第73話【ハーン帝国の実状】

<<ハッカ視点>>


ハーン帝国に関する緊急会議の翌日、再び国際連合加盟国の首脳達は事務局会議室に集まっています。


皆、昨日ハーン帝国の様子を見てくると言って飛び出して行ったマサル殿の帰りを待っているところです。


全員が集まってしばらく経った頃、窓の外に豆粒が現れ徐々に大きくなって窓から飛び込んで来られました。


「マサル殿大儀であった。して、ハーン帝国の様子は、いかがであった。」


さすがは、各国の首脳人というべきか。もう誰も驚いていないようです。

それよりも、マサル殿からの報告の方がよっぽど気になるのでしょう。


ネクター王に結果報告を促されたマサル殿は頷き、壁際に向かうと魔道具を取り出して床にセットされています。

そしてその魔道具に手を起き魔力を注いでいきます。


すると魔道具の前にある壁が徐々に明るくなり、やがて空から見た地表の様子が映し出されました。


最初に見えた光景は、わたしのよく知っているもので、我が国とハーン帝国の国境の砦のようです。


モーグル王国からハーン帝国に入ろうとする商人達がハーン帝国側の守兵に止められ、言い争っているのが見えます。


「ハッカ外務大臣、ここが何処かわかりますか?」


マサル殿の問いに肯定の意を込めて頷きます。

「ここは我が国とハーン帝国の国境ですね。」



「そうです。これからハーン帝国内を上空から撮影した映像を流しますので、知っていることや違和感のあるところ等教えて頂けますでしょうか?」


わたしを含め、モーグル王国からの参加者は皆黙って頷いています。


「それでは映像を動かしていきます。

国境はハーン帝国から見て真南になるので、先ずはモーグル王国との国境より国境線を東に進みます。

映像は、国境線から中心地に向かって撮影しています。

ですから国境線をひと回りすると、ぐるりとハーン帝国全域が見渡せます。


それでは、始めます。」


映像が流れていきます。


ハーン帝国の南東は山脈が続いています。

その山裾辺りにはまばらに集落があり、狩りや炭焼きで生計を立てています。

この辺りの集落は、帝都から隠れるように住んでおり、2月に一度やって来る商人との売買だけが唯一他地域との交流だと聞いています。


人や建物があると、その辺りが拡大されてより見やすくなるようです。

映像には、まばらながら人の営みが映し出されています。


わたしは、映像は映し出されている光景を簡潔に説明しながら、頭の中で異変が無いか分析していきます。


5分くらいで国境線の南東端に着きました。

そこから北東端に向けて真っ直ぐ進んでいくようです。


東側は山脈に挟まれるように広大な湖跡があります。


古代には、豊かな水をたたえたており、周囲の土地を肥沃にしていたらしいのですが、砂漠化により干えあがってしまったそうです。


砂地の広大な元湖には作物も育たなく、そこには何もありません。


更に北には山脈が続き、山の民が帝都と隔離された生活を送っているはずです。


しかし、わたしは少し違和感を覚えました。


南側の山の民達はいつも通りの生活を送っているように見えたのですが、こちらには、人影が全く見えません。


少ない地下水を利用した猫の額ほどの畑でも、収穫待ちの作物が実っているにも関わらず、収穫もされずに朽ちているようです。


「マサル殿、この絵は止めることが出来ますか?」


マサル殿が頷くと映像が止まりました。


「皆さま、この辺りは南側の山脈地帯と同様に、山の民が暮らしております。

南側には山の民達が写っていましたが、この辺り…北東付近には人影が全く見えません。

畑に実った野菜が収穫されずに朽ちていることから考えて、1ヶ月程度は放置されていると思われます。」


わたしの説明に皆が頷き同意して下さいます。


「先に進めて下さい。」


映像が再び動き出します。


更に北上すると、ナーカ教国との国境付近に差し掛かります。

大きな国境砦が見えますが、こちらも全く人影がありません。

砦にいるはずの守兵すら見当たらないようです。

ナーカ教国側の門は開いたままになっています。


ただ、そこには戦闘の跡も無く静寂だけがあるのです。


本来の目的から考えれば考えられない状態と言えるでしょう。


マサル殿が映像を止めました。


「ここの様子は明らかにおかしいと思います。


双方の守兵が居ないことは考えにくいと思います。


もしなんらかの事情により、ハーン帝国がナーカ教国に完全に従属した場合、ハーン帝国側の守兵が居なくなるのはわかりますが、ナーカ教国側が、居なくなることは考えられないです。」


マサル殿の言葉に、その場の誰もが頷きます。


マサル殿は一呼吸おいて言葉を続けられます。


「1つだけ可能性があるとすれば、ナーカ教国側には元から守兵が居なかったと考えることです。」


わたしはマサル殿の言葉に異議を唱えます。


ハーン帝国民の国民性から考えて、それはあり得ないと思います。

あの国の国民性は、他人のものでも隙があれば自分のものにして、なんら罪悪感を感じることはありません。


守兵が居なければ、必ず領土を侵犯し、自分勝手に境界線を引いて当たり前の顔をするでしょう。」


多少、いやかなり私見が含まれているが、我が国はその国民性に何百年も悩まされてきたのだから。


「ハッカ外務大臣のおっしゃることは、多分正しいと思います。


もしなんらかの妨害があり、あの国境砦を抜けることができない状態だったとしたら。


例えば、あの辺りが厚い結界に覆われているとか。……」


そうか、そういえば昨日マサル殿は、ナーカ教国が魔族に乗っ取られているのではと推測されていた。


魔族なら結界を張ることも難しく無いかもしれない。


「話しを続けます。

わたしはなんらかの痕跡が無いか砦に降りてみました。


ナーカ教国側の砦には、たくさんの魔石と結界の魔方陣が残っていました。


また、僅かではありましたが、瘴気が残っていました。


もし、瘴気の量が多ければ、人間を操ることは容易いかも知れませんね。」


なるほど、魔族が前提である証拠が出てきたわけですね。


周りを見ると、首をかしげる者や納得する者等様々な様子です。


「マサル殿、魔族は本当にこの世にいるのだろうか?」


その場にいる皆を代表するように、レイン皇帝が質問する。


「はっきりいるとは言えませんが、キンコー王国内でのホンノー人の件しかり、ハローマ王国での隠れホンノー人の件しかり、魔族ゆかりの種族は、残っております。


彼等が残っている以上、魔族が存在する可能性は大きいと思っています。」


「大きな力を持つと言われる魔族が存在するとすれば、何故彼等は、我々人間を襲わなかったのだろうか?」


ネクター王の言葉にマサル殿が答えます。


「襲えなかったのではないでしょうか。


彼等は生きるために、濃い瘴気が必要です。


人間の暮らす地には瘴気がほとんどありません。


もし人間を滅ぼしたとしても、瘴気の無いところでは生きていけないのです。」


「なるほど、では何故魔族はハーン帝国に手を出したのだろうか?」


「あくまで推測ですが、なんらかの原因で、ナーカ教国側の結界が壊れ、ハーン帝国が侵入したため、仕方なくハーン帝国を滅ぼした。


または、長い年月をかけて瘴気が無い場所でも生きていける力を付け、人間に対して挑めるようになったかです。」

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