第65話【国際連合は世界に広がる4】

<<スポック視点>>

国際連合事務局長就任から2週間、遅れていたトカーイ帝国のメンバーも揃い、事務局もだいぶ落ち着いてきました。


事務局員が各国から持ち込んだ資料の山をどう整理すればよいかと右往左往する場面もありましたが、鬼神 いえ失礼しました、アーノルド・ワーカ様のメイドであるアニスさんに助けられ、なんとか落ち着きました。


あの後、アニスさんには正式に事務局に入って頂いたのは言うまでもありません。


それにしてもアニスさんが持っていた「付箋」なる物は、非常に便利です。


事務局でも大量発注させて頂きました。

もっとも、初めて使うのに既に使い方を極めていたアニスさんも大概優秀な人なんですけどね。


あっそうそう、昼休憩の時に何気なくナーラ城に挨拶に行った時にユーリスタ様とのやり取りについて話をしたんですが、アニスさんの食いつきが凄かったというか、途中からアニスさんの独壇場になってしまいました。


そういえば、アーノルド様ってユーリスタ様のお父様でした。

アニスさんが熱弁するのも分かります。

2人でユーリスタ様の論文の話しで盛り上がりました。

わたし達2人の熱弁が事務局員に波及するのに、時間はかかりませんでした。

その日からユーリスタ様の論文は、事務局内でバイブルとなったことは、言うまでもありません。



さて、来週末に、国際連合幹事国会議が開催されます。

事務局は、その準備に追われているところです。


各国からの参加者の確認と各国間のレベル合わせ、護衛の人数やその宿泊先の手配等から議事進行の調整、各国の資料の確認、各分科会の設置と調整等、たくさんの仕事があります。


