第45話【ライス 3年前の邂逅】

<<ターバの街代官ライス視点>>

俺は、ターバ伯爵領にあるカレー子爵家の次男であるライス・カレーという。

親父の勧めで、王立アカデミーに入学したものの、何を専攻するわけでも無く2年が過ぎた。

領地無し貴族の次男なんて、穀潰しと言われてもしょうがない。

官僚の席は兄貴が継ぐし、俺が入る隙などないだろう。

さりとて、庶民に混じって商売をするのは、家柄が許さない。

せいぜい、領主様の鞄持ちが良いところだろう。


でも、まだ俺なんて良い方だと思うよ。

男爵や騎士爵の次男以下なんて本当に大変だと思う。


そんなだから、見栄でアカデミーに入学させてもらっても、やる気が起こらない。


そんな俺にも、最終学年の3年になった時、ひとつの転機があった。

同郷のシルビア・クーペ男爵令嬢の誘いで、新設される研究会の説明会に参加したのだ。


研究会の名は「次世代の農村を考える会」。

なんか変わった名前だなぁと思った。


やたらと先生方が集まっていて、真ん中に小柄な少女がいる。


あっ、彼女は確か、今年の新入生代表の……


「リザベート・ナーラ様よ。アカデミー歴代最高と言われているユーリスタ・ナーラ公爵夫人の養子。実の親は、赤いイナズマのライアン男爵様とマリアン・ナーラ様よ。」


そうだ、今巷で話題になってるナーラ公爵のご令嬢だ。


でも、なんで先生方がこんなに集まっているんだ?


「まだ正式に公表されて無いから詳しくは言えないらしいんだけど、今ナーラ領で試験的に農村改革が行われているんだって。


ほら、わたしの兄さんが王都で財務処理をしているでしょ。

ナーラ領から上がってくる数字が目に見えて増えてきてるって驚いてた。


1人の先生が、リザベート様との話しの中で、それに気づいたみたい。


リザベート様って入学前から、ナーラ領の改革に携わっているらしいの。

実際に農村に住み込みで、現地の農民達と汗まみれでがんばっていたみたいよ。


アカデミーの先生方は、いろいろな研究をされているんだけど、その発表の場が机上ばかりなのよね。

皆んな研究成果を実際に試してみたいけど、実現する場がなかなか無い。


ところがナーラ領では、領主様自ら率先して新しい試みを推進している。

そのタイミングで渦中のリザベート様が入学されたのよ。


先生方は自らの研究成果をなんとか実現したいから、リザベート様に近づきたいわけ。

そしたら、フリット校長が研究会をつくちゃえば。って事になったってわけ。


ただ、改革についてはナーラ領からは公には公表されていないから、生徒は知らないのね。

だから先生方ばっかりなの。」


「シルビア、おまえ詳しすぎ。

何でそんなことで知ってるんだ?」


「領地無し男爵家の娘よ。

このくらいの情報網を持っておかないと、生きていけないじゃない。


どうライス、この研究会に参加してみない。」


こうして俺達は「次世代の農村を考える会」に参加することになった。


参加して思ったけど、無茶苦茶面白い。


うちは領地無し貴族だし、親父は寡黙だから、俺が知ってる範囲は王都の俺の交友関係で知り得る情報だけ。

貴族なんて、親同士の付き合いでも無いと、交友関係も希薄だ。


だからアカデミーに入学して、領地経営とか勉強しても全く他人事だ。


当然身が入らなかった。

だけど、ナーラ領の話しは違う。

今まさに実施されている改革作業に対してその結果が出ている。

今迄の改革の過程とその成果、農民の生活の変化など、リザベート様から語られる物語に夢中になってしまった。


そして収穫祭の季節。アカデミーは長期休暇に入る。


「次世代の農村を考える会」は、ナーラ領ハーバラ村に見学に行くことになった。

領地持ちの学生は地元に帰らなくちゃいけないが、もちろん俺とシルビアは暇だ。当然参加する。

結局リザベート様と先生達、そして俺とシルビアを含め20人ほどで行くことになった。


先生方は、「これまでの研究成果をハーバラ村で披露して驚かせてやる」と息巻いている。


馬車で数日かけて、ハーバラ村に着いた。

リザベート様が、トランシーバーとか言う魔道具で、俺達が来ることを伝えてくれているので、村人の熱烈な歓迎を受けた。

ちょうど昼時だったので、食事が振る舞われた。

無茶苦茶美味い。


食べているものが何かわからないが、とにかく美味い。

シルビアを見ると、やっぱり食事に夢中になってた。


農民達は、いつもこんなのを食っているのか?

