第14話【ユーリスタ決断する】
<<ヘンリー視点>>
マサル殿がリザベートの話しを聞いている頃、ユーリに今日の城での会談内容について話した。
ユーリは、非常に頭が良い。
なにせ大陸一の名門と名高い、王立アカデミーを首席で卒業した才女だ。
そのユーリが、黙ってわたしの話しを聞いている。
特に兄上からのマサル殿への質問に対する答えについては、詳細を何度も確認しながらだ。
一通りの話しが終わったところで、ユーリは、大きな溜め息をついた。
「あなた、それってマサル様の世界では実現されているのでしょうか?」
「そうらしい。彼は行政の専門家ではなく、彼の国では成人するまでには、このくらいの知識はほとんどの人が持っているとの事だ。
また、彼は向こうの世界の貴族階級ではなく、一般的な庶民だそうだ。」
「これだけの知識と素養を一般庶民が持っているなんて、どれだけ発達した素晴らしい世界なんでしょう。
わたし、俄然マサル様に興味が湧いてきましたわ。
あなた、明日の打ち合わせには、わたしも参加させて頂きますね。」
ユーリなら絶対そういうと思った。
「ただ、これらの情報が表に出るのは不味いから、屋敷の中でも秘密だぞ。」
「わかっておりますわ。あぁ明日が楽しみですわ。」
翌朝の朝食後、ユーリとマサル殿の3人がわたしの書斎に集まり、昨日の会談内容と同様の話しを聞く事になった。
ユーリは、少し色あせた羊皮紙の大きな束を抱えて持ってきている。
「あなた、マサル様、本日は、よろしくお願いします。」
マサル殿の話しは澱みなく、細部の表現は部分的に変わっているところもあるが、ほぼ同じ内容である。
ユーリは、話しを聞きつつ羊皮紙の束をめくって、何かを確認しながら詳細の聞き取りをしている。
わたしは、それが気になってユーリに尋ねた。
「これは、わたしがアカデミーにいた頃に政治学のゼミで研究しておりました論文と資料です。
実は、昨夜あなたから話しを聞いて久しぶりに思い出しましたの。
マサル様の話しの様に精緻ではありませんし、穴も多いのですが、マサル様とわたしが考えていた政治の理想論でいくつか共通点があったので、今日の話しの中で足りなかったところや間違っていたところの確認が出来ればと思いまして。」
そうだった、ユーリは政治家になってこの世界の行政を改革したいって、学生の頃よく言っていた。
あの頃はいや今もか、女が政治に関わる事はタブー視されているので、泣く泣く諦めたんだったな。
マサル殿のいう行政を実現する為には、既存の政治家や行政官だけでなく、ユーリの様な新しい考え方を持った者も入れておいた方が良いな。
「マサル殿、ユーリスタは、政治学以外の分野でも非常に高い知識を持つ才女だ。
ただ、この世界では女性というだけで、その能力を活かせていない。
今回、マサル殿の世界の行政を採用して推進して行きたいと思っているが、ユーリスタもそれに参加させて頂く事はできまいか?」
「わたしの世界では、政治に男女の垣根はありません。
確かに、女性の比率はそれ程高くはありませんが、行政の長を女性が勤めるのも珍しい事ではありません。
また、議会にも庶民から選出された議員が入っており、庶民の生の声を反映できる選挙制度というのもあります。
ただ、昨日お聞かせ頂いたこの世界の状況を鑑みた場合、わたしの世界の制度を一足飛びにそのまま導入するのは、既得権益と根付いた阻害意識から考えて難しいでしょう。
わたしの世界でも長い年月を掛けて今の状態になったのですから。」
確かにマサル殿のいう通りだ。
今の貴族階級が納得すまい。
最悪内戦が起こり、国が疲弊してしまう可能性が高い。
「マサル殿、何か方法はありませんか?」
「まず、ユーリスタ様を内政官として政治参加して頂く事は、可能ですか?
