第二十一話 時の支配者

 ティアが指を鳴らした瞬間、滝の轟音も風のせせらぎも、サリアのジタバタする音も、全てが停止した。彼ら彼女らの息遣いすらが聞こえなくなった。


 無音。


 何もない世界。それが今ここにあった。


「何が起きた…?」


 俺の呟きだけは音として送出された。分からないのだが、俺だけは音を出せるようであった。


「時を止めたのさ。ボクが。」


 そしてもう一人。眼前のティアが飄々とした態度のまま、俺の先の無い問いかけに答えた。


「時を…。」


「ああ。これがボクの魔法、時間操作。選んだもの以外の時を自由自在に操る。停止、早送り、巻き戻しだって思いのまま。こんな力をあんな馬鹿共に渡すわけにはいかないのも肯けるってもんだろう?」


 俺は無言で肯いた。これはマズい。世界全部の時間を停止させるなんて無茶苦茶すぎる。何でも出来てしまう。幾らでも悪用する方法が思いつく。


「ふふふ。」


 だが彼女は笑みを浮かべた。何が可笑しいのかと問うと、彼女は口を開いた。


「キミがそんな心配をしていることに決まっているじゃないか。何故キミがそんな心配をするんだい?」


「そりゃ、アイツらに万が一渡ったらどうしようとか、お前以外の人間がこの魔法を生み出したらどうしようとか、色々あるだろ。いやお前がアイツらに渡すとは思っていないけど。」


「違う違う。キミはこの力が欲しくてここに来たんだろう?」


「あ、まぁ、そうだけどさ。」


 自分が欲しがっていた力の恐ろしさに改めて気付かされた。果たしてこんなものを得て良いのだろうか?


「そう、その考え方。それを知りたかったんだ。」


「え?」


「大体の魔王はこれを悪用することを考える。でもキミは違う。これを『どうしたら悪用されないように出来るか』なんて心配をする。元々欲しがっていた力なのにだ。それこそボクがこの力を託したいと思う条件なのさ。」


 唖然とする俺を尻目に彼女は続けた。


「この力は確かに強力だし危険だ。それを理解している人にしかボクは託すつもりは無い。そしてキミは、それをその条件を満たしている。すなわち、この力を託す価値があると判断する。」


 彼女は手をかざした。かざした先の宙空に、見覚えのある板が出現した。


 バロットレットだ。


「これはボクの力を込めたバロットレット。キミに託す。これがあれば、キミは時の賢者、いや、時の支配者となれる。」


「いや、しかし俺は…。」


 本当にこれを使う資格があるのか。使いこなせるのか。不安が脳裏を過ぎる。


「大丈夫さ。心配する必要はない。キミはキミの信念に従い行動するだけでいい。それがきっと良い結果に繋がる。ボクは信じているよ。」


 そしてそのバロットレットを俺の手に渡すと、今度はティアが輝き出した。


「その光は…?」


「バロットレットは、ボクがキミに一票を投じたという証。ボクの力の結晶でもある。このバロットレットに力を託して、ボクは消える。ちょっと長く生きすぎたから、そろそろ潮時という奴さ。」


「そんな!?」


 まだ会ったばかりだ。時を操る力なんてものを託されるんだ、色々教えを乞いたい事もある。それに俺の為に彼女が消えるなんて。そんな風に俺が慌てていると、彼女は暖かな笑みを浮かべた。


「もっと自分に自信を持ちなよ、魔王様。キミならこれを使いこなせる。まずはキミ自身がそれを信じることだ。…頼んだよ。」


 そう言うと、彼女は光と共に消えた。


 手元には、[タイムルーラーバロットレット]が残された。



 耳に音が回帰した。



「なんだ!?何が起きた!?おい魔王!!時の賢者はどこだ!?」


 慌てふためく混沌の魔界の構成員達。俺はその愚者共に向き直ると、ぐっと肩を上げて威嚇した。


 俺は意を決した。


「やって…やるさ。」


「な、なに?!何を!?」



 戸惑う彼らを尻目に、俺はタイムルーラーバロットレットを折りたたんだ。


 [時間!!]


