第二十七話 希望の光・中編

 気がつくと目の前には魔王様と、また別の女性が立っていました。どうやら、時が動き出したようです。


「おかえりなさいませ。収穫はあったようですね。」


 私ことジュゼが言うと、魔王様が答えました。


「ああ、一応な。ところで、さっきの話だけど。」


 さっきの話と言うのは、恐らく一時的に動けた時にかかってきた通信でお話しのあった、魔法の解除についてでしょう。


「ええ、魔法の完全な解除は、その魔法をある程度解析せねばなりません。魔王様お持ちのヘルマスターワンドのように、特殊なそれを用いた場合は話は別ですが、通常であればなかなか難しいのではないかと思います。」


「なるほどねぇ。じゃあやっぱり。」


「ええ、アタシの出番ってわけね。」


「…ふむ?」


 私は訝しく首を傾げました。魔王様の横にいた、恐らく勇者と思われる女性は、手に包帯を巻いていました。アザが証だというのであれば、その包帯があってはあの騎士達にそれを見せる事が出来ないのではないでしょうか。


 そう思っていると、魔王様は事情を説明して下さいました。彼女が勇者サリア・カーレッジであること。そして彼女自身あの軍勢を止めようとした事。そして…剣がそのアザを…。ああ、人間とはなんと残酷な事が出来るのでしょうか。私はその話を聞いて顔が青くなりました。そう口にすると、魔王様は「元から青いじゃないか」という顔をしたので、「そこはツッコむところではありません」という意味で拳骨をプレゼントしておきました。以前ティア様とも話していましたが、魔王様は顔に心が出易すぎるのです。


「で、魔王と会って、恐らく対策になると思うものを持ってきたってわけよ。」


 そういい彼女は、腰にぶら下げた剣を指しました。


「まぁ、良く分かってないんだけどな。まだ。」


「はぁ…。」


 ヘルマスターワンドのようなものを持ってきたのでしょうか。それなら助かるところではあるのですが。


「まあ、最悪、今の時点に戻せばいいしねー。」


 ティア様が気楽な様子で仰いました。


「でも時間の操作は絶対じゃないから気をつけてね。流石にいくら魔王様の魔力でも、世界全体の時間操作は物凄く負担が掛かるから。大体、一日分の時間停止や巻き戻し、早送りが限度かな。ボクもそんなもんだし。だから一部に絞ったりしないといけないわけさ。」


「なるほどな。…あのさ、さっき時間を止めてから戻すまで、体感ギリギリ一日なんだけど、もう少し早く言ってくれねぇかな。」


「あれ、最初に言わなかったっけ。」


「聞いてねえよ。大体お前、そういうのを言う前に消えただろうが。」


「おぅ、失敬失敬。忘れてたよ。まぁ世の中そう甘くはないよってことでよろしくね。」


 魔王様は呆れたような顔をして、溜息をついたあと、分かったよ、と答えました。私達もこの事は把握しておかねばなりますまい。つまり、何かミスがあったとしても、戻せるのは一日が限度という事です。


「それでかぁ、やたら疲れてすげー眠い…。」


「であれば、まずはゆっくりお休み下さい。幸い、イージス王国の兵士が部屋を用意して下さいましたので。」


「それと、勇者様は手の治療だね。話を聞く限り、十分対処されているとは思うけれど。」


「ああ、そうだな。おーい、兵士さん、ちょっとー。」


 そう言って魔王様は勇者様を連れて医療室へと連れて行きました。


 その後は今日出来る事はないだろうという話になり、床に就きました。


 魔王様はお疲れだったのか、早々に就寝されたようで、宿舎の薄い壁を破るように大きないびきが聞こえてきました。ですが私は寝付けませんでした。それは勿論魔王様のいびきもありますが、それ以上に、この騒ぎを本当に終わらせる事が出来るのかが不安だったのです。勇者様は「今はまだ使いこなせないけど、多分いざとなれば使えるはず」と言い、どのような力かを見せては下さいませんでした。魔王様は「まぁ俺のヘルマスターワンドみたいなもんだ。多分大丈夫だよ。多分。」と言いますが、果たしてどうなることやら。トンスケからは準備完了の連絡があり、最悪の事態には備えられそうですが。しかしその場合はこの国境線に血が流れることになります。そうなったら今後の魔界の運営にどのような影響が出る事か。そして私がこっそり買っているイージス王国の貨幣の価値はどの程度落ちる事か。嗚呼不安で不安で眠れない。目を瞑った暗闇の中で、魔王様のいびきと、ふくろうか何かの囀りだけが響いていました。




 翌日。暗雲の曇天。気候も私の体調も最悪でした。


 予想通り相手方は後数刻で国境線を越えるだろうという所まで近付きました。イージス王国の防備も整いはしましたが、まさに一触即発といった状況です。私達は彼らに見つからないよう、適当な建物の壁に隠れて様子を伺っていました。


