第三十二話 魔法を研究せよ!!
「科学が体系立てて研究・発展していくのと同様に、魔法もある程度体系立てて研究が進んでいきます。」
俺とジュゼ、サリアは、魔法研究を行う準備のため、魔王城の離れにある魔法研究室へと向かっていた。その最中にジュゼが魔法の研究に関して説明をしてくれていた。ちなみにトンスケは自然界への連絡などなど、各所への指示をするために玉座の間で留守番。ティアは隕石の観測のため、魔王城に置いてあった魔導写真機…ようはカメラを持ってスカイルと彼の研究所へと向かっていた。
「科学が…例えば『物理法則』を研究し、その範囲内での『活用』を検討していくのに近いと思います。魔法の場合は、まず『属性』があり、そして『用途』へと発展します。例えば、『炎の魔力』の研究を進めていく過程として、まず根本の魔力に対する理解から始まり、そして『用途』、即ち攻撃・防御・補助・回復・生活など、どう使うかという検討へと入っていくわけです。今回の場合問題となるのは、用途は既に決まっているので、では対応する属性が何かという事です。空間転移は一旦置いておきます。解決済ですから。魔王様からお聞きする限り、残る課題は大きく四つ。呼吸、シガイセンの遮断、キアツの安定、それと…ええと。」
「宇宙ってのは重力が無い。隕石には多少の重力があるだろうが、この星よりは小さいから、下手に動けば宇宙空間で延々に彷徨い続ける羽目になる。だから今のに加えて必要になるのは、無重力空間内での移動、だな。」
「はい、そのムジュウリョク空間とやらでの移動ですね。それぞれがどの属性であれば実現可能かを検討し、そして解決出来る策を模索、実現する。これが魔法の研究の流れです。」
「…へぇー。」
ずっと黙っていたサリアがアホみたいな声を出した。多分分かってないと思う。
「基本的には言ってくれた通り、科学と大きくは変わらないんだな。」
「そうですね。喫緊の課題は属性の特定です。どの属性の魔力を使えばそれが出来るか。それを見極める事が重要となります。…着きました。魔法研究室です。」
木の扉をジュゼが開け、それを潜って部屋へ入る。中は埃まみれで息苦しかった。
「ゲホッ、ゲホッ、なんだこりゃ。」
「前のエレグ様が何も指示なされず放って置かれていたので、ここ四年間の埃が残ってしまっていたようです。そう言えば掃除もしてませんでした。」
そう言えば、とか言っているが、どうせこいつが意図的に清掃代ケチったのだろう。みみっちい奴め。そんな思考を読んだのか、ジュゼが胸を張っていった。
「こういう所の節約が、積もり積もって高い宝石に化けるのですよ。」
「今積もってるのは埃だし、そもそも宝石に化かすな、金庫に戻せ。いいからまずは掃除だ。」
[時間!!]
俺はタイムルーラーバロットレットを取り出し、タイムルーラーギアを装着すると、時を止めて掃除を始めた。
「時を止めてやることが部屋の掃除か…。」
技術の無駄遣いとはまさにこの事である。
「無駄口叩かないの。手を動かす!!時間が無いんでしょ。」
サリアが一掃きで恐ろしい量の埃を舞い散らかしながら言った。力込めすぎだ。
「いや時間は…まぁ…。」
あるんだかないんだか分からなくなってきた。ティアが気をつけろと言っていたのは、こういうのもあるのかもしれない。…無いのかもしれない。
体感数時間後、時を動かし始めた部屋には、先程までの埃は無く、漸く人が住める程度の綺麗さを取り戻していた。このBefore-Afterを見て、俺は充実感と疲労感に満ちていた。
「いやぁ疲れた。だが綺麗になると気持ちがいいな。よし、戻ろう。」
「そうね!!休みましょう!!」
「お二人とも、まだ本題に入ってませんよ。」
分かってるよ。ちょっとボケただけだよ。…サリアはキョトンとしていたので忘れていそうだ。本当にゴリラみたいな力と知能だなコイツ。
そういう顔をした瞬間、俺の視界がサリアの拳で埋まった。
「…で(へ)、この部屋で誰(たれ)が研究するんたよ。」
「潰れた顔を何とかしてから仰って下さい…。まずは属性の特定からですので、その分野の研究者をお呼びしています。」
「手が早いわね。」
「仕事と金に手を付けるのは早いんだコイツ。」
そう言うとジュゼの拳骨が脳天に直撃した。この城にはすぐ手を出す女しかいないのか。
