第二期 第七部 幽終暗魂
第五十九話 今後はどうする?
あの自然界との衝突未遂事件から数月が経過した。
なんというか、そこまでは本当に激動だったが、あの事件以降はそこまで大きな何かが起きる事は無かった。
お陰で色々と内政等ちまちまとした作業を進める事が出来たわけだが、一方で小さな問題は起きている。少し状況を整理しよう。
まず、ユートは大人しく捕まっている。大人し過ぎて気味が悪いくらいだ。そしてロクに口を開かないので情報が入ってこない。自然界でもどうすべきか憂慮しているようで、しばらくはこの状況が続きそうである。
ここに問題が一つある。ユートの身の上話について、大した情報が無いという点である。どうもブレドール王国の大臣として入り込んだ後、何かのタイミングで実父母を葬っていたらしく、家族についての情報が全く無いのだと言う。現代ならDNA検査とかも出来そうなものだが、如何せんこの世界にはそういった技術は無い。そして、これは個人的な考えも含むし言い方は悪いが、たかが犯罪者一人のために、そういう技術を研究する方向に国を動かすというのは釈然としない。ユートのために不満度が溜まっているとかならともかく。
とはいえ、この問題を放置するわけにはいかない。何かしら対処が必要である。
次。輸送機関については無事出来た。開通式も無事執り行われた。混沌の魔界の残党が出てきたりはしたが、サクっと片付けた。
これで各集落への物資の輸送などが便利になった。そして一回目のノウハウを使うことで、他の集落への交通路もどんどん作れる見込みが立った。問題は金であるが、幸いと言うべきか、自然界との交易が活発になったことで、外貨の獲得や国内への物資の供給が進み、少しずつ国庫も潤うようになってきた。あんまりこういう事言いたくはないが、犠牲者も結果的には出なかったので言ってしまおう。これに関してはユートのバカがいて良かったとさえ思ってしまう。不謹慎だけど。共通の敵が居ると仲良くなるというのは、どの世界でも同じ事なのだなあ。
ということで輸送機関網の拡大と、集落の住居の建築等も並行して進められるようになった。これはとても良いことだと思う。
問題は、こんな感じで内政は程々にいい感じに進んでいる実感があるものの、支持率がボチボチというところだ。竜族や昆虫族の多くや、狼族の一部は支持してくれているが、他の勢力からはまだまだ支持が集まっていない。ちょっと険悪だった竜族を優先していたから仕方ない部分はあるが、特に死霊族に関しては、一番人口が多いという点を踏まえると、もう少し支持を集めたい。食糧配ってもあんまり響いていないらしいし、何か有効な策はないだろうか。
トンスケに、死霊族は何があると喜ぶだろうと聞いてみると、戦いか何かですかなぁ、と答えられてしまった。そんなもん与えられん。
「一度死んだ身ですので、食事よりも、何と言いますか、生き続け甲斐のある事が欲しいという者が多いですな。で、魔界の人間というのは血の気が多いですから、大体が争いとかを求めておったりします。」
それを聞いてコロシアムでも作るか?と呟いてみたが、ジュゼが止めた。
「それは魔界のシステムに触れるのでダメですね。」
ダメか。
…魔界のシステム、ねぇ。
これも少し融通が効かないと思うことはある。回数で魔物判定され、魔物判定されたら取り返す機会が無い。これが定まったのは随分前、二代目の魔王の頃と聞いた。時代に合っていない部分があるかもしれない。アリチャードやユートのように問答無用にぶち壊すというのは論外だが、一度見直した方が良いのではないだろうかとも思う。システムが一律で裁くという部分が、どこまで良いかという問題もある。知能犯とかが出てきたらシステムの悪用とかされそうで怖い。今のところそういう知恵はないようだが。
「元の世界では裁判所とかがあったんだよなぁ。」
「サイバンショ?」
サリアがキョトンとした目で見た。元の世界にアクセスして知識を得ているジュゼが補足した。
「法律という文書の元、人が犯罪者の罪を裁く場所ですね。」
「んむ。法律からまとめる必要があるが、全部が全部システムに任せておくのもなぁと思って。そうしたら合法的に力を磨く場とかも作れるだろ。」
「ふむ、一考の価値はあるやもしれません。ですがそれはシステムの書き換えが伴いますね。」
「前のエレグが出来なかったアレか。」
「あれは力任せにやろうとしたから失敗した…という可能性もございます。その点調べてみます。」
「頼む。」
本気でやるかどうかはともかく、法律の制定と裁判所の建築に関しては、一度考える価値はあると思う。
そういうわけで当面の問題は、三年後の選挙に向けた支持率の向上と、ユートに関する調査を如何にして進めるかという点である。
