無口な少女と馬鹿女

継ぎ接ぎ枢機卿

第1話 銀行襲撃

 白昼堂々のことだ。

 ホッケーマスクや覆面を被った男たちが銀行に入り、行員を人質にし金庫をあけた。

 手には銃がある。

 行員たちは非常ベルを鳴らさなかった。どうせ銀行の金なのだ。自動通報機能を備えるドローンを停止させる。窓口AIの電源も省電力モードになった。

 金が回りに回れば自分たちの利益になる。

 十万円をせがんで強盗たちに銃把で鼻を殴られている客もある一方で隙を見て外に出る客もある。その足で牛丼屋に駆け込み特盛りつゆだく牛丼を肴に強盗の一部始終を鑑賞した。

「おい早く詰めろ」

 強盗が行員の頭に銃を突きつけた。

「銃を置いて手伝えば早いだろ」

 行員の言い分も一理ある。民間人向けライフルを受付窓口に置いて手伝った。

 靴紐を結ぶため一人の強盗が若い行員にライフルを渡した。

 若い行員はライフルをもって仲間に狙いをつけて手を上げさせ、憎い上司には服を脱ぐように命令しておおいに楽しんだ。

 強盗が仲間に訊く。

「おいこれで全部か」

「こっちにもあるよ」

 行員が強盗たちを手招きした。

 本来は計画にはなかった貸金庫の中身もそっくりボストンバッグに詰め込んだ。バッグの口から金銀や証券などが詰め放題のお菓子のように溢れだしている。

「トランクを開けたい」

 要請したのは強盗ではなく行員だった。強盗の一人がポケットから車の鍵を引き出して投げ渡す。

 辛うじて人が乗れる程度のスペースを残してバンはいっぱいになった。

 大仕事に額の汗を拭った。強盗と行員たちは互いにタバコを交換し、ちょっと早めの昼休みにしゃれ込んだ。

「ウチは貧乏でね、強盗を思いついたのはこいつなんだよ」

 強盗たちが覆面やマスクを外し汗ばみ赤らんだ顔で行員や銀行の客と笑い合う。

 鼻かしらを抑えて鼻に詰め物をしている客に強盗が百万円の束を五つ放り投げた。

「さっきは殴って悪かったわ」

「ありがとさん、あんたもしかして、関西圏のひと?」

「わかるんや」

「敬語でも方言は残るもんやからな」

 同郷のよしみだの、貧乏仲間だのと話が弾んだ。

 パーティー用の買い出しの帰りに寄った客がいた。パーティーをしようと誰からともなく言い出し、手際よく準備を整う。

 行内はすぐお祭り騒ぎになった。

「あんたらヒーローやテレビでるんやろ」

「わかりませんなぁ、最近は流行ってるみたいやから、強盗」

「カスみたいな給料で大金の側に人間を置くのなんか人を舐めてますわ。取って取ってとったったらええんですわ。そうやってわからせなあかんのですわ。あんたらは英雄や」

「では、安川甚一歌います」

 行内放送のマイクで強盗の一人が名乗りを上げ、拍手が彼を包んだ。スマートフォンからカラオケの音源が流れ出した。

 飲めや歌えやの大騒ぎだ。

 職や住む場所は違えども、財布の事情は似ている。行員たちも強盗たちも日々の生活に満足はしていなかった。ふと舞い込んだ強盗は騒ぐための口実になっていた。

 三十路を越えた女行員が明るく騒がしい雰囲気に当てられ、目をつけていた若い行員に服をちらりと開けて見せ、部下たちは聞こえないように上司の悪口を言う。

 そんな素朴なパーティーだ。

 銀行の扉が開く。

 開いた、というよりは蹴り開けらていた。

 扉を蹴った音に引かれ行員と強盗の視線が入り口に集中する。

 入り口には一人の女がいた。剣呑な表情で行内を睨め回している。手ぶらだ。預金を卸に来たようには見えなかった。

 女はタバコを咥えていた。濃く白い煙が上がっている。開けたてのフィルムが風に攫われて街に消えた。

「なんだ、お前は」

 強盗の一人がライフルを胸元に抱いて近づいていった。

 素早く女が左手を腰に回す。

 気付いたときにはもう、強盗の額には重苦しい何かが突きつけられていた。

 強盗がひゅっと短い息を吸う。胆は縮み上がる。

 胸に構えたままのライフルを女に向ける余裕すらもない。目は額に突きつけられたそれに両Km絵が釘付けになっていた。まるで歌舞伎の寄り目である。

 額に突きつけられたのは官制M456拳銃。装弾数は十五、薬室の分も入れると十六発ある。

 限定的用途のために警察庁が西川口重工に開発させた9mm弾仕様のセミオート拳銃だった。

 これをもっている。それが意味するのはつまり。

「出来高警察だ」

 それが強盗の遺言になった。

 銃声。

 強盗が床に倒れた。後頭部から大量の血が川のように広がる。大理石の床が赤く染まった。

「摘発だ」

 誰かが上げた声に女が応えた。

「現認検挙だよ」

 行員と強盗がくもの子を散らしたように窓口の後ろに逃げ込み、息を殺した。

