第二十話 時の賢者と自称勇者

「時の…賢者?」


「ま、自称だけどね。時を操る魔法を生み出したのがボクだから、それくらい名乗ったっていいだろ?」


 確かに、時の魔法を自分で生み出したという事なら、それは賢者といって然るべきだろう。


「この力があればなんでも出来る。例えば自分の身体を生長させず、実質的な不老不死にしたり。キミの期待通り、技術開発の速度を上げることだって勿論出来る。だからこそ、こんな力を自由自在に使われると不味い。だからこんな所で隠遁生活してるってわけさ。」


 彼?彼女?は両の掌を上げてやれやれといった様子で言った。


「あ、ちなみにボクは女だから。まぁそれなりにジェントルマンとしての対応を頼むよ。」


 さいですか。


「あー、なるほど?それで、お…我を呼び出したのは何故だ。」


「ああ、そーいうのいいからいいから。」


「?」


「そーいう角ばった態度は要らないってことさ。もう知ってるから。」


「…何を?」


「キミは本当の『エレグ・ジェイント・ガーヴメンド』ではないだろう?」


 バレている。俺は出来る限りそれを顔に出さないように努めた。


「…何の話だかなぁ。」


 俺はそういいながら口笛を吹いた。彼女はため息をついた。


「隠す気ないでしょ。」


「あるよ!!あ。」


「まぁ、うん、キミが悪い奴でない事は分かった。少なくとも嘘をつけるような人間じゃないってことはね。」


 俺は肩を落とした。褒められているわけではないだろう。


「いやいや褒めていると受け取ってくれたまえ。…話を進めようか。ボクがキミを呼んだのは、その入れ替わり件も含めて、キミがどういう人物か見極めたいからさ。」


「はぁ。」


「今までボクが見てきた魔王はフツーの人でね。時を操ってまで魔界の発展を望むような人は居なかったんだよね。まぁ大体が野性的というか、キミの体の元の持ち主程では無いけど、住民の生活が維持出来る程度に放置してた感じだね。だからちょっと興味が湧いたのさ。そういう立場に置かれたとはいえ、縁もゆかりもない魔界のために尽力するキミに。」


「いや、そんな綺麗なもんじゃない。こーいう立場に置かれて、死にたく無いから仕方なくやってるだけだよ。」


「それだけならそのヘルマスター・ギアはキミを認めたりはしないさ。キミはなんだかんだ魔界の事を思ってくれている。そうじゃないかい?」


 まぁ、確かに、この三ヶ月間でこの世界に愛着が湧かなかったかと聞かれればNOである。


 前は普通の生活をしたいと思い、普通に過ごしていただけだった。寝て起きて、勉強して、食事して。悪くいえばそれだけ、良くいえば平穏な生活だった。平々凡々という単語がピタリと当て嵌る。


 ここに来てそれは一変した。


 最初は戸惑ったし、元の生活に戻りたい、普通の生活をしたいと思う事もあった。だが見た事の無い物に、価値観の違う人々に、元の世界と大きく異なるこの世界に、振り回されていく内に、それを楽しんでいる自分があったのも確かであった。


「そう…あろうとしているのは確かかな。」


 少なくとも、仕方なくというだけでは無いと思う。魔界の事が好き…とまではいかなくとも、嫌いではない。だからこそ自分がよりよく出来るならそうしたい。今はそう思っている。


「そうかそうか。ふむふむ。そういう魔王は実は少ないんだよ。今までの魔王はどうも利己的というかね。その点君は違うようだ。信頼しても良い魔王かもしれないね。ではもう少しお話しさせて…」



「魔王!?」



 彼女の問いかけは、別の甲高い声に邪魔された。誰だ、と誰何する必要はなかった。その声には記憶があった。


「道理でさっきから魔王らしい奴に会わないと思ったら、アンタが魔王だったのね!!」


 先程道端であった女性であった。息切れしながら言葉を紡ぎを剣を抜いてこちらに突きつけてきた。


「いや、その、まあ、なんというか、ハハハ。」


「おや、知り合いかい?」


 知り合いというわけではない。ただすれ違っただけというか、何と言うか。


 どう答えたものかと戸惑っていると、彼女がそれを遮るように叫んだ。


「アタシは勇者サリア・カーレッジ!!魔王を倒す使命を帯びて旅している者よ!!さあ魔王よ!!ここで退治してやる!!」


 そういうと彼女は剣を振りかざし俺に向かって振り下ろした。


「あぶねっ。」


 俺が避けると、剣は空を裂き、地面に突き刺さり、そしてポキリという音を立てた。


「ん?」


 俺はその音源を探した。音を立てたのは地面ではなかった。彼女の持っていた剣が地面に刺さる瞬間、根元から折れた音であった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 彼女は叫びながら虚ろな目で折れた剣の柄を見つめた。


「あー。古そうだったしねぇ。」


「ボロかったんだろうな。」


 身につけている鎧も相当な年季物だ。サイズが合っていない以上に色褪せている。


「馬鹿にすんなぁ!!これはうちの村に伝わる伝統の装備なのよ!!」


 そういいつつも、自分の言葉に同意出来ていないような様子が見て取れた。


「いやすまん…馬鹿にしたつもりはないので謝る。でもさ、現実問題古びて壊れてるからさ…。」


「うむ。ボクの目から見ても特にレアというものではないね。材質もフツーのものだし。多分伝統という名のお古だね。アンティーク好きにはまぁいいかもしれない。剣は折れたけど。」


