第64話【国際連合は世界に広がる3】

<<国際連合初代事務局長スポック視点>>

わたしの名はスポックと言います。


わたしの家は代々商会をしております。

既に商会は兄2人が切り盛りしております。

三男坊のわたしは自由気ままなもので、頭が良かったわたしは、15歳になった時キンコー王国の王立アカデミーに入学させてもらいました。


アカデミーは、ほとんどの生徒が貴族の子弟です。

そんな中で、庶民出身のわたしはちょっと浮いた存在でしたが、それなりに楽しい学生生活を送っていました。


入学したての頃は、将来の目標とか持っていませんでしたが、2年生に上がる頃にはひとつの目標ができました。


その頃、わたしには愛読書がありました。

3年先輩のユーリスタ・ワーカという貴族令嬢が書かれた行政改革に関する論文です。


所属していた研究会の先輩に教えてもらったのがきっかけですが、その斬新かつ緻密な内容は、行政に興味など無かったわたしにとって、空想にふけるにはあまりにも面白い内容だったのです。


先輩に写本を借りて、宿舎で読んで見ました。


ところどころわからない単語がありますが、先輩に聞くと教えてもらえました。


始めは空想物語を読んでいる気分でしたが、内容がわかってくるにつれて、だんだんと深く考えながら読むようになりました。


行政学の研究会に参加し、国の行政について一生懸命に勉強しました。

学べば学ぶほど著者のユーリスタ様の洞察力や想像に基づく改革内容の緻密さがわかってきます。


その意図を少しでも理解したくて行政学にのめり込んでいきました。


卒業前になって、行政学の先生に推薦頂いたハローマ王国の行政管理官としての職を得ることができました。


庶民が王城で官僚として勤めることに、親父や兄達は大変喜んでくれたものです。


あれから20数年の時が流れました。



わたしがいた部署は、徴税や行政執行上での不正が行われていないかどうかを監視・監督するのが役割です。


この前の人事異動で、わたしは退職扱いになりました。

そのかわりに、国際連合事務局の事務局長を拝命したのです。


恥ずかしながら、わたしは国際連合のことを全く知りませんでした。



上司にあたる国務大臣様から直接内示があったのが3ケ月前です。

「スポック君、忙しいところすまないな。ところで今度の人事異動の際に、君に特別な部署への移動を命じようと思っているのだが、どうかね?」


「特別なところと言いますと?」


「うむ、国際連合の事務局長として頑張って欲しいと思う。」

「国際連合?ですか。」


「そうだ、先日ガード王がキンコー王国を訪問したのは知っておるな。」

「はい、わたしの部下も数名随行させましたから。」

「その時、ガード王、キンコー王国のネクター王、トカーイ帝国のレイン皇帝の3方で会合が行われ、国際連合なるものができることになったのだ。

既にキンコー王国内に事務局を設置し開設準備をしているらしい。

君にはそこの事務局長として行って欲しい。


国際連合は、ハローマ王国、キンコー王国、トカーイ帝国の3国が中心となって大陸の各国間で発生する様々なトラブルに対し加盟国が協力して対応・解決していくことを理念としている組織だ。


3国が幹事国、その他の大陸諸国が加盟国となる。

君が行く事務局が、その国際連合の運営を担う。

主たる業務としては3点。1つ目は各国に国際連合加盟の同意を取り加盟国を増やすこと。2つ目は、加盟各国の実情や各国間の交易状況を調査し、トラブル時に正確な判断が下せるような情報を用意しておくこと。3つ目は、国際連合に設置される各機関の運営サポート。

この3点が主たる業務となる。

それ以外にも年1回行われる定例会議や、非定期の緊急会議の日程調整や関係各国への連絡、会場の確保と会議運営等がある。


大陸各国の平和をもたらすための重要な国際機関だ。


事務局長の任期は3年となっている。国際連合は国家間をまたがる機関であるため、一度現職場を退職してもらい、国際連合に再就職してもらうことになってしまうのだが、如何か?」