 それを手元のヘルマスターワンドに差し込んだ。


 [Vote!!Time-Ruler-Ballot-let!!]


「刮目せよ!!」


 [Calling!!]


 瞬間、ヘルマスターワンドのタッチパネルのアイコンが全て消えた。そして見上げると、頭上に巨大なアナログ時計と、ヘルマスター・ギアに似ているが真っ白な鎧が現れた。それが分離すると、俺の体へと装着されていく。


 [停止!!倍速!!巻き戻し!!ターイムルーラー!!]


 目元の赤いバイザーが輝き、俺の視界がハッキリする。全身は白い鎧に包まれていた。そして巨大なアナログ時計が俺の体を擦り抜けていき、俺の足元へとやってくると、それは俺の体をぐぐぐと持ち上げていき、元の世界で言う所のセグウェイの如く、足元の乗り物と化した。


 [降臨!!] 


 ヘルマスターワンドが宣言する。



「なんだそれは!?」


「俺も分からん!!」


 俺は堂々と宣言した。


「と、とりあえず動くなよ!?この女がどうなってもいいのか!?」


「ダメだ!!だから止める!!」


 俺は混乱しながらもとにかく何かをしようと、ヘルマスターワンドのタッチパネル部分をタップした。


 [ストップ!!]


 その音声とともに再び時が停止した。


「ん?」


 もう一度タップする。


 [スタート!!]


 時が動き出した。滝の音が聞こえる。


 もう一度。


 [ストップ!!]


 滝の音が止まる。


 なるほど、よく見るとタッチパネルには、属性のアイコンの代わりに、ビデオのリモコンのようなアイコンが表示されていた。足元の時計盤の長針と短針も止まっている。ヘルマスターワンドの機能が変更され、このアイコンで時間の操作が可能になったようだ。先程から触れていたのは一時停止のアイコンだったのだ。


 であれば。


 俺は滝を見ながら早送りのアイコンをタップした。


 [クイック!!]


 滝だけが動き出し、先程までのおおよそ二倍の速度で流れ続けた。念じた対象だけ時間を早送り出来るらしい。


 また滝を見ながら、今度は巻き戻しのアイコンをタップした。


 [リバース!!]


 予想通り、滝の流れが反転した。


「なら…。」


 俺は混沌の魔界の構成員共に向けて杖をかざし、巻き戻しのアイコンをタップした。


 [リバース!!]



「?!かのいいもてっなうどが女のこ?!よなく動ずえありと、と」

「?!はれそだんな」

「?!を何!?にな、な」

「?!だこどは者賢の時!!王魔いお?!たき起が何?!だんな」

「!!かのいいもてっなうどが女のこ!!せ越寄を力のそ!!者賢の時ぞたけつ見とっや!!えねは用ゃに王魔は今」

「?!かラリゴの種新」

「!!ろけつを気」

「!!力腕のこだんな」

「!!め込え抑?!力の娘のこだんな」



 言葉も含めて彼らの行動全てが巻き戻り、やがて構成員達は草むらへと戻っていった。俺は今のうちにサリアを俺の後ろに持ち上げて移動させる(石像のように動かす事は出来るらしい)と、もう一度ヘルマスターワンドの一時停止のアイコンをタップした。[スタート!!]の音声とともに時間の停止が解除され、足元の時計盤が再び時を刻み始めた。