 折れた剣より鋭い刃がザクザクと彼女に突き刺さる。


「うぅ…。まぁ、確かに、やけに古くさいとは思ってたけど…。」


 彼女は涙を浮かべながらも、「ああやっぱりね」というような表情を浮かべながら言った。


 彼女は意を決したように立ち上がり、見るなと叫んだ上で荷物から私服を取り出し、木陰で着替えた。普通の布の服、ワンピースというやつだ。鎧は適当なところに捨てていた。そうして戻ってきた後も、彼女は歯軋りをしながらこちらを睨みつけていた。


「まぁ、その、騙したのは悪いけど、ともかく平和的に話し合おうじゃないか。な。」


「そうそう、平和が一番。そもそもなんで魔王を倒すなんて話になったんだい。」


 ティアの質問に彼女は答えた。


「特に理由はないわ!!昔っから魔王は倒すものだってうちの国では聞いてるのよ!!」


 俺も昔はそうだったので、気持ちは分からなくは無いのだが、こちらの世界の現実と照らし合わせると、無茶苦茶な話である。例えるならどこぞの大統領を暗殺するようなものだ。


「国…ねえ。もう少し詳しくお願い出来るかな?」


 彼女はティアに、先程も聞いたその伝統とやらを話した。


「ああ、ブレドール王国か。確かにそんな話は聞いた事あるけど。でも実際のところ、魔王はそんな悪い人では…無い場合もあるけど…まぁ自然界の王様と同じようなものだから、そんなに邪険にする必要はないんじゃないかな。昔は魔物に苦しめられてたから、そんな伝承が出来たのかもしれないけれど、魔物を生んでいるのは魔物自身。魔王のせいじゃないさ。ねぇ?」


 同意を求められた俺は、首を縦に振った。むしろ俺としては魔物なんていない方がいいくらいだ。魔王の力で何とか出来るのであれば何とかしたい。出来ないから困っているわけだが。ーーーという話をすると、ティアはまた顎に手を当て考え始めた。


「うーん…うちの国では昔っから魔王が悪いって話だったんだけどなあ…。大臣か誰か偉い人に挨拶した時も応援されたし…。でも確かに悪人にしては、わざわざ魔法使わずに山登ったりしてるし…。普通の魔人とか竜族と変わらない平々凡々って感じだし…なんかイメージと違う…。」


「平々凡々で悪かったな。」


「まぁまぁ。こんな平々凡々な魔王だけど、意外といい人だよ。さっき会ったばかりだけど、ボクには分かるね。」


「そんな子供に何が分かるのよ。」


「ボクは歴代の魔王を見てきたからね。こう見えて云千歳なんだよ?」


「なんでそこボカすんだ。」


「レディーの歳は秘密なんだよ。」


 千歳単位でサバ読んだってババアなの変わらないじゃないかと思ったが、口に出すと怒られそうなので黙っていた。


「顔に出てるよ。」


 叩かれた。


「…まぁ、確かに、悪人には見えない。」


 ティアが呟いた。このやり取りで判断していいのかお前。まあいいか。いい方向に転んだし。


「でもだとしたら今までの勇者は一体…?」


 どこかに消えたのだろうか。それとも魔王を倒したと嘘か何かをついていたのだろうか。それとも昔は実際に倒していたのだろうか。俺も少し不思議に思った。


「うーん…。今まで全然考えた事無かったからわかんない…。」


 悩む彼女に俺は言った。


「今考えても結論は出ないだろ。疑問に思う事が大切だと思うぞ。」


 伝統だからと言って疑わない事は簡単だ。だが彼女はなんだかんだで考える事を始めた。俺やティアが切欠になったとはいえ、それがどれだけ難しいことか。


 という事で早く解放して欲しい。


「偉そうに…。」


 忌々しそうな目でこちらを見られたが、俺は気にしない。だって偉いもん。王様だもん。


「子供かねキミは。」


 また心を読まれた。というかお前の外見で言われたくはない。



 その時突然、ガサゴソと草むらで音がした。


「なんだ?」


 訝しむ間もなく、突然数人の死霊族ーーー全員魔物ーーーが飛び出し、サリアの首に腕を回し、盾にするようにしてこちらを向いた。


「なにすんのよ!!」


 サリアがその拘束を破ろうと腕に力を込めると、その拘束は広がり脱出できそうになるが、


「なんだこの娘の力!?抑え込め!!」


 抑えているやつがそう言うと、横にいたもう二人が必死にそれを押さえ込んだ。


「なんだこの腕力!!」

「気をつけろ!!」

「新種のゴリラか!?」


「誰がゴリラよ!!人間よアタシは!!」


 アホみたいなやり取りをしているが、流石に三人掛かりではさしもの自称勇者もどうにもならないのか、今度はちゃんと拘束されていた。


 三人で漸くなのか。襲われなくて良かった。


 いや違う。そんな事で安心している場合ではない。


「なんだなんだお前ら!!」


 俺が問うと、シッシッというポーズで無視された。


「今は魔王にゃ用はねえ!!やっと見つけたぞ時の賢者!!その力を寄越せ!!この女がどうなってもいいのか!!」


 悪役のテンプレートみたいなセリフを吐きながら、その男はサリアにナイフを突きつけた。


「ああ、『混沌の魔界』の連中か。」


「こいつらもか!?」


「うん、たまに来ては追い返してるんだが、困ったね。人質を取られるとは。一人ならやりやすいんだけど。」


 呑気に彼女は答えた。そんな呑気に答えている場合じゃないだろう。サリアを助けなければ。


 だがヘルマスター・ギアを装着する時間はない。どうしたものだろうか。


 俺が戸惑っていると、ティアが尋ねてきた。


「何故彼女を助けたいんだい?キミを殺しにきた奴だよ?」


「今は違うだろ?それに、目の前で襲われているゴリ…人を助けず見過ごせるわけないだろ!!」


「そういう答えが欲しかったんだ。」


 ティアは含み笑いをすると、指をパチンと鳴らした。

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