第十一話 選挙のために出来る事
「もういいだろ。正体バラそう。」
「なんです藪から棒に。」
「いきなりなので我輩心臓が止まりそうでしたぞ。」
もう止まってるだろ。いや、死霊族も生きてるから動いてるのか?…やめよう。本題と逸れすぎる。
時間は飛んで選挙まで一ヶ月、そろそろ選挙活動が必要になってくる時期である。魔法の練習が終わった辺りで俺はジュゼ達に切り出した。
俺が言いたかったのは、自分が入れ替わりであることを、世間に公開すべきじゃないか、という事だ。シュミードと話をして、それを強く思った。
彼は以前助けた狼族の集落について話してくれた。今は平和に過ごせているらしい。何よりだ。だが俺の事については未だ半信半疑で、過去の事もあり、支持すべきかどうか迷っているという事であった。あそこは大体七百人くらい住んでいる。最低限必要な票数は千。もし俺の支持についてくれれば、敵のプランを潰すのに大きな足がかりになる。そのためには、過去の事を水に流して貰う必要があると考えたわけだ。
そこで言い出したのが冒頭のアレである。だがジュゼは反対だった。
「それやると私達が魔王様を謀殺した事になり、色々面倒な事になります。じゃあそもそも魔王を一旦おろせ、みたいな話にもなりかねません。ダメです。」
それもそうである。
「…心を入れ替えました、と言うくらいならアリではないですかな?」
「まぁ、それくらいなら。」
それくらいで許して貰えるだろうか。話を聞けば聞くほどこの肉体の元の持ち主の所業はロクでもない。人殺しまでしているのだから、それだけで許されるのかどうかは怪しいようにも思った。とはいえ、自分の命を絶って詫びろなんて言われたらどうしよう。…そこまで深くは考えないようにしようと思う。行動で示すしかない。
「ですが、わざわざ今言う事ではないでしょうね。」
「ふむ、じゃあ何時言えばいいんだ?」
「投票日の投票開始前に、政見放送があります。そこで言うのが一番いいのではないでしょうか。喧伝できる事はいくつかございますので、それと合わせてお話されるのがよろしいかと存じます。イレントの研究成果ですとか、辺境の治安も徐々にですが改善しつつあり、食糧の供給も多少ではありますが出来始めています。住宅の不足は未だ解消出来ておりませんが、イレントの研究が完了すれば、輸送手段の効率化により作業着手可能と説明も出来るでしょう。」
撒いた種は確実に実り始めている。何よりだ。だが一つ引っかかる単語があった。
「政見放送?テレビでもあるのか?」
「?テレビとはなんです?」
トンスケが言った。つまりテレビは無いという事か。
「テレビについては後でご説明致しますよ、トンスケ。ともあれまず魔王様にご説明致しますと、テレビはございません。投票所前に発生させた映像魔法のフィールドに、同じく魔法による映像中継を行うという仕組みです。」
「映像撮影自体の技術はあるのか。」
「記録用に、ですね。情報の拡散用途に使われるのは稀です。こういう、魔界全土に広めるべき情報だけを広めるくらいですね。事件事故も新聞で広報されるくらいです。」
情報の拡散、というのは、元の世界では重要視される点である。情報は全てを制すると言っても過言では無い。情報を一早く、より多く得る事は、自分のリスクを減らす事にも繋がる、というのが元の世界であった。だがこの魔界では、そこまで至っていないというより、力が物を言う世界というのが根底にあるのだろう。元の世界は資本主義、金が中心だったので、情報というのは重要視されていた。だがこの世界では、仮に金があっても、力が無ければ奪われる。勿論金は要るのだが、最重要では無く、それに伴うように情報というのも軽視されている傾向がある。
「まあ強くなる情報があっても、結局それを使う人の才能や努力に左右されますので、どうしてもそうなりがちではございます。ですので、魔王様の居た世界には居たマスコミとやらも、職業としては成り立っておりません。」
ジュゼが付け足した。ま、その方が何だかんだ平和だし、変なニュース流されて風評被害を受けるみたいな作戦取られるのも困る。そっちの技術は研究進めないように気を付けておこう。
「そっかあ。じゃあまあ、その時にでも話すか。」
「ええ。それがよろしいかと。」
「何か良くわかりませぬが、話がまとまったのでしたら良かったですぞ。」
トンスケがカラカラと笑った。呑気なのがむしろ気が楽になって助かる。
「となると、選挙までに出来る事って何があるかね。」
俺が尋ねるとジュゼが首を捻りながら答えた。
「ふむ、パッと思いつくのは敵に目立たない範囲での挨拶とかですか。魔王城内および城下町であればそこまで目立つ事はないでしょう。」
「ええ。諜報の情報をまとめると、辺境を中心に行動しているようですので、逆にこの辺りであればこちらの動きが伝わる可能性は少ないかと思いますぞ。」
トンスケが続けた。
敵の情報はまだ少ない。少なくとも組織名が「混沌の魔界」である事はわかった。だが構成員や、選挙当日の動きがよく分からない。魔界選挙への立候補は任期=投票日の二週間前なので、その時に立候補した内の一人が構成員であろう事はわかるのだが。一応、俺も魔法を使えるようにはなりつつあるので、何かあっても対処出来るだろうというちょっとした安心感が出てきてはいた。
「しかし油断はなさらず。敵の規模や構成員は不明ですので。」
「そりゃ勿論。」
大丈夫大丈夫と楽観視してダメでした、なんてオチはごめんである。前にやっていたゲームでも、友好的だと思っていたやつがいきなり宣戦布告するなんてのはザラだ。出来る事はするし、最悪の場面も想定する。
「じゃ、少し街を歩くか。今度は堂々と魔王としてな。話を聞いたり、何か改善出来る点は無いかとかな。」
「それがよろしいかと。」
「では早速。」
そう言って俺は立ち上がり、玉座から降りて玄関へと向かった。後にはジュゼとトンスケが続いた。
出口近くで不意に目に入ったものがあった。初代魔王の鎧と書かれた展示物だ。黒と赤で構成された色遣いと、兜に伸びた角などが特徴的であった。胸の真ん中にはオーブのようなものが組み込まれている。玄関から外に出る事があまりなく、魔王城の巨大さに対し、この鎧は人一人のサイズしかないため、色合いもあってあまり目立たなかった。
「こんなのあったんだ。俺も装備出来るのか?」
「魔王様、人前では我でお願いします。…で、装備可能かどうかについてですが、一応出来はするようです。」
「なんだ一応って。」
「これは人を選ぶとかで、鎧自身が選んだ相手でなければ装備出来ないとか何とか聞きますぞ。」
「そういうわけです。なお以前の魔王様は当然の如く装備出来ず、癇癪起こして破壊しようとして失敗していました。」
つくづくどうしようもない奴である。しかし鎧が選ぶ、か。俺の杖といい、なかなか神秘的である。魔界に来てからというもの、幻想どころかド直球な現実を見せられる事が多い中、こういう不思議な伝承というのが、俺にとってはある種の癒しになっていた。魔界に来た、という実感が湧くというものだ。
「転生も十分神秘的だと思いますがね。」
ジュゼがボソリと言った。うるせえ、だったらチート武器でも寄越せ。俺は心の中で呟いた。
その時、杖がほんのりと光った気がした。だが二度見するとそんな事はなかった。気のせいだったようだ。ともかく俺は城下町へと繰り出した。
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