第210話【警備隊の選定】

<<首都マサル代官スポック視点>>

「では議決を採ります。

首都警備隊の設置に関する事案は、可決とさせて頂きます。


なお人選については、わたしに一任頂くことにさせて頂きます。


続きまして、第5号議案…………」






「ふう、今日の議会も無事に終わりましたなぁ。


どうです、これから一杯?」


「そうですねぇ、ヤングさん。

本当に少しだけですよ。

警備隊隊長の人選もしなきゃいけないんで。」


「もちろん、ちょっとに決まっているじゃないですか。


さあ行きましょう、スポック代官。」


カトウ運輸代表として、議会に出席するようになったカトウ運輸番頭のヤングさんとは、かれこれ10数年の付き合いになります。


今日も月1回の定例議会を無事終えて、これから一杯行くところです。


共和制の議会運営にもようやく慣れて来ました。


始めは戸惑いもあった議員の皆さんも、その責務の重さを実感しているようですね。


議会が終わると、皆さんげっそりとしていますから。


王政や帝政の場合は、最終決定は王や皇帝が行います。


でも共和制の場合は、議員の多数決が原則です。


そのため、議員ひとりひとりの判断が責任重大になります。


なので、事前に渡される議題に対して、しっかりと調査して自分の意見をまとめておく必要があります。


ですから、議会後は皆さん肩の荷を下ろすわけです。





「ヤングさん、今日の第4号事案の警備隊隊長の件なんですけどね、誰か良い人はいませんか?」


「そうですねぇ。心当たりがないわけでは無いので、ちょっと確認してみましょうか?」


「お願いします。

出来るだけ、どこの国にもしがらみの無い人が助かります。」


「ええ、そういう意味でも適任だと思うんですが、今の仕事もありますからね。


とりあえず、意思確認だけでもしてみますよ。」




2日後、ヤングさんから警備隊長の件について、連絡が来た。


今から面接して欲しいと言う。


わたしが応を返すと、しばらくしてヤングさんと、40歳くらいの男性がやって来た。


「スポックさん、急に申し訳ない。


ちょうど彼が本社に来ていたから連れて来たんです。


さあ、マクベスさん。

自己紹介を。」


「初めまして、マクベスと言います。


カトウ運輸のモーグル王国王都物流センターの警備隊長をやらせて頂いております。」


「スポックさん、彼にはモーグル王国の物流センター全てを管轄してもらっているんです。


実は彼の奥さんは本社の経理に在籍していて、既にこの国に住んでいるんですけどね、今は別居状態なので、一緒に暮らせるようにしてやりたいと思っていたんですよ。


ただ、夫婦で同じ場所での勤務は規則上禁止しているので、今まで出来なかったのです。


もし、この街の警備隊長になれるのであれば、一緒に暮らせるかと思いまして。」


「マクベスさん、仕事の内容についてはご存知ですか?」


「ええ、ヤング様から概ね伺っております。


街の治安維持、防御、入出国審査、庁舎及び官舎の警備、要人警護、これくらいでしょうか。」


「そうですね、当面はそんな感じです。

ではお願いするとして、いつから入れますか?」


「モーグルの警備隊には既に交代可能な者を育ててありますので、引き継ぎが終われば。


だいたい1ヶ月くらい頂けたらと思います。」


「では、1ヶ月後からお願いします。」


「スポック様、あの非常に言いにくいのですが、わたしは以前傭兵を率いていたみたいなのです。


『率いていたみたい』と曖昧なのは、途中記憶喪失になって何も覚えていないからなんです。


傭兵時代はかなり悪どいことにも手を染めていたみたいなのですが……」


「マクベスさん、以前の記憶はどちらで聞かれましたか?」


「……妻です。わたしは妻にも酷いことをしたようなのですが、妻はそんなわたしを探し続けてくれていたようで。


妻に会って、彼女の知っている過去のわたしの話しを聞きました。」


「と言うことは、奥様はあなたの過去を知っていて、それでもあなたを許して結婚したということでしょうか?」


「その通りです。」


「それならば何の問題も無いですね。

むしろ、過去の記憶が無いのは良かったかもしれません。


他国とのしがらみが無いということですからね。


ヤングさん、良い人を紹介頂きありがとうございます。


マクベスさん、頑張って下さいね。」


こうして、首都の警備隊長は、マクベスさんに決まりました。



その日の夕刻、庁舎から帰宅する時、食堂街を歩くマクベスさんを見かけました。


その横には幸せそうな笑顔をした奥様と、10 歳くらいの可愛いらしい女の子が、仲睦まじく並んで歩いていました。



18 【首都の体制】

<<マサル視点>>

スポックさんが、首都の管理体制を説明に来た。


「……………………

………………………………

ここまでが評議員になります。


各国からの官僚が1人づつとヤングさん、街の住人代表として、商人、職人、農民からそれぞれ2人づつを加えました。


