第六十話 暗闇の中

 死んだ。



 俺は宙に浮かび、自分の体を見つめていた。


 先も見えない暗闇の中、一箇所だけ光が照らす場所がある。そこには暗くジメジメとした大地に自分の体が転がるという光景が映し出されていた。それを俺は真上からじっと眺めていた。


 なしてや。


 死にたくないと確かに言った。なのに突然これである。あれがフラグだったとでも言いたいのか。いやおかしいやろ。フラグだったとしても、もう少しこう…段階を踏むとか…あるだろう!!


 言いたい事は山程あるが、言葉に出来ない。どうすりゃいいんだよコレ。


 いやまぁ、やることは実は示されているのだ。だがそう気軽に言われてもなぁみたいな部分があるので困っているのだ。



 何のことか分からないと思うので、順を追って説明をすることにしよう。



 俺はあの後闇の聖域入り口へと向かった。


 聖域の入り口は暗闇と風化した骨が広がり、ゾンビが徘徊する、まさしく闇、死者の領域という感じが漂っていた。領域と普通の魔界との境目には黒い霧のようなものが噴出し、その先の視界を遮っていた。暗闇。何の光も無い真っ黒な世界。未開拓領域としてアンタッチャブルだったのも頷ける。


「ありゃぁ…生者の方ですかぁ…?この先は死者の領域…お気をつけて…。」


 領域から出てきたゾンビが囁く。あっ、はい、ご親切にどうも。


 あれ?出てきた?


「あ、の、ちょっと、ここ出入り出来るんですか?」


「え?あぁ…はい…。あたしらは神様の参拝とかで行き来してますから…。」


 よく見ると徘徊するゾンビは領域の境界線を平気で跨いでいる。行きの方向にも、帰りの方向にも。


「死霊族しか出られないとかそういうのは?」


「そこら辺は分かんないですねぇ…。」


「はぁ…。まぁ、どうもありがとうございます。」


「お気をつけて…。暗いですから…。」


 その時は少しだけ、少しだけだが、なんだか安心した。前人未到の地というわけではないのだ。よく考えたら炎の聖域もファーラが居たし、単に魔王城の人間が良く分かっていないだけかもしれない。


 とは言え、あのティアが記憶を消す程恐ろしい目にあったというのだ。それにあの人もゾンビなので、例えばゾンビしか行き来出来ないという可能性も無くは無い。十分に気をつけよう。そう思いながら俺は足を踏み入れた。



 領域を跨ぎ、境界線を超え、全身が闇の聖域へと入り込んだその時である。



 頭の中、いや心の中だろうか。大音量で誰かの声が聞こえてきた。低い地の底から唸るような声であった。


「OhOhOhOh、生者が何しに来やがった!!」


 誰だと誰何する暇もなく声は続けた。


「誰だだって?俺は闇の魔力の管理者コスマーロ。所謂リッチだが金は無い。以後4649!!」


 目の前に、下半身の無い骨がローブを纏い鎌を担いだ、如何にもリッチという風態のそれが現れた。ただちょっと違うのは、頭蓋骨の目の部分にサングラスがかかっており、鎌の柄と刃の間を繋ぐようにターンテーブルみたいなものがくっついている点だろうか。その頭蓋骨の顎が上下する度に心の中に声が広がっているあたり、この声はこの骨のものだろうか。


「骨とは失礼だなお前!!ちゃんとコスマーロって思えよ!!」


 あ、はい、すみません。


「OK!!ちゃんと心から謝れる奴はいい奴だ!!で、何の用だ…と俺が聞くところだと思っているDARO?そんなもん聞かなくても分かってるのSA!!」


 でもノリには着いていけない。なんか俺が話す前から全部をお見通しであるかのように話し続ける。割り込む暇が無い。


「割り込む必要Nothing!!だって俺は闇の魔力の管理者だからな!!OK再確認だ。闇の魔法は心の魔法!!心の闇を覗く方法!!だから言葉は読み放題!!お前の心はお見通し!!んでお前は力を借して欲しい!!一票投じて貰いたい?OK分かったその願い、俺が叶えてやってもいいZE!!」


 コスマーロはターンテーブルをギュインギュイン回しながら叫ぶ。全く着いていけないが、今力を貸してくれるって言った?


「言ったZE言ったZE二言は無いZE!!でもただじゃ叶えない。ただほど怖い物は無い。欲しいのはお前の命!!生者はこの地に居ちゃいけない!!」


 ズバッ。その言葉と同時に、コスマーロの鎌が振るわれ、俺の首を直撃しーーー俺の首が宙を舞った、ような気がした。


 気づくと、俺の視界はさっきまでより少し上にあった。首が飛んだかと思ったが、下を見るとちゃんと体があった。…いやおかしい。俺の体の下に、更にもう一つ俺の別の体があった。どちらも首は付いている。もう一つの体の方は、境界線の先でバタリと倒れていて、今この頭と繋がっている方の体は、宙にぷかぷかと浮いていた。


「今のはイメージ、俺は首なぞ切ってないZE。これは闇の魔力の力。今のお前は魂で、地に伏しているそっちは肉体、境界線に溢れる闇の魔力を浴び過ぎて、魂が飛び出しちまったのさ。このまま行くとお前は死ぬ。魂と肉体が離れてあの世行き!!あの世ってのがあるならな!!」


 コスマーロが言った。


「闇の魔力は心を操る、光の魔力の逆の力だ。光の魔力は心の力"で"強くなる、だが闇の魔力は心の力"を"強くする。自分の心が強いから、相手の心も操れる。でもコントロール出来ない闇の魔力は魂を無闇に増幅させすぎる。だから魂だけが暴走して飛び出しちまうのさ!!」


 そしてコスマーロはターンテーブルを回しながらラップ調に言った。


「♪その境界線超えたら最後、生者の人生終わるぜ最期。だから此処から出ていく奴は、みんなゾンビかスケルトン。心が戻れず体が腐り、やがて死霊へ転生さ!!」


 コスマーロは続ける。


「♪お前は闇の魔力を浴びて、心と体が切り離された、助かりたいなら道はただ一つ。」


 コスマーロが俺の顔ーーーいや、これは魂の方の顔の話ーーーに近づき言った。


「"心の力の源"を知れ!!そしたら特別助けてやるぜ!!」


 サングラスのスケルトンがどアップで迫る様はさながらホラー映画の様相を呈していた。ケタケタと骸骨が笑うようなそんなシーン、あるだろ?無い?そう?


 そう言い残し、その骸骨は視界から一瞬で消えた。後には闇と、そして俺の体だけが残された。


「おっと言い忘れ。その体が腐って死霊族になるまで、残り時間は二十四時間。それだけあれば十分だろ?足りなきゃ別のが魔王になるさ。じゃあ分かったらウチに来な。それまで体は守っといてやるYO。んじゃBye。」


 コスマーロの声と、指をパチリと鳴らす音だけが、俺の心の中へ響いた。



 それで今に至るわけだ。


 体を守るという言葉は真実らしく、俺の体は何やら障壁に包まれ、何者にも触れられないようになっている。だがそれは即ち俺自身も触れられないという意味でもある。


 …これで俺にどうしろと?俺は心の中で腕を組み、しばし考えた。



 残り時間は二十四時間。

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