第四十四話 戻ってきました魔王城

 気がつくとそこは医務室であった。


 どうやらファーラ=フラーモの背に乗った後、酔いすぎて気絶していたらしい。だが俺は少し安堵していた。もはや見知ったおどろおどろしい天井が目に写った事で、ここがどこかを理解出来たからだ。何より、ほんの一日の話だが、あまりに急転直下な出来事ばかりで、見慣れた場所に戻ってこれた事が嬉しかった。宇宙へ行き、炎の聖域へ墜ち、堕ちた勇者を討ちーーー。思い返せば色々あったものである。気絶したのはその疲れもあったのだろうか。ともあれ戻ってこれて本当に良かった。


 一方で、このおどろおどろしい天井で安堵してしまう自分が少し怖くもある。元の世界では絶対にあり得ない事であった。もう俺は完全にこちらの世界にどっぷりと浸かってしまったのだなぁとヒシヒシと実感する。それが嫌だというわけではないのだが。もう俺は魔王として頑張ろうと前向きな気持ちしか無かった。元の世界で求めていた普通の生活も恋しくはあるが、今となってはそれは望むらくも無いだろう。ならばもう適応していくしかない。


 そんな心境の変化はさておき、周りを見回し、俺が起きた事を伝えようとすると、何かにギュッと抱きしめられた。なんだ?何か柔らかな感触が顔に与えられる。と同時に何か冷え冷えとしてきた。


「魔王様!!良かった、目が覚めたのですね!!」


 ジュゼの声が頭上から響いてきた。冷え冷えとしていたのは彼女が冷気を帯びているからだったようだ。


「連絡は無いわ、戻って来て早々気絶されるわで、心配したんですよ!!」


「す、すまん、すまん。悪かったから離してくれ。苦しい。」


 俺がそう言うと彼女はハッとしたように手を離し、数歩後退した後、コホンと一つ咳をして言った。


「…失礼しました。」


「いやいい。気にしなくていい。というか連絡出来なかったこっちも悪いし。」


「そうそう。もう少し早く言ってくれれば良かったのに。そうすればジュゼがオロオロしなくて済んだのにねぇ。」


 ニヤニヤしながら横からティアが覗き込んできた。少しむかつく。


「火の未開拓領域ーーー聖域に落ちてな。それで連絡が取れなかったんだよ。」


「火の聖域?」


 ティアが少し不思議な顔をした後、ハッとなって取り成す様に言った。


「あーあーあーあーあーなるほどねなるほどねぇ。あそこは普通の魔力じゃ転移も出来ないからね、うんうん。だからファーラ=フラーモが居たのか。懐かしい顔だなとは思ってたんだ。」


 こいつやっぱり忘れていたんだろうなぁ、と顔には出さないように気をつけながら、頭の中で考えた。どうやら俺は顔に思っていることが出やすいらしい。気をつけねばならない。特にティアに関しては、こう、今回の一件で色々と、公にしてやらない方が彼女のためになるであろう事実が色々分かった。下手に顔に出て不貞腐れられても困る。


 と、ファーラの名前が出て思い出した。俺は彼の背中で気絶したのだった。


「彼は?」


 と聞くと、ジュゼがバツの悪そうな顔で答えた。


「…中庭です。トンスケが背中についた吐瀉物を洗い落としてます。」


 悪い事をしてしまった。何か贈り物でもしたいものだ。


「大凡の状況はサリアと…その、宇宙人?のハイ殿から聞きました。色々あったようで。」


「ああ、本当に色々な。こっちは何かあったか?」


 聞くとジュゼは首を横に振った。


「幸いと言いますか。特に動きはありません。自然界の方では隕石の落下で色々混乱しているようで、国際会議も順調に延期しております。」


 それは良かった。ブレドール王国が関わる会議であれば、何かしらユートが動きかねない。行われるならそれ相応の準備をしておきたい。


「しかし、またあの国ですか。やはりあの国全体が乗っ取られているのでしょうか。」


「かもしれない。裏付けが欲しいところだが。」


「スパイでも送るかい?」


 ティアの提案に、俺は、少し口ごもりながら、


「それは…ちょっと避けたいかなぁ。」


 と答えた。確かにその手は俺も考えた。情報収集にはスパイの派遣が一番だ。時間停止中に俺が行ってもいいが、時間制限があるし、止まった状態での情報しか得られない。生きた情報を得るには時間を進める必要がある。