出来れば、市井の者に関するところからが良いと思いますが。」
「なるほど、既得権益の絡む貴族が関心のないところから実績を積み上げていくという事か。
それならば、難しくないだろう。」
「はい、実績ができてくれば、その組織に優秀な庶民や女性を参加させ、それが当たり前になるまで実績を積み重ねます。
その後、充分な実績と民衆の大きな支持で中央の政治へと移行していきます。
ただ、わたしの世界では、この部分を性急に進め過ぎて貴重な血を多く流した事が歴史上多々ありました。
なので同時に、ヘンリー様方には、新しい考え方による行政改革を容認するような考え方を貴族階級に理解させ、浸透させて頂きます。
また、わたしは表面に出ない方が良いと思っています。
幸い、ユーリスタ様が先進的な思想をお持ちですので、この考えを採用した事にして進めていく方が自然ではないかと思います。
もし可能であれば、ユーリスタ様のゼミでのご学友等にも参加頂き、この世界で自発的に発生した考え方だという風に持っていくのが良いと思います。」
そうか、昨日マサル殿の話しを聞き感動しつつも胸にしこりがあったのは、この部分だったのだな。
理想を実現するための障壁回避とその道筋、そして貴族を始めとするこの世界全ての人が理解し納得できる方法、これが揃って初めて理想を現実とできるわけだ。
しかし、マサル殿は若いのに凄い知識と思慮をお持ちだ。
背筋が凍りつくほどの恐怖を感じるほどに。
「あなた、いえヘンリー様、是非わたしを活用ください。
希望に満ち溢れていたあの頃のわたしをもう一度取り戻したいと思います。
あの頃考えが充分に及ばず断念した理想の行政像を具現化できるなんて、なんて素晴らしいことでしょう。
精一杯頑張らせて頂きますわ。」
「まず、わたしの世界の各国で過去に行政改革を行ってきた歴史をまとめてみます。
その中で、この世界に適用できそうな部分を徐々に採用していくのではどうでしょうか?」
「うむ、マサル殿の言うとおり、実際の過去事例に則しながらその良い部分を取り込めていければそれが良さそうな気がする。
よし、それで進められる様、早速手配しよう。
ユーリスタは、ゼミの学友から使えそうな者を集めてくれるか。」
「わかりました。早速手配いたします。」
よし、具体的に動きそうだ。頑張って推進していくぞ。
<<マサル視点>>
ユーリスタ様の理解力と解析力はすごい。
いくら同様の課題に対し何年も研究していたとはいえ、俺の話しについてくるだけでなく、話し足りていないところを指摘してくるのだから。
これは、まずユーリスタ様に行政の長になって頂いて、ユーリスタ様主導で推進して頂く方が良いだろう。
そうなると、まず政治の世界に女性を進出させる事が先決だ。
貴族が興味の無い、市井の行政改革から始めて実績を作ってもらうか。
どうせ、貴族は女性の下で、まして自分に何のメリットもない市井の行政など見たくないだろうから、この機会に優秀な女性や庶民を集めて改革チームを作ってみるのもいいかも知れない。
実績を積んで王から叙勲でもされれば、貴族も受け入れざるおえない状況になってくるだろうし、早いうちからヘンリー様、領主様に裏で工作してもらえば案外うまく上にあげていく事ができるかも知れない。
いや、焦りは禁物だ。まずは、元の世界で改革が進んでいった過程をよく思い直し、推進していく順番を精査した方が良いだろう。
また、俺が前面に出るのも悪手だ。ユーリスタ様の方が貴族にも受け入れられ易いだろう。
俺は姿を見せずに裏で協力していこう。
その方が、俺の為にもなるだろう。
表にでて権力なんかを手に入れたら、暗殺されるなんて事も充分にあり得るしな。
しかし、過去の事例などどうやって調べていこうか?