「任期満了後は、どうなるのでしょうか?」


「そのまま国際連合内の他の機関で働くことになるだろう。


基本的に国際連合は、中立の立場をとる為、特定の国の職務と兼任出来ないルールがある。

また、国際連合に強い影響力を持つ事務局長経験者が特定の国の職務を遂行することも避けた方が良いとの判断だ。


今回は立ち上げなので、ハローマ王国から君を推薦することになったが、次以降の事務局長は事務局の中から選ばれると思う。」


「それは非常に光栄なことですが、わたしにその重責が務まるでしょうか?」


「君なら大丈夫だと判断した。

まぁルール上、実際には貴族の子弟を行かせるわけにはいかないので、我が国としがらみが少なく、優秀な人選となると、君に絞られた訳だ。」



「キンコー王国へ行くのは、わたし1人ですか?」


「いや3国からそれぞれ10名を出すことになる。

今のところ、事務局員は特に就業期間を設定されておらず、事務局を退職してからの就職先についても特に縛りは考えていないらしい。


我が国からの10名の選出は、君に任せたい。



そうだ、言い忘れていたが、君がよく口にするキンコー王国のユーリスタ様だが、今度キンコー王国の行政改革担当大臣になられるそうだ。」


「是非わたしに行かせて下さい。喜んで拝命致します。」


急いで10名の人選を行い、選抜メンバーには大陸各国の情報を大急ぎで準備させた。


こうしてわたし達は、キンコー王国ナーラ領にある国際連合事務局にやって来た。




事務局の建屋に着くと、キンコー王国からの選抜メンバーが先に来ていた。


わたしは、着任の挨拶を済ませる為に、隣接するナーラ城に赴いた。


事前にナーラ大公爵にはアポイントを取っていた為、スムーズに会見の間に案内された。


この対応だけで、キンコー王国の国際連合に対する意識の高さを感じ、改めて気を引き締めるのであった。


案内された部屋で待っていると、初老の男性2人と女性が入って来られた。


わたしは、席を立ち跪いた。


庶民が大貴族様に会う時の最低限のマナーだ。


「そなたが、スポック殿か?

よくぞ大役引き受けてくれた。

わたしがクラーク・ナーラだ。

さあ、顔を上げてそちらに掛けてくれ。


そなたは、国際連合の事務局長だ。

貴族に対しても毅然とした態度で臨まないと足元を見られることもあろう。」


わたしは跪いたまま再度頭を下げてから、顔を上げて椅子に腰掛けた。


「スポックでございます。

ハローマ王国国務大臣のクッカー様から紹介を受け、本日より国際連合事務局長の任を拝命致しました。


よろしくお願い申し上げます。」


「うむ、よくぞ来られたスポック殿。

わたしはナーラ領騎士団長のヘンリー・ナーラだ。

横に居るのはわたしの妻で、現在ナーラ領の行政改革を担当しているユーリスタだ。」


「ユーリスタ・ナーラです。

スポック様、最初は大変だと思いますが、民の平穏な生活を守る為に、一緒に頑張っていきましょうね。」


ユーリスタ…… ユーリスタ様、あっあのユーリスタ様が、目の前に。


ヘンリー様といえばクラーク大公爵様の弟で公爵位のはず。

ユーリスタ様がその奥方様。


ああ、声をあげてわたしのこの20数年の想いを伝えたい。が相手は公爵夫人、話しかけて不敬罪にならないだろうか?


そんな思いが行動を躊躇させるが、わたしは抑えきれずカバンから1束の論文を取り出してユーリスタ様に差し出した。


「失礼を承知で申し上げます。

もしやユーリスタ夫人は、旧姓ユーリスタ・ワーカ様でございますでしょうか?」


ユーリスタ様は、論文の束を手に取り?を少し赤らめながら、答えられた。


「まぁ懐かしいですわ。そうです、わたしの旧姓はユーリスタ・ワーカです。


この論文をお持ちで、わたしの旧姓をご存知と言うことは、スポック様もアカデミーで行政学を専攻されておられたのですか?」


「そうです。2年になる時にこの論文と出会い、無我夢中で行政学を学びました。

あれから20数年、ハローマ王国の行政管理官として職務を全うしてきましたが、いつもこの論文をバイブルにしてきました。


著者のユーリスタ様にお会いできて光栄です。」


わたしはこれまでの想いのたけを吐き出すかのように、早口でまくし立ててしまいました。


「まぁ、そんなに長い間この論文をお持ち頂いたのですね。ありがとうございます。


わたしも漸く、この内容いえこれ以上の改革を実現できる立場になってきました。

スポック様、たぶん貴方とわたしが目指すところは同じでしょう。

いえ、夫のヘンリーやクラーク様、ネクター王、レイン皇帝、ガード王も、志は同じだと思います。


スポック様、これも女神マリス様の思召しです。


皆で力を合わせて、強固で恒久的な仕組みにしていきましょうね。」


「強固で恒久的…… そうですね、論文の中でも繰り返し出てきました。


上辺だけでなく、インフラとなる法や教育制度の整備、不正を起こさせない監査制度、国家間での協力体制を維持する為の機能………!

そうか、これが国際連合の役割なんですね。」


「そうです。恒久的な平穏を維持する為には多国間での協力体制が必要です。

これを実現する為の機能が国際連合です。

わたしも、この組織の実現は必要と思っていても無理と諦めていたところがありました。


それが、ある方の尽力で実現しようとしています。


恒久的に、そして強固で普遍的なものになるように、頑張っていきましょう。」


わたしは、溢れる涙を抑えられなかった。


「ユーリスタ、スポック殿を泣かせてしまったじゃないか。

しかし、おまえの論文は、人によっては教典みたいなもんだな。

他にもたくさん居るんじゃないか。」


「有り難いことです。ちょっと恥ずかしいですね。

でもそれでこの一連の改革を真の意味で理解してくれる人達がいるのですから。怪我の功名ですね。」


「全くその通りだ。ハッハツハッ。」


3方の楽しそうな会話を感じながら、わたしはこの歳になって、天命を知ったと思います。


3年の任期の間に、強固で恒久的な組織を作っていきましょう。

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