第7話【魔窟で竜と会う】

<<マサル視点>>

ゆっくりと警戒しながら穴を降りていくと、穴の底が見えてきた。

結構穴は深い。あと200メートルくらいだろうか?


半径5Kmくらいの平坦な円形の古代の街跡がある。


そこを中心に放射状に5本の道とその道の先にそれぞれ横穴が開いているのが確認できた。


それぞれの横穴に通じる道は、朽ちてはいるが、綺麗に整地され街道をイメージさせる。


パリの凱旋門がまるで違和感なく入りそうだ。


底に着いたので、危険がないか確認する。瘴気も無く魔物の気配も無い。


上を見上げると暗く霞んでおり光が入ってこない。


一度フライで上に戻り、今後の作戦を相談しよう。


フライの呪文を唱えると、ゆっくり上に上がる。


下に瘴気がなかったという事は、縦穴の途中から吹き出しているはずだ。


瘴気の吹き出し口を探りながらジャン達のところにたどり着いた。


途中、祠のようなものがあり、異様な気配がしたので破壊する。


ガラスが割れるような音がして周りの緊張感が弛んだ気がする。


とりあえず魔窟を出て、ジャンや騎士達に下の様子や途中の瘴気の吹き出しについて説明する。


「もしかすると伝説のプラートの都跡かも知れん。」


しばらく考えていたジャンが話し始めた。


「プラートの都とは、遥か昔まだ神がこの地におられ、人が神にお仕えしながら生活していたと云われる地のことで、伝説ではこの地を中心に5つの大陸が作られたとなっている。」


ジャンは言葉を区切り辺りを見回す。他の騎士は知らないらしい。


「わたしの一族は、その時の神の使徒の末裔だと伝えられている。


代々語り継がれてきた話しの中に先程の話がある。


ここヨーシノの森は、5大陸の真ん中にあるため我らの祖先は代々調査してきたが、これまで何ら見つける事が出来なかった。


たぶん深い瘴気の霧に阻まれて見つけられなかったに違いない。」


興奮するジャンを抑えながら今後の策を考える。


探検する為の装備も食糧も足りない為、一旦ナーラに戻ることになった。


すぐにでも降りたいジャンは、ぶつぶつ言いながらも渋々承知する。


「アレン、マーチン、君ら2人は、先にナーラに戻って団長に報告。

その後調査隊の結成と準備にかかれ。

我らは、しばらく様子を見てから帰還する。」


ジャンが部下の騎士を先遣としてナーラに向かわせようとしたまさにその時、穴から土煙が吹き上がりそれに混じって大きな黒い影が現れた。


「わしの眠りを覚ますのは、どこのどいつじゃ!」


砂煙が舞い上がり視界はほぼ遮られている。


その中で砂や小石が落ちるような音では無く、もっと禍々しい地響きのような重低音が鳴り響く。


それは身体の底から内臓を全て持ち上げ、揺らし、そして押し潰される感覚を与える。


まだ、砂煙しか見えていないにもかかわらず、既に死を感じさせる。


実際、ここにいる騎士達でも腰を抜かし恐慌状態に陥っている。

さすがにジャンは、何とか耐えているが。


俺は、「斥候」の呪文を唱えておく。

周囲100メートル以内に危険が迫ると教えてくれるらしい。


未だ砂煙は視界を消しているが、黒い影がものすごい勢いで向かってくるのが見えた。


「危ない左上から!」


頭の中に響く。躊躇しない。


隣に居るジャンを抱え後方にジャンプ、風魔法でもう1人の騎士を後方に吹き飛ばす。


先遣の命令を受けた2人は少し離れていた。


ズドドドーン???? さっき立って場所には大きな打撃による穴が開いている。


風魔法ミニハリケーンを前方に向かい発射、今の衝撃で砕け、向かってくる砕石を払い除ける。

その勢いで、砂煙も晴れていた。


視界がクリアになる。目の前には大きな竜がいた…


体長は、10メートルいや尻尾を入れると20メートル以上あるか。


全身は燃えるように赤く鰐のような口元には、鋭い牙が見える。


さっきの一撃は、振り回された尻尾だろう。


竜の咆哮が聞こえる… ってちゃんと話している内容が理解できる。


「ほおぉ、我のあの一撃を避けるだけでなく、仲間まで助ける余裕があるとは大したもんだ。」


「そうでもないさ、危機一髪だったよ。」


俺が言うと、竜が驚いて聞き返してくる。


「我の言葉が解るのか!これは驚いた。人間では500年振りだ。」


ジャンや他の騎士を見たが竜を前に震えるだけで、言葉を理解しているように見えない。


俺は竜の言葉が理解できることを知られない方が良いと判断して竜に対し、念話を試みる。


俺の意図が通じたのか、向こうも念話で話しかけてきてくれた。


「おぬしからは強い神の加護を感じるぞ。


人間が欲望に溺れ、人間同士でしか言葉を通わせなくなってから、久しぶりに人間と話したわ。


さては、おぬしは転生者だな。」


俺が転移者であることを伝えると、竜はさもあらんと言いながら話しを続ける。


「転移・転生者はこれまで何人も見てきたが、どいつもこいつも欲まみれで、我の声を聞く事すらできんかった。


我に戦いを挑む者もいたが一蹴してやったわ。


おぬしは、神に好かれておるようじゃのう。」


竜が楽しそうに話していると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「久しぶりねナージャ。やっと起きたのね。」