しかし1番頭を抱えたのは、会議後の懇親会の食事メニューでした。


ナーラ領は、農村改革の成果として美味しいものが多いと言われています。


ただ残念ながらこちらに来てからは、忙し過ぎて、ろくなものを食べていない有り様です。


各国の重鎮方の期待を綴った要望書が目に染みてきます。


途方に暮れていた時、アニスさんが1人の男性を連れてきてくれました。


歳の頃は、24、5歳でしょうか。

温和そうな顔つきは好感が持てます。


「スポックさん、紹介します。

ユーリスタ様の第1政策秘書のマサル様です。

マサル様は、ナーラ領改革の第1の貢献者で国際連合の立役者でもあるんですよ。

更に、今話題のオドラビットのハンバーグもマサル様が考えたのですよ。」


「マサルです。国際連合事務局、発足おめでとうございます。

微力ながらお手伝いさせて頂きたいと思い参上しました。」


マサル様の名前は最近あちこちで良く聞きます。


「マサル様、非常に助かります。

よろしくお願い致します。」


その後わたし達は、マサル様から様々な料理を教えて頂きました。

失礼わたし達じゃないです、アニスさんがでした。


いつも忙しくてろくなものを食べていないわたし達に料理なんて分かるわけがありません。


またしてもアニスさんに頼ることになりました。


アニスさん、入って頂いて本当に助かってます。


アニスさんは、マサル様の話しを熱心に聞いておられます。


やがて庭から美味しそうな匂いが漂ってきました。

最初は香ばしい匂いですね。

これはパンを焼いているのでしょうか。

でもよく知っている匂いとはちょっと違います。

なんと言うか、柔らかなホッコリするような匂いと言えば分かりますでしょうか。

いつもの尖った焦げの匂いではありません。


しばらくすると、その匂いに混じって甘い香りが漂ってきました。


みんなそわそわしています。


わたしも我慢できなくなり、庭に出ました。


庭には竃があり、そこから立ち昇る煙が匂いの元のようです。


近くに寄って中を覗いてみました。


竃の中は2段になっており下段の火が上段に熱を送っているようです。

パンが直接火に当たらないので、焦げにくいのですね。

上段のパンはこんがりキツネ色で大きく膨らんでいます。


おや、そのパンの隣に薄いパンがありますね。


真ん中だけが大きな範囲で膨らんでおらず、一見すると失敗作のようです。

でも良く見ると膨らんでいない真ん中には、野菜とか肉とかが乗っていて、ソースがかかっています。


顔を近づけてみると、そのソースから甘い香りがでていました。


「そろそろ大丈夫かな?」

後ろから声が聞こえてきたので振り向くと、そこにはマサル様とアニスさんが立っておられます。


マサル様は竃の中を覗き込み、アニスさんに何か説明しています。

焼き加減とかの説明でしょうか。

アニスさんは、小さな紙の束にボールペンで書き込んでいます。


竃からパンが取り出されます。

ふわっとした柔らかな匂いに心が癒されます。


「さあ、皆さまお待ちどうさまでした。

パンとピザが焼けましたので、試食しませんか?」


誰も躊躇しません。


わたしを先頭に1列に並びます。


「熱いから気をつけてくださいね。

まずはパンからお配りします。」


頂いた焼きたてのパンは、ふっくらと膨らんでいて、上から押すとなんの抵抗も無くへこみ、離すとゆっくり元に戻っていきます。


「皆さま手元にパンはありますか?

今日は、試食なので、色々なものを中に入れているので、ちょっとずつ千切ってシェアして食べて下さいね。」


そうだった、今日は試食だった。

危ない、もう少しでかぶり付くところだった。

わたしは公平を期す為に、皆に半分に割るように指示をした。


あちこちで違った匂いが立ち昇り、感嘆の声が上がる。


「今日は、チーズ、野菜を炒めたもの、肉を細かく刻んだもの、豆を砂糖で煮たものの4種類を用意しました。」


全ての味が皆に行き渡るように配分し、1つづつ口に入れる。


柔らかいパン。かつて王宮で一度だけ食べた事がある白パンよりも柔らかくもちもちだ。


甘みがあってとんでも無く美味しい。

2口目に中の具材が口に入ってきた。

豆を砂糖で煮たものだと思う。


口の中に更なる甘さが広がる。

その心地よい甘さと柔らかなパンの組み合わせは、とてもこの世のものとは思えない。


他の具材についても文句の付けようがない美味しさだ。

夢中になって食べ終わってしまった。


「皆さま、次はピザをお試し下さい。

これは、先に切り分けてからお配りしますね。

アニスさんお手伝い下さいますか。」


アニスさんは、マサル様から手渡されたピザを器用に16等分していきます。


「ピザも3種類用意しました。

トマトソースにチーズをたっぷり乗せたもの、ホワイトソースで野菜を煮込んだものを乗せたシチュー風のもの、チーズの上にキノコや鶏肉を乗せたもの、全ての種類をお召し上がりください。」


これは、先程のパンとはまた違った美味しさです。周りの膨らんだところは柔らかく、真ん中のくぼんだ部分はサクッとしていますが、具材の水分によりしっとりしているところがあったり、具材自体の触感とマッチしてとてもよく合います。

種類があって、味ののバランスが良く、触感をいくつも楽しめる。これはいくらでも食べれる美味しさです。


ただ、1つだけわたしには気になることがありました。


「マサル様、大変美味しくいただくことができました。ありがとうございます。

これなら、王侯貴族に出しても何の問題も無いと思います。

ただ、1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「お気に入ってもらえて何よりです。それで気になることとはなんでしょう?」


「これだけの珍しさだけでなく美味しさを出すために必要な食材を集めるためにはどの位の費用が掛かりますか?」


「費用ですか? そうですね、ほとんどかかっていませんよ。この焼き窯もさっき作ったものですし、食材は全てナーラ領....いえ、ハーバラ村だけで調達できるものばかりですから。」


「この食材全て1村で調達できるのですか?でもハローマ王国では王都でもなかなか手に入らない塩や他の香辛料も入っていますよね。」


「そうですね、塩も香辛料 今回はペッパーを使用していますが、両方ともハーバラ村で採取できます。」


「でも塩は海でしか取れませんよね?ハーバラ村には海はなかったはずですが。」


「山でも塩が採れることがあるのです。まだ一般には公開していないのでここだけの話しにして欲しいのですが、山にも塩の岩....岩塩と呼ばれるものがありまして、そこから取れます。

ハーバラ村には岩塩を多く含んだ山があるのです。

ナーラ領の他の地域でも見つかっていますので、ハローマ王国にもあるのではないでしょうか?