そんなに深い知識は持ってないぞ。
そうだ、マリス様に相談しよう。
俺は打ち合わせの後、教会の場所を聞いてそこに向かった。
教会にはマリス様の像が中央に備え付けてあり、その両脇に2柱の女神像がある。
俺はマリス様の像の前で跪き、祈った。
すると、周り一帯が真っ白な光に包まれる。この世界に召喚された時と同じだ。
目の前にはマリス様がおられる。
「マサルさんこんにちは。この世界はどうですか?」
「公爵様の屋敷でご厄介になっています。今のところ問題は無いです。」
「それは良かった。ところで今日はどんな用件ですか?」
「マリス様、わたしはこの世界の行政改革を行いたいと思っています。
それにより生活が豊かになり文化の発展も推進できると思っています。
それを実施する為に必要なお願いがあります。」
「なるほど、それはありがたい事です。是非頑張ってください。」
「マリス様、お願いというのは、元の世界の書物を自由に読める能力が欲しいのです。
過去の世界中の改革事例を参考にすることで、この世界を最も効率的に行政改革が推進できる方法を練りたいと思います。」
「なるほど、わかりました。
あなたには3つの能力を与えると約束していましたので、そのうちの1つとしてお渡しします。
書物だけでなくTV、インターネットなどあらゆる情報を見れるこの端末を差し上げましょう。」
目の前に12インチ位のタブレットが現れた。
電源を入れると普通にタブレットとして使えそうだ。
「この端末は、あなたが『タブレットでろ|』と念じると現れ、『しまう|』と念じると消えます。他の人には決して見えません。必要な時に活用して下さい。」
「マリス様ありがとうございます。頑張って文化の振興を進めていきます。」
「マサルさん、期待してますね。」
<<ユーリスタ視点>>
わたしは、ワーカ侯爵家の一人娘として生まれました。
自分で言うのもどうかと思いますが、同年代の子供達と比べて少し頭が良かった様です。
その頃、父は国の宰相をしており、父に溺愛されていたわたしは、父の書斎でよく遊んでいたものです。
父が話してくれる「国の話」がわたしは大好きでした。
父の仕事は、なかなか休みが取れない為、旅行に行く事も滅多にありませんでした。
そのため「どの領地では何が取れる」とか「どの地方はいつ頃雪が降る」とか、こんな話しを聞きながら、その土地に思いを寄せて楽しんでいました。
そんなこともあり、家庭教師のロビン先生が来られる頃には、大陸にある国のことや国内の領地に関する情報等は、すっかり頭に入っていました。
父は、それが嬉しかったのでしょう。
いつもわたしのことを褒めてくれました。
わたしも褒められるのが嬉しくって、もっと深く知りたいと思いました。
ロビン先生は、政治・行政学に精通されていました。
父が、配慮してくれたのだと思います。
ロビン先生は、わたしの知識欲をいつも満足させてくださいました。
わたしの知識欲は、政治・行政学に留まらず、古文書を読む為の古語、測量学、天文学、高等数学、等様々なことを吸収していきました。
15才になって、王立アカデミーに通う頃には、特定分野においては教授と肩を並べる程と噂されました。
その頃、わたしが最も関心を持っていたのが、『国民全てが幸せになる方法』でした。
庶民の貧富の差の解消や、不作時に対する対応策、農産物の備蓄、疫病の予防と発生時の対応等、今の政治・行政ではまだまだ未熟であると思いました。
父とも議論を交わす事もよくありました。
父はその度に「おまえが、男だったらどんなに良かっただろう。」と嘆いていました。
アカデミーのゼミで多くの議論を重ねてレポートも沢山まとめました。
父もそのレポートを見て実際に動こうとしてくれました。
しかし、当時は魔術師長の謀叛があり、時期的に難しい状況でした。
やがてわたしはヘンリー様と結婚し、公爵夫人として忙しい日々が続いたり、父も数年後に宰相を辞してしまったりと、すっかり行政改革を諦めていました。
今日、 マサル様の話しは、わたしを青春時代に戻してくれました。
今日は、なんて素晴らしい日なのでしょう。
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