無いわよ。」
アタシは呆れ気味に言った。
「そ、そうか。まぁ、そ、それはともかく、だな。なんでこんなところに?」
アタシは状況を説明した。デアーラの襲撃、魔王の覚醒、そしてアタシが役に立てなかった事。
「そうか…そんな事になっていたのか…。」
彼は愕然したような声で言った。
「で、アンタは何でこんなところにいるのよ。」
「………世を儚んで。」
「は?」
何を言っているのかと思ったが、その声のトーンからは本気で言っている事が感じられた。
「私は…彼を信じきれなかった。彼だけじゃない。未来を紡ぐ君達も含めて全員を、何もかもを、信じられなかった。」
彼は何かに恐怖しているように、肩を震わせるような声で言った。
「何れ来たるであろう災厄。それにどうやって対抗するのか?魔力が無い自然界でどうすべきなのか?何が出来るのか?私には答えが結局出せなかった。」
そして彼は声を張り上げた。
「そして魔王。私は彼を信じられなかった。彼は言った。きっと何とかすると。だが私は…私は…彼を…疑った…。自然界を、私が作り上げた場所を、人々を犠牲にするつもりなのではないかと。それが怖かった。私が怖かった。私自身が。そう考えてしまう自分が怖かった。それが未練となり、私は…。」
彼はそこで一度言葉を止めると、少し考えた後に、再び話し始めた。
「……君の剣をかざしてくれ。そうすれば、この扉が開く。」
何かの罠だろうか。いや、そこを疑う必要はなさそうだ。アタシは無言で剣を持ち上げた。ブレイブエクスカリバーの光が扉に当たり、扉がゴゴゴゴゴゴという音を立てて開いて行った。
「ギェッ!?」
アタシは思わず変な声を上げてしまった。
扉が開いた先に剣の光が当たる。そこには人影があった。それは当然だった。勇者が居るのだから。だがその姿は予想を外れていた。
腐っていた。ゾンビだ。全身の肉が腐り果てていた。片目が垂れ下がり足は引き摺っていた。それでも人の形を保っている。よく室内を見ると肉がポツポツと落ちていた。彼のそれであるのは間違いない。
「驚いただろう。…私は未練を残して寿命を迎え、そしてこうして世界に縛られた。死霊族として。」
彼は首をゆっくりと擡げ天を仰いだ。垂れ下がった目もまた上を向いた。
「それでも怖いままだった。」
アタシはアンタが怖い。だがそこは触れない方向で行く。アタシは黙ったままにした。
「それでも恐れるままだった。だから私はあの剣を封じ、そして、数千年前にこの墓所を作り、見守る事にした。……やがて剣が抜かれたのを感じた。時が来たのだと思った。私はもっと怖くなった。私が作り上げた自然界の暴走も、それでもそれが壊される事も、何もかもが怖くなった。それで私は、此処の扉の先を作り、そこに籠もった。それでも心配、未練、不安は消えない。だからずっとこう…して…うう…。」
そこまで言葉にしたところで、彼の両目から涙がこぼれ出し、彼はしゃがんでシクシクと泣き出した。どこから出してんだ特にその腐った方の目。
「泣くな泣くな!!立ちなさいな!!勇者なんでしょ?みっともない。」
「だってぇ。」
なんて情けない声を出すのだろうか。勇者ならもう少し堂々としていて欲しい。
「気持ちは分からなくもないわよ。怖いのも。」
「だろう?君はどうなんだ。なんでそんな思いをして、尚強さを求める方向に行けるんだ。なんで諦めたりしないんだ。」
初代勇者の問いに、アタシは少し考えた後、答えた。
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