第三十二話 降り来る災厄

 突然の闖入者を諫め、話を聞く事にした。


「彼は空間魔法の第一人者、ボクが紹介しようと思った本人、スカイル・エリフィードだよ。天体学にも精通してるよ。魔界の住人のくせに。」


 魔界は地の底にある。そこで天体学に精通というのは中々想像し難い。ティアの説明にはそうした点が含意されていた。


「よろしく。そして先程は失礼した。さて、改めて魔王よ。この状況を何とかして欲しい。」


 スーツに身を固め、片眼鏡を欠けた偏屈で厳格な初老の男性と言った様相の男が、俺に向かって言ってきた。ご挨拶である。


「なんとかと言われても、そもそも何が起きたんだ。」


 彼は懐中時計を見ながらイライラしたように答えた。


「こうしている間にも時間が失われていくというのに…。やむをえん。簡単に述べよう。私が研究した結果、あと6日と22時間56分32秒でこの星に巨大な隕石が落下してくる事が分かったのだ。その隕石のサイズは極めて巨大で、更に問題なのは、着弾点が『大空洞』の真上だという事だ。」


「だいくうどう?」


 そういうとスカイルは呆れて物も言えんという態度で黙ってしまった。取り成すようにティアが割り込んできた。


「彼は時間に厳しいんだ。時間なんてどうにでもなるのにね。」


 それを聞いたスカイルは鼻を鳴らし言った。


「通常、時間とは有限だ。貴公とは違うのだよ、ティア老。」


 最後の一言がティアを怒らせた。彼女はニコニコとしながら手元の本の角をスカイルの脳天へ激突させた。スカイルは卒倒した。だがティアは笑顔のまま続けた。怖いんですけど。


「レディに老はないだろう。さて、彼は疲れているようなので代わりに説明すると、大空洞ってのは魔界の外れ、辺境の先、火の未開拓領域の上にある大きな穴だよ。」


 そこにジュゼが補足した。


「ただ、未開拓領域という関係上、詳しい事は分かっておりません。自然界では『燃える地平』などと呼ばれています。周辺の気温が常時百度を超えているため、常人では近寄る事すら出来ておりません。竜族の中でも火に強い種族だけはそこを使って行き来出来ているようですが…、実状は不明です。」


 ここが魔界であり、魔法のある危険な場所であるということを改めて思い出した。


「無茶苦茶な場所だな。」


 と、理解出来た辺りで丁度スカイルがフラフラと立ち上がった。


「う、ぐう…。し、失敬…。先程のは確かに失礼であった…。は、話を進める。意図的か偶然かは分からんが、その大空洞に目掛けて、隕石が落下しようとしている。仮にこのまま隕石が落下した場合、その衝撃で魔界の天が崩れ、そのまま隕石が魔界へと落ちてくる公算が高い。そうなれば、分かるな。」


「魔界に大きな衝撃が発生し、巨大な地震が…?」


「それだけでは無い。落下先は火の未開拓領域だ。炎の魔力に満ち溢れている。その魔力と隕石の落下エネルギーとが反応し合うことで、炎の魔力の暴走が起きることが予想される。そうなった場合、どこまで被害が上がるか、全く計算出来ない。下手をすれば魔界全土が火に包まれる可能性すらある。」


 俺は息を飲んだ。それはマズい。とてつもなくマズい。魔界全土を包む炎。想像するだけで身も凍るようである。


「となるとその隕石を破壊しないといけないわけか。しかも…大気圏外で。」


「話が早いな。その通りだ。」


 スカイルが満足げに言った。


「「たい…き…けん?」」


 それとは対照的に、トンスケとサリアがポカンとした顔で言った。


「知らん者は黙っていたまえ。」


 スカイルが言うとサリアがジト目で見つめた。めんどくさいから煽らないで欲しい。


 それはともかく、大気圏外で破壊する理由は一つ。自然界への影響を防ぐためだ。大気圏内で破壊した場合、どうあがいても欠片が自然界に降り注ぐ。その一つだけでどの程度の被害・影響が生じるか分かったものではない。それを抑えるために考えられるのは、大気圏外で隕石を分解、大気圏との摩擦熱で隕石を燃やし尽くす、ということである。