「あれ!?あれれ!?」


「んん!?アタシ、さっきまで捕まっていたのになんで!?」


 戸惑う彼ら、そしてサリア。やがて皆が俺の存在に気づいた。


「魔王…!?あれ!?いつの間に前に!?」


 驚くサリア。そして混沌の魔界の構成員達は何か気づいたように恐怖の念に駆られた表情を浮かべた。


「まさか、今のは、時の魔法…!?」


「ご名答。もう人質は取れない。これで終わりだ!!」


 と言いつつもこの状態だと武器での攻撃しか出来ない。なるほど、タイムルーラーギアは戦闘向きというより、圧倒的有利を形成するまでの補助ギアといった所だろう。つまり止めを刺すのはこれではない。


 俺は[タイムルーラーバロットレット]を取り出すと、[アウェイクニングバロットレット]を挿し直した。


 [Vote!!Awakening-Ballot-let!!][Calling!!][目覚めたる魔界の王!ヘル・マス・ター!!][降臨!!]


 何が起きたのかは分かったようだが、どうすればいいか戸惑う構成員達を尻目に、俺はヘルマスターワンドを組み替えて大剣モードへと変形させた。


 [Mode Blade!!]


 そして風のアイコンを二回タップした。


 [Wind!!Wind-Finish!!]


「あ、ああ、まだ何もしてないのにぃ。」


 構成員達は何が起きるか理解した様子だった。


「しっかり掴まっておけ。」


 俺はサリアにだけ告げた。彼女は気に召さないような表情を見せたが、渋々俺の翼を掴んだ。


 それを確認してから俺は構成員達に向き直り、叫んだ。


「何をするかは我が知っている。吹き飛ぶがいい!!」


 俺はトリガーを引き、剣を振るった。


 [ヘルマスター!!ウインドブレイドフィニッシュ!!]


 剣から放たれた衝撃波と強烈な風が、構成員達を切り刻み、そして何処かへと吹き飛ばした。


「ぎゃああああああああああああああ!!」


 そう言って彼らは消えていった。有りがちな断末魔どうも。俺は一息吐くと、バロットレットを取り出し、ギアを解除した。


「ケガはないか?」


 俺がサリアに尋ねると、彼女は不貞腐れながらも、「大丈夫」と答えた。そして続けて言った。


「その、あの、助けてくれて、ありがとう。」


「気にするな。当然の事をしただけだ。」


「…そう。」


 彼女は神妙な面持ちで考え込んだ。


「演技では無いみたい…。だとしたらやっぱり魔王っていいやつ…?」


「どうだろうな。魔王は所詮役職でしか無い。魔王にも悪い奴は居るし、そうでない奴も居る。それだけだと思うぞ。…とはいえ、すぐには受け入れられないのも分かる。ゆっくり考えてみるといい。」


 とりあえず俺を襲うのを止めてくれ、というと色々台無しになりそうなので、それは心の中に閉まっておいた。


「…うん。」


 彼女は初めて心から納得したように肯いた。



「ところでさっきの娘は?」


「あぁ、それは…。」


 答えようとして、迷った。俺に力を託して消えていった、なんて言っていいものだろうか。


 その時、使っていなかった通信機が鳴り響いた。


「ちょっと待ってくれ。」


 俺が通信機を取ると、その先からジュゼの声が、滝の音を掻き消す勢いで轟いた。


『魔王様!?ちょっと、緊急でお聞きしたい事があります!!すぐ戻ってきて下さい!!』


 一方的に告げると、その通信はブチッと切れた。


「彼女は色々あって去った。そうとしか今は言えない。…すまん、詳しく説明する時間は無いんだ。」


「まぁ、分かったわ。さっさと帰った方がいいわよ。女を待たせると怖いから。」


 同性が言うと説得力がある。さっさと帰ろう。


「すまんな。まぁ、なんだ。まだ迷う事があれば魔界に来てくれ。今の魔界について知ってもらった方が、君も納得し易いだろう。」


「分かった。…その、魔王に言うのもなんだけど、…色々、ありがとう。」


「いいんだ。ではまたいずれ。」


 彼女は今後、身の振り方を考える事になるだろう。次は平穏に会う事を祈りながら、そう言って俺は転送機構を起動し、魔王城へと帰還した。

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