 すると、エスカージャ様が前に進み出て、今まさに国境線を越えようとしている彼らに話しかけました。


「ブレドール王国の兵士達よ!!私はイージス王国国王、エスカージャである!!貴公らは申告無しに我が国の国境を越えようとしている!!理由を説明願いたい!!」


 エスカージャ様が兵士達に叫ぶと、彼らの先頭の騎士が答えました。


「我らは神聖なるブレドール王国騎士団!!魔王を匿う悪の王国を罰するために参った次第である!!聞く耳は持たぬ!!一度でも邪悪な魔王を匿った時点で貴様ら全員重罪人である!!即刻その首落としてくれる!!」


「うわぁなんか悪化してるぞ。」


 魔王様が壁に隠れながら言いました。


「魔王を匿ったという確たる証拠はあるのか!!」


 エスカージャ様の更なる問いに、兵士達は答えました。


「我らが偉大なる王がそう言った!!それだけで十分だ!!」


「無茶苦茶だ。」


 ティア様が頭を抱えました。言う事が正気とは思えません。


「あー、えー、…た、他国にも連絡したが、貴公らの行動は常軌を逸しているとして、今後国際会議にて糾弾される事になるだろう!!貴公らも、ブレドール国王もそれは理解しているのか?!」


「知ったことでは無い!!我ら神聖なるブレドール王国は、魔王を憎む正義の心の持ち主である!!故に!!我らが為すことは全て正義であり、我らに逆らう者は皆等しく悪である!!他国がそれを認めぬというならば、他国もまた重罪人である!!」


 自分で何を言っているのか分かっているのでしょうか。いや、あの目は分かっていない目です。私は彼らの顔を小型の望遠鏡で覗き見て分かりました。明らかに彼らは洗脳されていました。目がトロンと蕩け、喋っているエスカージャ様の顔すら見ず、どこか遠くを見つめているようでした。これだけ大量の人を同時に洗脳することは難しい。恐らくは、具体的に何かをしろと命令を与えられているのではなく、大まかな行動指針を与えられているのでしょう。例えば、勇者と自分たちを正義、魔王を絶対悪とする、というような、曖昧な命令です。勇者様の説得に応じず、不気味な行動を取られたのは、きっと勇者様=正義が自分たちの行動に反する発言をされたので、どうすれば良いか判断出来ず魔法が暴走したものと考えられます。


 という事が分かってもこの数でこの時間です。魔法の解除は困難でしょう。私はどうしたものかとチラリと勇者様と魔王様の方を見ました。するとそこには魔王様の姿しかなく、先程まで壁の後ろにいた勇者様の姿はありませんでした。



「もう我慢できない!!」



 それは勇者様の声でした。怪我は結局治りきらず、包帯をしたままの手で、エスカージャ様の横へとドシドシと地面を強く踏みつけながら歩いていきました。


「さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言っちゃって!!」


「む、き、きさ、きさままままま。」


 勇者を認識してバグが発生したようです。マズいのではないでしょうか。ですが勇者様は構わず叫び続けました。


「正義ってのは自分で名乗るもんじゃないって学校で習わなかったの!?いい!?アンタ達みたいに他人に迷惑をかけてる連中が、正義なわけないじゃない!!アンタ達の正義はただの自己満足、いや、ただの思い上がりよ!!」


「うる、さ、い。彼の方の命令は絶対。魔王は悪。魔王は滅ぼす。魔王は」


 そう言って騎士達は国境線を超えました。自然界における国際法に完全に違反した事は明白です。イージス王国の騎馬兵達が身構えますが、それを勇者様は片手で制しました。そして、勇者様は狂ったように悪だ悪だと繰り返す騎士達に向かい、告げました。


「魔王が悪かどうかは分からない。でもね、今は一つだけ断言出来る。今のアンタ達こそが…悪よ!!アタシがそれを正す!!」


 勇者様はそう言うと、懐から何かを取り出しました。魔王様が持っているバロットレットと同じと思われるものを。彼女はそれを折りたたみました。


 [勇気!!]


 バロットレットが叫ぶと、空が光りました。そして暗雲を切り裂くように、光の筋が、勇者様の腰から天へと伸びていきました。


 その光の元は剣でした。光り輝く剣。勇者様はそれを抜き、しっかりと握りしめると、


「起動!!ブレイブエクスカリバー!!」


と叫び、剣の柄にバロットレットを差し込みました。


 [L-L-L-Load!!][Hopeful-Brave-Ballot-let!!]


 そして彼女は、剣の柄本にあるトリガーを引きました。


「アンタ達の曇った心、照らしてあげる!!」


 [R-R-R-Reading!!]


 壊れたような狂った声調の剣の音声と共に、再び暗雲を切り裂くように光の筋が伸び、勇者様を包み込みました。その光の中を天から猛スピードで何かが降ってきます。それは鎧でした。白と赤の鎧。それは勇者様、サリア様を包むように変形し、そして装着されていきます。


 [Awaken! Your Soul!! Rise up!! Your Bravery!! Gear of Hopeful Brave!!]


 その音声と共に、やがて魔王様のヘルマスターギアの如くバイザーが下り、そして剣ーーーブレイブエクスカリバーが、宣言しました。


 [R-R-R-Rising!!]


 そこには、赤いアクセントが彩られた白亜の鎧に身を包んだ、勇者サリア・カーレッジ様の姿がありました。

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