第五十話 光の聖域からの帰還
剣を預けてから三日が経った。
その朝、アウローロからの呼び出しがあり、アタシ達は聖域の城へと向かった。
城の玉座の間の入り口で、少し待つように言われた。何かと思ったがとりあえず従い、やがて「入ってよいぞ」という彼女の声が聞こえたので扉を開けた。
「ぎゃあ!カマキリ!」
アタシは思わず叫んでしまった。デカいカマキリが玉座に座っていたのだ。
「失礼な。ワシじゃよワシ。」
聞き覚えのある声がそれに応えた。
アタシは改めてその姿を見てみた。勿論自然界で良く見る普通のカマキリではない。他の昆虫族同様に可愛らしく丸みを帯びたりしているが、鋭い鎌は健在であった。そして背中にはオーロラのような煌めきを放つ翼を携えていた。そしてその腕についた刃には見覚えがあった。
「もしかして…?」
「うむ、ワシこそがアウローロ。真の姿である。先日まで見せていたのは端末、普段の活動用にすぎん。」
端末、というのがよく分からないが、要するにペットのようなものだろうか。
「そのようなものじゃ。記憶や思考を共有しておるがな。」
アタシの思考を読んだかのように彼女は答えた。横からその端末ーーーアタシがアウローロだと思っていた人型のそれが何人も現れ、そしてカマキリの本体が指をパチンと鳴らすと(彼女にも人間の腕があり、それに鎌がついているのは変わらなかった)、それらは一斉に消えていった。手品みたい。
「手品ではない。こういう魔法じゃ。」
彼女はまたアタシの思考を読んだかのように言った。
「読んだかのようでは無い。読んだのじゃ。ワシは光の魔力を司る者。光の魔力は闇を照らすだけでは無い。人や魔獣の心をも照らすのじゃ。…よくわからんという顔をしているが、つまるところワシは、魔力を使う事でお主や他者の思考を読み取る事が出来るということじゃ。」
「へー。」
アタシはぼんやりと言った。
「…半ば分かっていないようであるが、まぁ良い。ここに呼んだのはただ驚かせるためでは無い。これを渡すためじゃ。」
そう言って彼女は剣を取り出した。アタシが渡したブレイブエクスカリバー。
「お。」
「壊れている部分は直し、既にある機能はより進化させた。見てみよ。」
アタシは剣を受け取り、そして表のダイアルを見た。以前はABCDだったものが、今度はBRAVEになっている。刃もより鋭く強化されているように見える。
「変わりすぎじゃない?」
「まぁワシの力じゃからな。…と言いきりたいところではあるが、実際はお主の力もあってのことじゃ。」
「アタシの?」
「お主が強い心でこれを使っていたのがよく分かる。武器自身が進化しようとその込められた心の力を貯めていたのじゃ。それを十分に利用させてもらったぞ。」
良く分からないが、とりあえずアタシが凄いことは分かった。アタシは胸を張った。
「ーーーで、これはどーいう機能持ってるの?」
「さぁ。」
「さぁって何よ。」
「実際に起動してみないと何とも言えなくての。スピーカーの配線が直ったのは確認したが、一番変化のあった中央回路は魔力を注ぎ込んだだけだからの。詳しくはワシも起動するまでわからんのだ。実践で使ってみると良い。端末は用意するぞ?」
「結構です!!今度試します!!」
「そうか、残念。」
アウローロは肩を落とした。本気だったようだ。
「ともあれ、これで十二分に機能を発揮出来るはずだ。一万年前より更に高い効果を発揮出来ると言って差し支えないぞ。」
「それは凄いよ。何せ一万年前、初代勇者はこの剣で並いる敵をバッサバッサと切り倒していたからね。」
ティアが補足した。それは有難い。使う時がちょっと楽しみになった。
「ありがとう。大切に使わせてもらうわね。」
アタシは礼を言って、そして部屋を出ようとした。
「ちょっと待て。」
それをアウローロが呼び止めた。
「何?」
「いや大した話では無いが、まずこれを。」
そういうと彼女はバロットレットを渡してきた。
「これは?」
「ワシ、そしてワシら昆虫族は今のエレグを魔王として認める。その証としてこれをお主に渡しておく。奴に会ったら渡してやってくれ。」
アタシが頷くと、彼女は続けた。
「それと…。お主の信念は清く、今や揺るぎないものだということは、お主の心を覗いて分かった。それこそが勇者の剣、ブレイブエクスカリバーの輝きの源だ。だが心というのは影のようなものでな、光の当て方でいくらでも形を変える。揺らぎ、淀めき、時には消えてしまうこともある。しかし、その信念が揺らがなければ、そして常に輝き続けているならば、その剣の輝きが落ちることは無いだろう。願わくば、お主が勇者として歩み続けんことを。」
なんだか良く分からないが、とりあえず賛辞と激励として受け止めておこう。
「ありがとう、頑張るわ。」
「…微妙に伝わってない気がするが、まぁいい。幸運を祈る。」
アウローロは目を細めながら言った。
アタシ達は一礼した後、部屋を後にしようとした。その時、
「ん…?」
ティアが呟いた。
「どうしたの?」
アタシの問いに彼女は答えた。
「…今、時間が操作されたように感じた。」
その言葉に一番反応したのはアウローロだった。
「誠か?」
「うん。これに関しては信じてくれていい。誰かが時間の巻き戻し、或いは時間停止をした。ボクは時の賢者だからね、その辺の"時の流れ"の変容は感じ取れるんだ。」
確かに、ティアはこの手の魔法に関しては嘘や間違い、物忘れした記憶は無い。信じるべきだろう。だとしたら誰が?
「いや、誰がという問いには一つしか回答がない。魔王エレグ、彼だ。問題は、何故、という話さ。彼はそんなに時の流れを変えたりは…するけど、ボクが居ないところでやることは稀だ。少なくとも、何か理由がなければやらない。」
確かに、彼はそういう人物だと思うし、そう信じたい。
「何か…胸騒ぎがする。」
アタシの呟きに、彼女らは同意した。
「すぐに帰った方が良い。ワシの転送魔法で城下街まで飛ばそう。」
「お願い。」
アタシが言うと、アウローロは頷き、そして魔法を発動させた。光の魔力を司るというその言葉には偽り無く、先日の火の聖域のように何かに遮られることもなく、アタシ達は城下街へと一瞬で、文字通り光の速さで到達した。
そうして着いた城下街は騒然としていた。兵隊が城下街を歩き、急いで街の外へと向かうのにすれ違う。人々も何やら噂話をヒソヒソとしている。その口ぶりは聞こえなかったが、何か買い込むような動きも見られた。嫌な胸騒ぎは更に増していく。アタシとティアは目を合わせ、そして城へと歩みを急いだ。
城の中はもっと騒然としていた。兵士達が行き交い、文官達が何やら言い争っては準備をし、そんな光景が至るところで見られた。急いで階段を駆け上がり、玉座の間の扉を開ける。
「「どうした!?」の!?」
ドアを開けた瞬間、アタシとティアが同時に叫んだ。
そこには頭を抱えたエレグとジュゼ、トンスケのいつもの三人が居た。
「どうしよう。」
エレグが弱々しい声を上げた。
「…何があったんだい。」
ティアが問うと、代わりにジュゼが答えた。
「自然界の全王国から、一斉に宣戦布告されました。」
アタシは、何も言えず、ただ呆然とその言葉を頭の中で噛み砕くのに必死だった。
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