「余計な事ばかり言うからです。ではどうぞ。」
「どもどもどもども、どーーーーもーーーー!!お久しぶりですぅーーーー!!」
そういって出てきたのは死霊族の見覚えのある顔だった。手には輪っかを付けている。正確には輪っかというか、手錠である。横には警備兵が何人か付き添っている。
それはこの間やらかしたアリチャード・アウトボウだった。
「おま、お前、お前ぇ!?」
「誰こいつ。」
サリアの言葉に「魔界の転覆を図った政治犯だ」というと、急に汚いものを見る目で見つめてきた。その目は正しい。汚らしいものなのは確定的だし。
「いやいやいやいや、そんな目で見ないで下さいよ。何を隠しましょう、ミーったら実はこの手の研究のトップでしてぇ。こういう場面だからと仕方なく呼ばれたのです。」
自分で仕方なくと言っているあたり、ある程度自分の立場を弁えているのがむしろちょっと腹立つ。
「当然今回だけです。今回は他の権威をお呼びする時間も惜しかったので、手近な人をお呼びしただけです。」
「えぇえぇえぇえぇ、それに!!もうミーは心を入れ替えましたから!!あのユートとか言う小僧にヘーコラしていた頃のミーとは違うところをお見せしますよ!!」
「アリチャードは元々魔法研究の有名人でして、人気こそありませんがそれなりに知識は有していると思います。人気こそありませんし、自己顕示欲しか無い馬鹿者ではありますが。」
「なるほど。人気はないが、それは役に立ってくれそうだ。」
「いやいやいやいや、何度も言わないで下さいませんかね…。」
大切な事だ、何度も言う必要がある。
「一応犯罪者ですから、こうして見張りを付けてありますし、魔法が使えないように封印の腕輪をつけてあります。そこはご安心下さい。」
「魔法が使えないのに研究なんて出来るのか?」
「はっはっはっはっ、そこは問題ありません。研究とは基本的に机上で行い、その上で実践に向かうものです。私が担当するのは机上の部分。それ以外は皆さんにお願いしますよ。」
「変な研究成果で無いかどうかは私がチェック致します。」
「信用して下さいよぉ…。」
「信用のためには実績です。実績を積めば正式に研究者として雇う事も提案させて頂きます。」
「まぁそうだな。まずはちゃんとやってくれ。ただでさえ魔界の一大事なんだ。お前も魔王になった途端に魔界が大爆発とか嫌だろ?」
そう尋ねるとアリチャードは首を縦に振った。
「勿論です。もう縁を切りましたが、かつて私が求めていた混沌とは、そういうものではありませんので。」
「なら頑張ってくれ。お前のためにも、魔界のためにも。」
「はいはいはいはい、了解ですよー。」
そう言うと彼は机に向かい、何やら一心不乱に文字や数式、魔法陣を書き始めた。真面目に研究しているらしい。頼むぞと告げた後、俺は玉座の間へと戻って行った。
「すまんな。私としたことが、証拠となる写真を撮影していなかったとは。」
戻った玉座の間には、観測所に行っていたはずのスカイルとティアが既に戻ってきていた。
「こういうことはすぐにやるのが私のポリシーでな。」
「急ぎ過ぎて意外と抜けてるところがあるのが偶に傷だよね。」
「うるさいぞバ」バガン。
ティアの鉄拳で眠りについたスカイルの代わりに、ティアが写真をくれた。本当にこの城には、すぐ手を出す女しかいない。それはさておき。自然界は中世、せいぜい絵が精一杯だというのに、魔界のその写真は既にフルカラーであった。
「…なるほど。」
俺はそれを見て得心せざるをえなかった。
魔法で拡大された空の中に、巨大な炎の塊があった。それは、地球で言うと月と同じくらいの大きさにすら見える程巨大であった。
「これが徐々に大きくなっていることに気がついたのが全ての切欠だ。大きさ、拡大率などから計算して、あと6日と19時間43分56秒でこの星に激突する。」
何とかしなければならない。それは全て、ジュゼと…あのアリチャードに掛かっている。俺は今は祈ることしか出来なかった。
だからこの時は気付いていなかった。その隕石の岩石の一部が欠けて、鋼鉄のような表面が見えている事に。そしてそれが何であるかも。
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