 だが万が一あの国に問題が無く、かつバレた時に問題が大きくなりかねない。魔界と自然界の友好関係は維持したいし、悪化させるような政策は取りたく無い。甘い考えかもしれないが。


「その件は置いておく。情報に関しては、その国際会議とやらが開かれる時に潜り込むとかして得る事にしよう。」


「それはそれで問題になりそうですが…。」


 それはまぁ何かしら方法はあるだろう。幸い、イージス王国とは友好関係を結んでいる。そっちの方面から何か手を打つ事は出来ると思われる。



 さて、外交も重要だが、それはそれとして内政も重要である。


「で、ところで例の輸送手段についてはどうなってる?」


「その件については進展があります。…悪いものですが。」


 嫌な予感はしている。


「例の竜族の集落から文句が出ています。「魔王の開発に協力なんか出来るか」というのが向こうの言い分です。」


 俺は溜息を吐いた。


「族長の件か?根に持ってるなぁ。」


 元々あの集落の族長を罰したのには一応理由がある。彼は裏で狼族を殺したりしていたため、魔物認定されていたのだ。そのまま放っておけば本当に紛争になりかねず、かつ明確にこちらに手向かったこともあり罰したわけだが、失敗だっただろうか。


「いえ、食事と金が欲しいだけのようです。」


 聞いて唖然として、そして嘆いた。嗚呼、世の中というのはどこに行っても衣食住、そして金という原則は変わらないのであろうか。


「あー、どうすっかな。」


 怨恨が原因で無いのはある意味助かった。だがこれはこれで困る問題であった。何に困るかというと、下手に出て渡した場合、他へ配置する時も同じようなこと可能性があるということである。この国に金は無いのだ。借金する先も無いし、金を刷っても大丈夫かどうかまで俺は計算出来ない。ゲームじゃ借金しても問題なかったが、現実ではどうなるか分かったものではない。少なくとも俺は分からない。そんなわけで、あまり金で解決させることはしたくなかった。


「ファーラ=フラーモに頼んだらどうかな?竜族の神だから、言う事聞いてくれると思うけど。」


 ティアの案を採用することにした。早速俺はベッドから立ち上がり、中庭で休んでいたファーラに依頼すると、彼は快く了承してくれた。ありがたい話である。それのお礼と先程の詫びとして、手厚い食事も渡したのは言うまでも無い。



 その後はハイへの聞き込みなどを行ったが、新しい情報は得られなかった。だが彼の科学力は役に立ちそうであった。イレントに紹介すると、彼らは意気投合。早速新しい技術の研究に入ってくれた。例の怪獣の迎撃技術の研究も進めてくれるとのことである。助かる。この件についても後で対策を立てねばならない。あと三年くらいだったか、その間に何が出来るか、そして三年後俺がこの件を対応するためには選挙を乗り越える必要がある。その選挙をどうやって乗り越えたものか。それを話し合いたいところではあったのだが、疲れが溜まってどうにもならないし、ファーラとティアは昔話から発展して喧々諤々の言い争いをしている。なんだこのババア、うるさいよこのトカゲ野郎などといった聞き苦しい罵声が中庭から聞こえてくる。


「また今度にしましょう。少しばかり時間はございます。今はともかく休憩なさってください。」


 ジュゼの珍しく優しい微笑みと言葉に、俺は甘えさせてもらうことにした。そうするよと告げると、俺は自室に戻り、ベッドで床についた。

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