「死霊族の神に目通しでもしておいた方がいいかな?」
俺はティアに言った。神の力を頼りすぎるのも考えものだが、どうしたらいいかの相談くらいはしても良かろう。だがティアは難色を示した。
「んー、コスマーロは何というか…怖いから…どうだろう。普通に会えるかどうかも分からないし、それにあそこ…闇の聖域は…さらに怖いから。」
どう怖いんだよと言いたくなる。具体性が無いぞ。だがそれ以上はティアは口を開かなかった。
「…忘れてるんじゃないだろうな。」
「正直言うと忘れた。」
「おい。」
「というか、確か忘れたい経験をさせられた気がするんだよね。」
「…なるほど。」
闇の聖域。闇というだけで何となく忌避したくなるものがある。暗い場所というのは人にとって何と言うか生理的恐怖を与えるものである。人は暗闇を恐れて火を学んだーーーのかもしれない。その魔力が集まっている場所だ。何があるか考えるもの少し怖い。
「でもユートの調査にも良いかもしれない。コスマーロの手を借りられれば…闇の魔力を操る力を伝授して貰えれば、彼の心の闇に迫ることが出来る…かも。」
「確かに。闇の魔法であれば、彼がやったように、無理矢理心の中に押しいる事も出来なくはありません。」
それは出来ればやりたくない。人の心を覗くというのはちょっと悪趣味な気がしたのだ。…だが手段は選べない。何せ相手は大罪人。おまけにまだ何かを隠し持ってる可能性だってある。手は選ぶべきではないと俺の中の悪魔が囁く。
「…行くか。」
「じゃあアタシも行くわ。」
俺が意を決して言うと、サリアが立ち上がり言った。
「アタシはほら、勇者よ。光の力バリバリよ。闇だって照らしちゃうわよ。」
胸を張って言ったが、俺は止めた。
「もしユートが変な事したらアレだし、その、コスマーロとやらが恐ろしい存在なら、巻き込むのも問題だ。お前はここに残ってバリア貼っててくれ。」
「ちぇ。」
サリアは残念がりながら座った。
「ジュゼはさっきのシステムの件を頼む。」
「分かりました。お気をつけて。」
少し心配そうな顔でこちらを見てきた。だが神と会うのは力を借りる俺自身で無ければならない。それはジュゼも理解してくれているようで、それ以上の事は言わなかった。俺を巻き込んだ張本人とは言え、つくづく頼りになる。金遣いがもう少ししっかりしてくれれば、凄く信頼出来るのだが。
「あ、じゃあアレを渡そうよサリア。」
「アレ?」
ティアとサリアが何やら話し始めた。
「ほら、アウローロから預かったアレだよ。」
「…あぁ!!」
そう言って彼女はバロットレットを渡してきた。
「今度会ったら渡してくれって言われてたんだった。」
そのバロットレットには「マンティスレイ」と書いてあった。光の魔力が感じられる。助かる。闇に対抗と言ったらやっぱり光だしな。
光。ーーーふと俺の頭にある考えがよぎった。正直今更なのだが、それでも確認はしておきたい。
「…あのさ、ふと思ったんだけど。」
「うん?」
ティアが反応する。
「これがあったら俺もユートの魔法を消せたとかそういう事は、無いよな?」
ティアは沈黙したまま少し思考した後、一言だけ呟いた。
「…ごめん。」
そう言った瞬間、何が起きるか理解したのか、ティアとサリアは沈黙したまま、立ち上がり廊下へと逃げていった。
俺はその後ろ姿を見ながら、呆れつつ言った。
「トンスケは引き続き自然界との連絡を取りつつ、ーーーあの二人に説教をくれてやってくれ。大事な事はメモに取れ、と。」
「分かりましたぞ。待てボケ娘どもぉ!!」
「誰がボケだぁ!!ボクはまだ数千歳だぞ!!」
「もう十分ご年配じゃないのよ胸張って言える事か!!」
「キミだって忘れてたじゃないか!!」
「わ…忘れてないわよ!!あんな重苦しい雰囲気で言い出せなかっただけよ!!」
「嘘つけ!!キミ雰囲気に呑まれるタイプじゃないだろ!?単に忘れてただけだろ!!」
「いいから戻ってきなされ!!」
廊下を駆け回る声と音が城内に響く。
俺とジュゼは互いの顔を見合わせ、ハァと溜息を吐いた後、ジュゼは改めて口を開いた。
「…繰り返しになりますが、お気をつけて。絶対に戻ってきて下さいね。」
「わかってる。無理はしないさ。」
死んだら終わりだ。今死んだらこの魔界の人々は、自然界の人々はどうなる?…考えてみると怖くなる。俺の双肩にそこまで重いもん載せないで欲しいのだが、載ってしまったものを退かすわけにもいかない。今度は転生出来るか分からんし、死なないように気をつけよう。
俺はそう言って、ジュゼが差し出した通信機を受け取り、ディメンジョンコンキュラーバロットレットを起動した。
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