第四十九話 神の刃

「たぁっ!!」


 アウローロがその手を横に薙いだ。瞬間後退すると、アタシの居た所でシュッという音と共に空気が裂け、アタシの服の胸元が裂ける。どうやら向こうは本気のようであった。


「んもう!!」


 どうしてこうなるのか。仕方ない。


 [勇気!!]


 アタシはホープフルブレイブバロットレットを起動し、ブレイブエクスカリバーへ装填した。


 [L-L-L-Load!!][Hopeful-Brave-Ballot-let!!]


 [R-R-R-Reading!!]


 だがそれを待たずにアウローロの刃が振り下ろされる。アタシはそれをブレイブエクスカリバーで受け止める。だが彼女は両手に刃を持っている。もう片方の腕で右からサッと薙いでくる。ちょっとちょっと、マジで胴体真っ二つにするつもり?アタシは持っている剣の角度を調整し、柄の部分でそれを防いだ。


「ほう。」


 アウローロが感心したように言う。と同時に、ようやくホープフルブレイブギアが降ってきた。


 [Awaken! Your Soul!! Rise up!! Your Bravery!! Gear of Hopeful Brave!!]


 [R-R-R-Rising!!]


 これで刃を受けても大丈夫だろう。アタシは剣を振るい、アウローロを後退させる。


「ふむ、確かに剣に選ばれたのは本当らしい。」


 彼女は拳法の構えのように腕の鎌をこちらに向けながら言う。


「分かったらもう少し穏便な方法にしてよ。」


「それは困る。ワシの体が鈍って仕方ないのじゃ。少しは付き合ってもらうぞ。」


 そう言うと彼女は再び地を蹴った。牢屋の材質不明の床がコツンと響き、牢獄内に反響する。本来それは脱獄か警備の人間が回ってくることを告げる音だが、今のアタシにとっては死神か何かが飛び交う音に聞こえた。だって殺気が満々なんだもの。


 と、耳元で何か音がした気がした。アタシは急いで振り返り剣をかざす。ガキン、という音が刃と刃の間で起きる。彼女の刃は生身のはずなのだが、こちらの剣と全く遜色無い切れ味を持っているようだった。


 だがもう一本の方は今回は間に合わなかった。彼女の刃がアタシのギアへ近づく。嫌な予感がしたのでアタシは思わず体を捩ってなんとかそれを避けた。するとギアには鋭い切り傷が付いた。ギリギリで逸らして避けたからいいものの、モロに食らったらギアごと体が真っ二つになってもおかしくない。


「ぐっ…。」


 アタシは前転して距離を取りながら次の手を考える。攻めなければそうなればこちらの負けは必定。本気を出さないと普通に斬り殺されそうだ。だが彼女を傷つけるのもどうかと思う。どうしたものか。


「どうした勇者殿。この程度で自然界を守るつもりか?」


 勝ち誇ったように彼女が言う。ムカっとした。


「そうまで言うならやってやろうじゃないの。」


「お、おいおいおい、ちょっと。」


 ティアの静止を振り切りアタシは駆け出した。知った事ではない。とっとと切り刻んでやるとばかりにアタシはブンブンと剣を振りながらアウローロへと近づく。


「カッとなり過ぎるのは欠点じゃな。」


 そう言いながら彼女はアタシの懐に入り込み、両脇へ刃を向けた。



 引っ掛かったわね。



 [D-D-D-DEFEND]


「むっ…!?」


 アウローロの刃がギアに刺さったところで、アタシはブレイブエクスカリバーのダイアルをDにセットし、自分に向けて発動した。ギアの防御力がアップしたお陰で、アウローロの刃は硬くなったギアによって阻まれ、動かなくなった。その隙にブレイブエクスカリバーを彼女の首元へ突きつける。


 ブンブンと近づいた時からこのつもりだった。脳筋扱いされてるのは知っていたから、恐らく何の考えもなく攻めてきたのだろうと向こうが考える…と考えての事である。本当に。


「一本、でいいかしら?」


 アタシが問うと、彼女は答えた。


「…。」


 アウローロは少し沈黙した後、微笑を浮かべた。


「ふ。そうじゃな。残念ながらワシの負けじゃ。」


 そう言うとアタシはブレイブエクスカリバーを解除した。彼女の腕がブラリと降ろされる。


「お主を少し見縊っていたようじゃな。確かにお主は勇者と言うだけの力はあるようだ。」


 そして彼女は刃をしまい、手を出した。


「剣を貸せ。進化させてやろう。」


 アタシは喜び勇んでそれを渡した後、ふと思った。


「…あれ、手合わせで進化ってのは?」


「嘘じゃ。」


「はぁ!?」


「そう簡単に魔力が込められるわけなかろう。その辺の判断はまだまだといったところかの。さて、この剣はワシが責任を持って鍛え直してやる。二、三日この地で待つが良い。ティア、適当に案内してやっとくれ。」


 飄々とした風にそう言うと、彼女は牢獄から出て行った。


 その後ろ姿を見て、アタシは一発ぶん殴ってやろうと後を追おうとしてティアに止められた。




 気を取り直して、光の聖域の視察に向かうことにした。観光?なんのこと?