続きまして、各課長についてですが、建設課長にジョージさん、警備隊長にマクベスさん、

マクベスさんは、カトウ運輸モーグル物流センターの警備隊長でしたが、ヤングさんの推薦で選定しました。


会計課長にリザベート様、会計課には副課長として、ヤーラさんに入ってもらいます。


ヤーラさんは、カトウ運輸の経理担当ですが、今回首都の会計を見てもらうことになりました。


司法長官としてマイケルさんを考えています。


マイケルさんは、国際裁判所で所長を務めておられましたが、定年を機に司法長官をお願いしました。


次に…………………

………………………………


以上が、課長職になります。


なお、首都の課長は、今後増えていく街や村の管理も行いますので、実質的な大臣職と考えております。


なお、任期については特に定めませんが、世襲制は取りません。


また、年に1回は信任審査を予定しております。



以上が、首都の管理体制になります。


マサル様の指示通り、無駄な組織は作らず、最低限の組織体制にしました。


必要に応じて、枝葉を付けていくことにします。」


特に問題になるところも無いだろう。


とりあえずは、目の届く範囲で組織が動いてくれれば良い。


「スポックさん、了解しました。


カトウ運輸からの移籍が多いのが気になりますが、メンバー的には妥当なところでしょうか。


それぞれの下に出来るだけ優秀な人選をして、次の世代も作るようにお願いしますね。


よし、とりあえずこの体制で行きましょう。」


スポックさんの明らかにホッとした笑顔が浮かんだ。


「スポックさん、人選お疲れ様でした。


代官の仕事もあるのに、申し訳無かったですね。」


「いえ、大丈夫です。


移住者第4陣の受け入れに時間を取られるかと思っていましたが、ランス様、ローバー先生、ジョージさん達のおかげで、わたしの出番はほとんど無かったのですよ。


移住者達もマサル様の名声を慕って来た者ばかりですから、皆さん真面目で勤勉な人が多いですね。


特に貴族を排除したので、皆安心して暮らせているようです。」


「それだけ、貴族の専横と貧富差別があったと言うことですね。


こんなことにならないように、しっかりと明文化しておき、後世まで受け継ぐべき使命ですね。



あっ、そうだ。憲法はどうしましょうか。」


「マサル様、憲法とは?」


「ああ、法律のことです。


法律の根幹となるもので、基本的には不変で普遍的な考え方を纏めたものですね。


簡単に言うと、細かな全ての法律は憲法に違わないように制定され、よほどのことが無い限り変更されない、絶対的な原則ですね。」


「それは良いものですね。


道理がきちんとしていれば、おかしな法律や規則は作れないことになりますから。


早速原案を考えてみます。


マサル様、マサル様から入れるべきものはありますか?」


少し考える。


日本の憲法のように細かなものは必要ない。


どちらかというと、そう、憲法十七条、聖徳太子が定めたあれだな。


「そうですね、シンプルな大原則が良いですね。


例えば、『何事も調和を大事にして、民に馴染まない法律は制定しない』とか、『全ての民は国の臣下であって、個人の臣下として扱ってはならない』とか、『貴賎や貧富による差別はしてはならない』とかですかね。」


「なるほど、本当に大原則ですね。

確かにこの粒度の原則があれば、おかしな制度や規則は出来ないかもしれませんし、役人や民にとっても良い指針になるでしょう。


数は20までにしましょう。


その方が覚え易く民に浸透するでしょう。」


スポックさんが意気揚々と退出した後、リズが入って来た。


「マサルさん、人選は如何でしたか?」


「なかなかいいんじゃないかと思うよ。


リズが会計課長になっていたね。」


「そうなのよ。スポックさんにどうしてもって頼まれて。


まぁ、建国したてなのにこんなに潤沢な資金を持つ国も珍しいから、誰かに任せるのは難しいかもね。」


「確かにそうだね。


俺としても、リズが管理してくれたら助かるしね。


頑張ってね。会計課長様。」


「もおう、マサルさんたら!


でもやると決めたからには、きっちりとやるわ。


手伝ってくれるヤーラさんは、優秀そうだしね。」


「ヤーラさんはとっても優秀だよ。


カトウ運輸の初期から会計を任せていたしね。


そうだ、ヤーラさんの旦那さんって知ってる?


あのハリスさんなんだよ。」


「ハリスさんって、カトウ運輸の警備課長のハリスさん?


ハリスさんって結婚してたんだ。

知らなかったわ。」


「そうなんだよ。ふたり共なかなか煮え切らなくてさ、経理課総出で引っ付けたらしいよ。」


「そうなんだ。今度、ヤーラさと一緒に晩御飯に誘って、冷やかしてあげましょう。」



1週間後、カチコチになったふたりが我が家に来て、リズに質問責めにあったのは、別の話しで。

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