「おおっ、その声はマリス様。ご無沙汰いたしております。


ではこの者は、マリス様の使徒でございますな。」


「そうよ、彼の名はマサル。

わたしが異世界から呼び寄せる最後の希望よ。」


「最後の希望ということは、ついにこの世界をリセットすることを決意されたということですな。」


「そうよ、魔族の出現から2000年。

今までこの世界の再生を何度も試みてのは、ナージャもよく知ってるでしょ。


そしてそれが上手くいかなかった事も。

マサル君がダメだったらリセットするわ。せっかくここまで作って育てたのに。


ここまで20億年よ、リセットせずになんとか再生したいんだけどね。」


「はて、2000年?まだ1000年くらいでは?」


「プラートの守護だった貴方は、1000年前に魔族に眠らされてずっと封印されていたのよ。


その間にプラートは、魔族に乗っ取られてしまったのよね。」


「我が封印されていたとは…、一生の不覚。マリス様申し訳ありません。」


「仕方なかったわよ。人間が裏切って魔族を手引きしちゃったんだから。

とにかくマサル君が結界を解除してくれて良かったわよ。」


俺は、話しが全く見えないので、マリス様に説明して欲しいと頼んだ。


「そうよね、ごめんねマサル君。


話しが見えないよね。

実はこの世界は創造神の私マリスと大地の神シール、農耕の神ポーラの3柱で作ったの。


シールが地表を整地し山と川、海を作り、ポーラは木々を植えて大地を耕し国と植物や作物を作った。


そして私はこの世界にいるありとあらゆる生物、そして言語・文化を作ったの。


星の形作りから始めて様々な生物を作り進化させ、やっと文化が育つ人間が発生するまで、20億年よ。


そりゃゼウス大先輩に知恵を借りながらショートカットして大幅に時間を短縮したけどね、それでも20億年なのよ。


やっと人間が発生したので、様々な文化が育つように、大陸を5つに分けて配置したの。


そしてそれぞれがお互いに交流できるように、ここに神殿を作ったのね。


これはマサル君達の世界でいうシュミレーションゲームのような感覚で考えてもらっても構わないわ。


私たちはゲームじゃなくて仕事だけどね。


それが3000年程前の話。


その後生き物の数や種類が増え、文化が生まれ成長し、いくつかの町ができ、私達が想像していたような世界ができてきたの。


そして2000年程前に人間の亜種である魔族が誕生したの。


元々シールが大地を整理している時に不要な物を除けておいた場所があったんだけど、そこにおいてあった物が腐敗してその場所一帯に嫌なにおいがしていたのよね。


端の方だし、忙しくってかたずけるのも面倒だったので放置していたら、その近辺に住む人間や動物が徐々に変異していったの。


それが長い時間をかけて、魔族や魔物として変体したわけ。


今ではその腐敗したガスを瘴気と呼んでいるみたいだけど、それが地下に浸透してあちこちから噴き出しているみたいね。


瘴気が強いと霧で日が当たりにくく、植物が育たない。


また身体の成長を阻害するなど健康被害も少なくない。


その中で進化した魔族は、その過酷な環境を生きるために独自の進化をし、瘴気を使って魔法を自在に使えるようになっていったの。


こんな過酷な環境に長い間追いやられ、忌み者として迫害されてきたら、魔族が人間を恨むのもしょうがないんだけどね。


あっ、そうそう私達は元々人間が最低限の生活ができるように簡単な生活魔法くらいを与えるの。


マサル君の世界でもそうだったはずよ。」


この瘴気の正体は腐敗したガスが変異したものか。


しかも問題になっている魔族は、神様達の怠慢から発生した人災じゃないか。


「だってこんな事になるなんて思わないじゃない。


不可効力よね。」


また、頭の中を覗かれた。

迂闊なことは、言えないな。


しかし、向こうの世界で太古に魔法が使えたというのは、とんでもないな。


古代の宇宙人説なんかも魔法だったのか?