「しかし…そうなると問題なのは…どうやって大気圏外で活動するかってところになるのか…?それは難しくない…?」


 大気圏の外、つまり宇宙に飛び出さなければならない。そこは空気もない暗闇の空間。そんな場所に行くには、色々無ければならないものがある。移動手段、呼吸のための空気、紫外線を遮断する防護服、気圧の安定…。分かっている範囲ではそんな感じだろうか。


 ヘルマスターギアにそのような機能があれば良いのだが、どうだろうか。確かに炎の魔法を放ってもそこまで熱くはなかったが、若干息苦しかった気はする。


「そう、難しい。問題は山積みだ。そして何れも、魔法ですら未だ未解決の分野でもある。魔王よ、私が此処に来た理由は二つだ。一つはこの危機を魔界の王たる貴公に伝え、打破するための方法を模索して貰うこと。そしてもう一つは、その問題の内一つだけ私が解決出来るものがある。それを貴公に提示することだ。」


「それは一体?」


 彼はそれを聞くと、目を瞑り手に魔力を込め始めた。すると彼の体から光が迸り、見覚えのある板が生じた。


「これを。」


 そう言ってその板を差し出してきた。[ディメンジョンコンキュラー]と書かれたバロットレットだった。


「私の空間魔法の研究成果を形にしたものだ。これがあれば移動に関しては問題無く行うことが出来るだろう。自然界と魔界の往来はおろか、場所さえ指定すればどこにでも行ける。だが、やはりそれ以外の部分については、これだけでは解決出来ない。他の方法を模索するしかない。」


 俺はそれを受け取ると、ありがとうと言った。だがスカイルは首を振った。


「礼は全てが終わってからにしてくれ。問題は、隕石を何とか出来るかどうかだ。魔王よ。貴公は最近科学の発展に力を注いでいると聞いた。だからこそ貴公にこれを託したのだ。今の技術で何とか出来ないだろうか。」


 俺はそうだなと言うと、ジュゼに言いイレントを呼んだ。



「無理です…。今の科学技術では、空に行く事は出来ません…。」


 彼は申し訳なさそうに言った。


「無理か。…研究してもダメ?」


「無理とは言いたくはありません…。ですが、魔王様の話が正しいとして、例えば空気が必要だとしてですよ?その空気を保管するものが必要ですが、それがありません。それと…しがいせん…でしたっけ。それが何なのか分かっていないので、遮断も何も出来ません。しがいせんとやらが何なのかという基礎研究から必要です。キアツに至っては…、海底に行く時に必要なものですよね?それが空と何か関係しているのですか?という所なのです。ワターシ達の認識というのは。」


 そうだ、この世界はまだ科学技術が未発達というか、知識の偏りが存在する。魔法を使うための技術には事欠かないが、それ以外に対してはまだ十分な発展が出来ていないのだ。したがって、もし今上がっている問題点を解決させようとすれば、そのために必要な基礎技術の研究から進めなければならないという事になる。そして、それをやろうとするには、時間が限られている。


「なぁ、ティア、どうにかならないか?」


 俺の言葉に、俺が何を言いたいのか大凡理解した様子のティアが答えた。


「残念だけれども、無理かな。僕にも分からないけれど、仮に数十年単位での研究が必要になったとして、それだけの時間を圧縮するとしても一週間じゃ厳しいと思う。」


 予想はしていたが、その回答に俺は肩を落とした。だとしたら…どうすればいいんだ?


 辺りを見回してみた。ティアとスカイルは顔を落とし、どうにも思いつかないという様子であった。トンスケはポカンとしていた。サリアはさらにポカンとしていた。こいつら…。


「一つ案があります。」


 そしてジュゼが口を開いた。


「と言いますか、科学技術の研究では時間が掛かるのであれば、これしか方法がありません。…科学がダメなら、魔法です。魔法の研究を進め、大気圏外でも生存出来る魔法を生み出すのです。」

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