もしそうなら、俺は農民になる。


リザベート様に聞くと、「たしかに美味しいけど、そんなに豪華な食材じゃないんです。

米は、試験的に栽培を始めたもので、ここにしかないものですが、肉はオドラビットですよ。

今日はたまたまが沢山取れたみたい。

米も豊作みたいで良かったわ。

この村では、いろいろな食材を美味しく食べられるようにする研究も進められているんです。

だから、オドラビットみたいに、不味くて捨ててしまうものでも充分食材になるんです。

米も麦との2期作として作り始めたところなので今ところ村で食べる分しか量が無いのですが。」と少し自慢げだった。

いや、充分自慢して良いと思う。

改革って凄い。


シルビアは相変わらず一生懸命に食べている。

美味しいもの。

もう少し欲しいなぁって思っていたらリザベート様が男の人を連れて来た。


「先輩、この方がこの村の改革を指導・推進されているマサルさんです。

マサルさん、ライス先輩とシルビア先輩です。

アカデミーではお世話になってるんですよ。」


「初めまして、マサルです。

リズが大変お世話になっているそうでありがとうございます。


今回は、こんな田舎までお越し頂きありがとうございます。

歓迎します。農村改革にご興味が有ると先生方からもお伺いしています。

是非見ていって下さい。

そして、ご自分の領地で活用して頂き、是非王国全体の発展に貢献して下さいね。」


うん? リザベート様をリズって愛称で?


マサル…様?


でもこの改革を指導・推進しているってことは、凄い人なんだろう。


「ラ、ライス・カレーです。あ、あのぉ お、お世話になります。

わたしに、あのぉ、そのぉ、どこまで出来るかわかりませんが、いっ、一生懸命頑張りますので、いろいろ勉強させてくっ、下さいっ。」


「ふふっ、失礼しました。わたしは、シルビア・クーペと申します。

ライスとは幼馴染です。

本日は、こんな素晴らしい食事、いっ、いえ農村改革の最前線に越させて頂きありがとうございます。

マサル様のお噂は、王都の令嬢方の間でもちらほら聞かれます。

お会い出来ることを楽しみにしておりました。

よろしくお願い致します。


ところで、さっきのお肉ですが、大変美味しく頂きました。

オドラビットの肉とお伺いしましたが、この辺りの名物ですか?」


「いえ、そんなことはないです。

どこにでもいる害獣です。

死ぬとすぐに肉が臭くなってしまうので、これまで、どこでも食べられてなかったみたいです。」


「えっ、でも凄く美味しかったです。何故ですか?」


おっおい、シルビア、貴族言葉が崩壊しているぞ。


「捕らえ方から、調理方法まで工夫しました。

まず、罠に掛けて殺さずに捕まえます。

次に首と太ももを同時に切断し、血を素早く抜いてしまいます。

血が肉に混ざると臭くなるんです。

その後、スジの少ない部分を切り取って塩とペッパーを擦り込んでから焼きます。」


「塩って凄く高級なものですよね?

他国からの輸入でしか手に入らないって聞いているのですが。

こんな田舎で、… 失礼しました。」

「これは本当に内密にお願いしますね。もし漏れたら大変なことになりますので。

塩は、この村で取れます。

塩は、海水を精製して作るのが一般的ですが、実は山でも取れることがあります。

これがそうです。」


マサル様が、シルビアに少し透明がかった石を渡す。


「ちょっと舐めてみて下さい。」

シルビアは、恐る恐る舐めてみる。


「辛っ!! でも、旨みもある。これが山で取れる塩ですか?」


俺も、シルビアからそれを奪い取り舐めてみた。以前塩を盗み舐めしてみたが、その時は舌先にピリッとする指すような刺激が不快だった。

でもこの石にはそれがない。むしろ甘味すら感じる。美味い。


「これは、岩塩って言います。信じられないかも知れませんが、この辺りも大昔は海だったのです。

海が長い年月をかけて次第に隆起し山となりましたが、海に含まれる塩分は岩に残りゆっくりと自然精製される中で、このように固まったのです。

たまたま、山を歩いていて見つけました。他の土地にもあるかも知れません。多分あるでしょう。

これで、輸入に頼ることなく塩の生産ができます。」


「塩と一緒に仰っていたペッパーでしたっけ。それは何ですか?」

俺の質問にマサル様はキチンと答えて下さいました。

「これもまだ極秘事項ですが、ペッパーは山で採れる木の実です。あまり生えていないのと、加工しないと辛くて食べれないので放置されています。

これを採取・加工したものがこれです。」


マサル様は、俺とシルビアに丸い粒と細かい粒を手渡した。


丸い粒は固く、無理にかみ砕くと口の中が焼けるように辛かった。

小さい粒は、舌先にピリッとし、丸い粒よりはましだが、このまま食べるものではないと思う。


「この小さい粒は、丸い粒を乾燥させつぶして砕いたものです。このまま食べるものでは無いですが、塩と一緒に肉に擦り込むと、肉の臭みを抜き美味しくしてくれます。」


素晴らしい。村内だけで採れる食材で、全然お金がかかっていないのに、王都の食事よりも何倍も美味しいなんて。

改革っていうのは、工夫する事なんだ。


ここで俺の改革に対する認識は、「大掛かりにお金をかけないとできないもの」から、「工夫すればお金を掛けなくても充分改革になる。」に大きく変わった。


よし、アカデミー生活もあと少しだけど、これから残りの学生生活を勉強に費やして、俺もターバ領に戻ったら何らかの形で領民に貢献できるようになろう。

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