「古代の宇宙人説の大半は、魔法ではなくて貴方のような転移者によるものよ。


貴方の世界に魔法が残らなかったのは、最初に与えられた魔法が弱く少なかったから、魔法に頼らず文明が発達したの。


この世界は、ちょっと魔法を与え過ぎたので魔法が残って、その分、文明が遅れているのよ。


ホントに加減が難しいわね。」


マリス様は、深いため息を吐きながら気だるそうに続ける。


「わたし達3柱は、ここプラートの地での作業を終えプラートの住人に自治を任せたの。


それが2500年前。


ナージャに守護を任せて、わたし達は、別の世界を作りに行ったのね。


そしてしばらくして様子を見に来たら、この地を魔族に乗っ取られていたのよ。


わたし達は、自治を渡した後は介入出来ない決まりだから焦ったわ。

ナージャは眠っているし。


わたしの信徒に聞いたらわたし達が去った後しばらくして魔族が現れ、ナージャを眠らせてここから他の種族を追い出したそうよ。」


マリス様の話しを聞いて、ナージャはまだ落ち込んでいる。


「魔族が攻撃してきた当時、この世界では各種族が歪みあっていて、魔族の攻撃に対抗出来なかったのよ。


彼奴ったら、地下にトンネルを掘って瘴気をプラートまで引っ張ってきたのよ。


それで魔族以外は、プラートに住み難くなって、それぞれ別の方向に落ち延び、それぞれの文化を作ったの。


それが現代の5大陸よ。」


魔族に追い立てられてそれぞれの大陸に渡って行ったのであれば、確かに文化交流は難しいか。


「そうね、独自の文化をいくつも育てたかったから、大陸間の距離を離したんだけど、それが裏目にでて余計に文化が育たなかったみたい。


とにかく、魔族が邪魔なの。


魔族を排除して、プラートを文化交流の中心地として、この世界の文化発展が正常に機能するようにして欲しいの。


その上で、世界中の人間がわたしを良く信仰してくれるように導いて欲しいの。


これまで、魔族を排除する為に何人かを他の世界から転生させたんだけど、上手くいかなくて最終手段としてゼウス大先輩に相談したら、ゼウス大先輩が作った超優良世界アースの君を紹介されたの。


だから、マサル君が頼みの綱なのよ。


もしダメだったらこの星ごとなかった事にしてもう一度作り直すわ。」


「それって俺の役割って無茶苦茶重要じゃないか。

それにゼウスって………


まぁいいか。

ところでマリス様、プラートの跡地まで行ってみましたが、魔族はおろか生き物の気配は何も感じませんでしたが。」


「そんな筈は無いと思うんだけど……


もしかして、どこかの大陸に移り住んで、気配を隠しているのかも。


まぁ、今邪魔していないならそれで良いんだけどね。


今回の瘴気の大量な吹き出しなんだけどね、もしかしたら、一旦閉じていた瘴気を通すトンネルが、何かの拍子に開いちゃったのかもしれないわ。


とにかく、この世界の文化発展の件、頼んだわよ。」


「この辺りの瘴気は、我に任せておけ。

処理しておいてやるわ。」


「「じゃあ、またね(またな)」」


と軽い言葉を残してマリス様とナージャは消えてしまった。


まぁ、だいたいの事情はわかったし、瘴気もナージャが上手く処理したくれるのなら良しとしよう。


とにかく下には魔族がいなかった。


いったい彼らはどこに行ったのだろう?


街の廃墟具合から見ても数百年単位で放置されているようだったが…




<<ジャン視点>>

穴に入っていったマサル殿が戻ってきた。


見てきた中の様子を説明してくれている。


話しを聞きながらわたしは興奮を隠せなくなってしまった。


間違いなくプラートの都だ。


先祖代々探し続けてきた彼の地が目の前にある。


わたしの代で見つかるなんてなんて幸運なんだろう。


マサル殿も部下の騎士も知らない。


当たり前だ、神の使徒であったわたしの家系が秘匿していたのだから。


わたしはその事実をつまびらかに皆に話した。


興奮しているのでうまく伝わらないかもしれないが、そんな事は些事だ。早く中に入りたい。


早速入ろうとすると、マサル殿に止められる。


「今は、降りる為の装備も探索する間の食糧も足りない。


途中には瘴気溜まりもあり、あまりにも無謀だ。」


マサル殿の言葉に我に返りしぶしぶ承知する。


ただ一刻も早く調査したいので、部下のアレンとマーチンに先にナーラに戻り準備するように指示した。


2人が戻りかけたその時、地震のような揺れがあり、禍々しい音が聞こえてくる。


激しい地響きと砂煙で生きた心地がしない。


「ジャン飛べ。」


マサル殿が叫ぶと同時にわたしを抱えて後ろに飛んだ。


10mくらい下がるとわたし達がいたところ辺りで大きな爆発があり、何も見えない。


部下が心配になり辺りを見回す。


すぐ横に居た者は、20mくらい離れたところに、その他2人もどうやら無事なようだ。


マサル殿に礼を言おうと顔を向けるとマサル殿は真剣な目を砂煙の中心に向けている。


わたしもそちらの動向を伺っていると、晴れてきた砂煙の中から竜の姿が見え地響きのような咆哮が聞こえてきた。


わたしは驚いてその場を離れたかったが、無様にも足が震えていう事をきかない。


なんとか気合いを入れ状況を把握する。


部下は身動きすら出来ないでいる。


マサル殿に目をやると、じっと竜とにらみ合ったまま動かない。


いま動くのはまずいと本能が告げる。


しかしまずい状況だ。

こんなサイズの竜は見た事がない。


緊張のあまり意識を手放しそうになるが、なんとか踏ん張る。


永遠とも思える時間が過ぎる。

実際には10分くらいだとわかったのは、マサル殿に肩を叩かれて事態が収束してからのことだ…

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