香辛料のペッパーも山に自生していたものを採取し、今は畑で育てています。


チーズは牛や山羊を山に作った囲いの中で育てて採取した乳から製造していますし、全て1村内で賄えているのです。」


わたしは強い衝撃を受けたのだった。


今まで私たちは固定観念にとらわれ過ぎていたようだ。身近にある食材を有効活用することもなく、高価な食材に頼るか、貧素な食事で満足するかしか考えてこなかった。

確かユーリスタ様の論文にも書かれていた。「工夫をすることが改革の第一歩」だと。


このパンもピザも食材の組み合わせが味のバリエーションを広げている。

この食材だけでこれだけの美味しさが作れるのだから、他の食材とのコラボレーションを考えて行けばもっと味の幅が出るに違いないだろう。

今日はマサル様に改革の神髄を教えて頂いた気分だ。


「さあ皆さま、そろそろ食堂に他のメニューが揃っていますので中に入りましょうか。」


アニスさんの呼ぶ声にわたし達は、新たな期待を胸に食堂へと向かうのだった。


その日、アニスさんや食堂のシェフ達は、マサル様から様々な料理や調理方法を伝授してもらったようで、食堂の料理の質が格段に高くなったのは言うまでもない。


当然、国際連合幹事国会議での食事は大盛況に終わり、国際連合の機関として、「食生活改善委員会」と「食材管理委員会」の2つが追加されたのだった。


<<アーノルド視点>>

国際連合に加盟を申し込んでくる国が増えてきて、スポック君のところは大忙しみたいだ。

アニスをあっちにやってしまったので、新しいメイドがわたしの身の回りをやってくれているが、彼女の域にはまだまだのようだ。

しばらくは、お互い辛抱だな。


スポック君がわたしにいろいろと相談を持ち掛けてくるようになった。

最初は、「鬼神」とか恐れていたみたいだが、マサル殿が発明した「将棋」を一緒にするようになってからは、いろいろ頼られることも多くなったのだ。


相談内容については様々であるが、大別すると3つに絞られる。


1つ目は、国家間の貧富の差について。国民や国自体が飢えている国が国際連合に助けを求めてくるケースがこれに当たる。

これは、国際連合の審査の元、国の立て直しを目的とした国際連合の機関「国際銀行」の設立と、先進各国が提供する「開発援助資金」によって処理することとなった。


2つ目は、既に紛争状態にある地域について。内乱や隣接国との戦争状態にある地域については、国際連合として武力による威嚇・仲裁を目的とした「平和維持軍」を構築して対応していくことで合意した。


3つ目は、宗教や習慣、思想の違いについて。国家間で主義主張が違うことで絶えず細かな諍いを抱えている場合だ。

この3つ目が厄介だった。


明確な侵略や妨害であれば国際連合も介入できるが、そこまでいかないレベルの諍いをわざわざ国際連合に持ち込んで、自国の正当性を声高に叫ぶのだ。

勝手に国家間で解決してくれれば良いのだが、こちらが無碍な態度を取ると、今度は関係ない国に国際連合事務局の悪口を言っている。


どうしようもないので、適当にあしらっていると、今度は「国際連合が我らの正当性を評価してくれた。世界中が我らの味方だ。」と喧伝して回り、今度は相手国から非難されるという羽目になる。


これは特に酷い例であるが、国際裁判所には似たような事案が既に10数件持ち込まれており、約半数はまだ解決の糸口が掴めていない。


それでも、加盟国は大陸14ヶ国の内10ヶ国となった。


残り4ヶ国となったところで、あるトラブルが持ち上がったのだ。


そのトラブルは、大陸の中央に位置するモーグル王国と、その隣接する国際連合非加盟国の2国の些細な諍いから始まった。

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