 肩の力を抜いて女がつかつかと歩く。スニーカーを履いているので足音は抑えられていた。

 立ち止まり、女が拳銃を横に構える。マガジンが体の外側を向いていた。薬室が丁度下向きになっている。

「ギャング撃ちだ」

 強盗の一人の歯の根が震えた。

 ギャング撃ち。官制M456拳銃は二つの問題を抱えていた。

 一つはサイトアライメント。つまり照準のずれだ。排莢が上手く行かず弾詰まりする。二つは、マガジンが勝手に滑り落ちるなどの不具合だ。

 女の不思議な銃の持ち方はこの二つの問題に起因した。

 これらの拳銃にはあった問題とその解決方法の模索は、リボルバーをずっと使っていた日本警察には大きすぎる課題である。

 警察は金と威信に関わるため『工夫』でもってしてこれを改善する方向で動いた。

 官制M456拳銃はすでに十万丁ほど生産されていたし、関係者にも多額のお礼金が支払われていたのである。

 警察庁の講じた工夫とはAIにノウハウの構築を丸投げだ。

 AIは銃を解析し、ガス気流と反動の方向がおかしいという新たな不具合も発見した。

 AIはこの拳銃に関わった誰よりも優秀さを発揮する。

 排莢の問題も照準の問題もマガジンが滑り落ちる問題も。そのもともとの設計不良も全てを一挙に解決する唯一の結論を導き出したのだ。

 左手で持って横に構えれば良い。

 姿勢制御がまたAIにもよって研究され、いま強盗が呼んだようなギャング撃ちを採用する。そうして銃を横向きに構えた持ち方がもっとも効率的な構えとして官制M456拳銃の正式な構え方として採用された。

 次点で足でもって撃つというものがあったが、それはAIの足が人間の手に相当する機能性を定義されていた人的ミスである。

 女が宣言した。

「頭がでると撃つからな、しゃがんでろよ」

 この宣言の通り、窓口から少しでも頭がでるとすぐそこに弾丸が飛んでいった。

 運の良い強盗は強盗がぐぅ、だのぎゃぁだの小さな悲鳴を上げていく。運の悪い強盗は脳みそを散らし痙攣した。

「おらおら、死ね死ね」

 口の前で固く手を握って行員たちが震えていた。

 さっきまで談笑していた強盗たちの目が一瞬にして虚ろな目に変わる。無力さに行員たちは喘いだ。

「畜生」

 一人の強盗が銃だけを窓口からだして撃ちまくった。強盗たちのライフルには改造が施されてある。

 民間人向けライフルはセミオート射撃の機能しかない。だが、ちょっとアタッチメントを付け加えるだけでフルオート射撃が出来るようになる。

 安くて使い勝手がいい。金のない強盗たちには最高の友達である。

 それをここぞとばかりに使って弾丸をばらまいた。

 弾が当たって偶然にでも死んでくれ。

 祈りの籠もった弾丸の一つがガラスをぶち破った。向かいの牛丼屋の窓ガラスもぶち破る。特盛りを食べていた客の額のど真ん中を貫き、特盛り牛丼に紅ショウガを新たにトッピングを追加した。

 撃たれた客は頭からどんぶりに突っ込み、痙攣しながら牛丼にむしゃぶりつく。

 弾丸の雨に晒されないよう女は大人しく椅子の裏にしゃがんだ。銃を縦に向けるとマガジンが自重で落下する。銃の遊底を軽く引く。まだ弾が入っている。リロードし、銃声が止むのを待った。

 ライフルのスライドが開いた状態で停止した。弾が切れたのだ。

「あれ、あれ」

 銃を撃っていた強盗がライフルを叩いた。

「弾切れだよ、早く撃て」

 行員が急かす。彼は生きている最後の強盗だった。

 言われるがまま尻ポケットにしまってある予備のマガジンを引き抜いた。馴れないリロードに手間がかかる。ようやくマガジンを込めし、スライドを叩いた。バネの力でスライドが戻る。これで装填は完了だ。

 いざ、撃ちなおすぞと窓口に銃だけを出した。

 行員が悲鳴を上げる。

 強盗を暗い銃口が覗き込んでいたのだ。

 窓口を音もなく乗り越えてきた女がためすように強盗を見下ろした。エアジョーダンワンの靴底の赤。これは血のせいか、それともブレッドカラーだからだろうか。

「なにかいいたいことは」

 窓口にゆっくりとライフルを置いて強盗が両手を挙げた。スマホからは彼のリクエストしたブルーハーツのリンダリンダが鳴っている。

「待ってくれ、俺には子供がいる。妻と裁判で争うんだ。金がなきゃ裁判で戦えやしない。きっとあの子を持ってかれちまう。頼む、助けてくれ。俺の妻には子供を育てる能力なんてないんだ。あいつがガキを虐待するせいで殴ったんだ。頼む、助けてくれ」

「知るか、真面目に働け」

 銃声。大理石の床がまた赤く汚れた。

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