 光の聖域は昆虫族達が住む場所とは聞いていたが、確かに昆虫達が多かった。ただしアタシが自然界でよく見る昆虫達よりもメルヘンチックというか、少し可愛くなっている。人型をしている場合も多い。代わりにサイズは大きめだが。ダメな人にはとにかくダメな場所だろうなという感じはした。


 最初に放り込まれた牢獄のあるアウローロの城を中心に発展した街並みも、魔界のそれと遜色は無く、自然界よりも高度で進んでいる感じがした。


「「未開拓領域」なんて言われてる割には発展してるのね。」


「ここはあの壁のせいで隔てられてて中が見えないからね。未開拓領域と言われているのもそれが理由さ。」


 アタシのボヤきにティアが答えた。


「あの触ると消える壁?」


「うん、あれは光魔法のバリア。下手に触れるとダメージを受けるんだ。そのダメージが大きすぎて蒸発するというね。アレは元々は光の魔力をここに留めるために作られた…はず。確か、そう。」


 段々彼女も自分の記憶力を疑い始めているらしい。まぁそういうことでいいんじゃないかしら、と適当に流しておこう。どちらにせよ、あの壁で外界と隔てられていることだけは間違いない。


「他の領域もこんな感じなのかしら。」


「ここは神というか女王様みたいな感じでアウローロが統治してるからこうなってるだけかな。他は神として祭り上げられていたとしても、そこまで統治らしい事はしないケースが殆どだったと思うよ。ファーラ=フラーモなんかは典型だね。「適当にやってればよろしい」の精神でいたらああいう感じになったわけだよ。」


 神の性格で左右されるというのも大分適当である。結局は今の魔界や自然界と同じだ。上の人間に全部が左右されてしまう。世の中とはどこに行っても変わらないものなのだなぁと思ってしまう。


「住民達はそれでいいのかしらねぇ。」


「いいんじゃない?結局、アウローロの性格もファーラ=フラーモの性格も、それぞれの種族の性格が大きく反映されてるっぽいし。みんな少なからずそーいう性格してるから、今のままでいいと受け入れてるんだと思うよ。」


「そういうもの、かしらねぇ。」


 アタシはそういうのに縛られたくはないなと思う。種族とか関係なく、良い物は良い、悪い物は悪いとハッキリさせたい。


「難しいもんなんだよ。自分をしっかり持つってのは。」


 アタシの思考を読んだようにティアが言った。


「それでもアタシはアタシのまま生きる。そう決めたの。」


 もう「勇者だからこうしろ」と流されるのはゴメンだ。アタシが正しいと思うことをする。それだけだ。


「頑張ってね。自分の意思を通すってのは、色々厳しい道のりだと思うから。」


 ま、それはそうかもしれない。エレグなんてそれで色々苦労してそうだし。ただ、いまいち納得がいかなかった。


「自由の体現者みたいな奴に言われてもなんか説得力が無いわね。」


 そう、多分発言者が悪いのだと思う。そういうとティアは肩を竦めた。


「酷い。これでもボクは苦労してるんだよ。」


 苦労…?普段の行いを思い出して思わずアタシは口にした。


「それは本当に日頃の行いから来る自業自得でしょ?」


 ティアは言い返せず座り込んでイジけた。


「あー、悪かったって。さ、そろそろ行きましょ。」


 アタシは彼女を引っ張ってアウローロの居る城へと戻っていった。


「腕が!!腕が抜けるからやめて!!」


 ティアの悲鳴は聞こえないフリをした。こーいうのが自業自得と言うのだ。



********



 その夜、ティアとアウローロは玉座の間で会っていた。


「どうだい、勇者様は。」


 ティアの質問に、アウローロはどこか満足げな笑みを浮かべて言った。


「素直で良い。邪心も無い。何せあの合間にすんなり心に入れるくらいだからな。」


 アウローロは光の魔法を使いこなす。彼女は戦闘の合間、光魔法を使うことでサリアの心に入り込んでいた。


「過去も見せてもらったが、うむ、あれで真っ直ぐ生きていけるのは中々に大物とも言えるのう。今この時期に彼女が勇者であること、そしてこの時期に"あの"エルグが魔王である事は良しとせねば。」


 アウローロはティアから事情を聞いて、今のエレグが過去の暴君で無い事を知っていた。


「でしょう?それを手伝ったボクもそろそろ許してほしいなほしいなほしいな。」


 ティアが出来る限りの愛想を振りまいた。


「ワシはそういうブリッコが嫌いだ。まして年上にやられると腹が立つ。」


「すみませんそうでした。」


「まぁ良い。確かに彼ら彼女らの支援としてはお主も良くやってくれているようだしの。ワシは許すとしよう。」


「わーい。…ワシは?」


「他の連中は知らんという意味じゃ。自分で言うのもアレだが、ワシ程キッチリした性格の奴はおらんが、何らか恨まれておっても知らんからなという話じゃ。」


「…そういうの居ないのを祈るよ。」


 ティアは顔を顰めた。一方のアウローロはそれを無視して窓の外を見た。


「頼むぞ、魔王、そして勇者よ。」


 手元には街の魔力に負けず劣らず美しく光り輝く剣があった。

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