第205話【移住者第1陣港に着く】

<<旧ハーン帝国民チキス視点>>

「カウラ、カミラ、着いたみたいだ。さあ降りよう。」


俺は席に座って寝ている2人の子供を起こす。


窓から見えるのは白い綺麗な砂浜だけだ。


果たして、この新しい国は俺達を受け入れてくれるのだろうか?


いや、今は考え無いでおこう。


この子達のためにも、頑張るしかないのだから。







俺の名はチキス。

今はもう無くなったが、旧ハーン帝国に住んでいた鍛冶屋だ。


早くに妻に先立たれ生まれたばかりの2人の子供達とハーン帝国の山中で猟師や炭焼き職人のための道具を修理する鍛治を生業にしてきた。


細々とではあるが、家族3人が暮らしていく分には充分だった。


それがある時期を境に一変した。


ハーン帝国はナーカ教国に戦争を仕掛けておきながら、逆にナーカ教国に攻められ、事実上崩壊してしまったんだ。


それまでも安くない税を搾り取られていたんだが、それがますます酷くなって、街の方じゃどんどん人が居なくなっているらしい。


当時は酷税に対する反乱が起こって、大量の死者が出たからだとか、新たな戦争を起こそうと戦費を蓄えているとか、いろいろな噂が流れたが、本当のところは分からない。


徴税官は何も話さないからな。




しばらくして、ナーカ教国の役人と言うのが訪ねて来た。


彼が言うには『ハーン帝国は無くなり、ナーカ教国とモーグル王国に分割された』らしい。


俺達の集落はナーカに併合された。


ナーカ教国の政府は、ハーン時代に比べると、まだマシという程度だった。


しばらくして、ナーカ教国の締め付けは弱くなった。


行商人に尋ねると、『救国の英雄様』が現れて悪い奴等を懲らしめて下さったらしい。




こんな田舎じゃ、行商人が興奮してまで話し込むほど有名な『救国の英雄様』なんて知らないが、俺達の生活が良くなるんだったら、俺達にとっても『救国の英雄様』に違いないや。


それから10年の年月が流れ、

子供達も大きくなってきた。


この辺りに住んでいた奴等も皆街に移ってしまった。


女房の墓があるこの場所を離れるのは心苦しいが、子供達の将来を考えると、街に移る方が良いのだろう。


俺達は、ナーカの街に移ることにした。


ナーカの街は好景気に沸いており、移住した俺にもすぐに仕事は見つかった。


子供達に勉強させてやることも出来た。


5年ほど経ち、子供達が初等教育を終える頃、新しい国が出来ると言ううわさが広まった。


『救国の英雄様』が新しい国を建国されるらしい。


街に来てから『救国の英雄様』のうわさはよく聞いた。


子供達の将来を考えても、新しい国で出直すのも悪くないだろう。


俺は移住希望を役所に出しに行った。







港に着いた俺達は、たくさんの人達に歓迎を受けた。


聞いたことも無いが、やけに元気が出る音楽を演奏している。


ナーカでも吟遊詩人が楽器を使うが、あんな短調な曲じゃあ無い。


心の底からワクワクしてくるような、そうだなぁ体が勝手に踊り出す…ってカウラこんなところで踊るんじゃない。危ないだろう。


桟橋から港に降り立つと、たくさんの人達が、俺達に向かって旗を振ってくれている。


俺達を歓迎してくれてるんだ。


俺の目から涙が止まらなくなっちまった。




<<商人カシス視点>>

俺は20年あまり旅の行商をしてきた。


そろそろ自分の店でも持とうかとハローマ王国の王都に来た時、『救国の英雄』マサル様が新しい国を建国されるとの情報を、カトウ運輸の担当者から聞かされた。


移住希望者を何回かに分けて移動させるとのことだ。


第1陣は、生活困窮者や職人が中心になるらしい。


商人は、第2陣以降になる。


第1陣にもカトウ運輸関連の商人が数人は移動するみたいだが。


俺もそこに紛れ込めないか、その担当者に掛け合う。


先んじれば人を制すって言うじゃないか。


担当者は、よく出来た奴だったよ。


番頭のヤング様に話をしてくれて、しばらくはカトウ運輸の手伝いという条件で、第1陣に入れることになったんだ。



船を降りて港に着いた。


すごい歓迎ぶりじゃあないか。


俺はこの国での商売が成功する確信を得たね。


港は綺麗だし、街までは馬車が何台も通れるような舗装された広い道。


そこを過ぎると、美しい街並みが見えてきた。


すげえ!集合住宅がいっぱいある。

すぐに移住者が住めるんじゃないのか。


しばらくはテント暮らしを覚悟してたんだが、嬉しい誤算だ。


カトウ運輸の人達が、何組かに別れて、着いたばかりの移住者を引率してくれている。


やがて街の中心を抜けたところにやけに馬鹿でかい建物があった。


大きな時計台が印象的だ。


中に入っていくと、広い中庭があり、そこにはたくさんの食べ物が並んでいた。


「皆さんようこそ、マサル共和国、首都マサルへ。


この街の代官を務めるスポックです。


皆さんお疲れ様でした。


皆さんを歓迎するために、ささやかながら食事を用意しました。


しっかり食べて、疲れを癒して下さい。


お食事中に、皆さんに住んで頂く集合住宅の鍵を順次お渡して行きます。


では皆さん、食事をお楽しみ下さいね。」


食事まで用意して歓迎してくれるなんて、感激して涙が出てくるじゃあないか。


よし、たくさん頂いて明日からの英気を蓄えるぜ。




しばらく食事を堪能していた。


なんて美味いんだよぉ。


「カシスさん。」


食事が始まって20分した頃か、誰かが声を掛けてきた。


振り返ると、カトウ運輸のあの担当者だ。


「やあ、本当に有り難う。こんな歓迎をしてもらえるなんて、大感激だよ!


全て君のおかげだ。」


「喜んで頂いて良かったです。


さあ、一緒に行きましょうか。」


「えっ、ど、どこに行くんだい?」


「第1陣に入れるようにする時、当面カトウ運輸の手伝いをすることを約束しましたよね。


今から手伝って頂けますか。


かなり忙しいんですよね。」



そのまま連れて行かれた俺は、その晩泥のように眠ったことは、言わずもがなである。

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